「伝説の名車」と呼ばれるクルマがある。時の流れとともに、その真の姿は徐々に曖昧になり、靄(もや)がかかって実像が見えにくくなる。ゆえに伝説は、より伝説と化していく。
そんな伝説の名車の真実と、現在のありようを明らかにしていくのが、この連載の目的だ。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る。
いま復権中の直6エンジン、歴代最高傑作はこれだ!! BMW直6エンジンの魅力と知られざる真実
文/清水草一
写真/BMWジャパン
■最初のベストはE36系の3.0L直6!
直列6気筒エンジンは、クルマ好きの憧れ。2022年マツダは、国産モデルとして約20年ぶりに直6エンジン(ディーゼルターボ)を復活させ、注目を集めている。近年、メルセデスやランドローバーも直6をリリースし、直6復権の動きが感じられるが、直6と言えば、なんといってもBMWがその代名詞だ。
BMWのストレート6と言えば、「絹のように滑らかな回転フィール」が枕詞だが、どれもこれもすばらしいエンジンだったかと言えばそうでもなく、特別に素晴らしいエンジンと、適度に素晴らしいエンジンが存在した。
たとえば、2代目(E30系)や3代目の3シリーズ(E36系)に存在した2.0L直6は、低速トルクがなさすぎて回さないと快楽が味わえないので、市街地ではかったるさが勝った。一方、たとえばE30の325iは、極上の回転フィールに加え、まったりとトルクフルで、貴族の趣があった。BMWの自然吸気ストレート6は、排気量が2.5Lは欲しい印象だった。
BMWの自然吸気ストレート6の最高傑作は、E36系M3の3.0L NAではないだろうか。このエンジンは、絹のような回転フィールと、どこまでも突き抜ける高回転高出力感が共存し、回せばその美しいサウンドに目頭が熱くなった。後期型の3.2Lバージョンよりも、前期型の3.0Lバージョンのほうが突き抜け感があり、フィーリングはベストだったと思っている。
3代目モデル(E36系)のM3に搭載されたのは3.0L NAエンジン。凄まじく気持ちよさの回転フィールで、まさに「駆け抜ける喜び」だった
■E90系の3.0L直6直噴ターボは快楽の極地!
が、個人的に最も衝撃を受けたのは、5代目3シリーズ(E90系)で登場した、3.0L 直6直噴ツインターボエンジンだ。2006年、箱根ターンパイクで、初めて335iクーペ(新車価格701万円)に試乗した時、私は心の底から驚愕した。この快感、このパワーはいったい何だ! と。
当時直噴ガソリンターボは、時代の最先端を行く新技術。しかもこのエンジンは贅沢なツインターボを装備していた。絹のような回転フィールはそのままに、大排気量自然吸気エンジンのような低速トルクや、ほとんどターボラグを感じさせないレスポンスが味わえたのだ。しかも、トップエンドまで突き抜ける強烈すぎるパワー! それは、これまでの常識を引っ繰り返す、異次元のものに感じられた。
私は体感的に、「これは400psだな」と思った。実際のスペックは306psだが、最大トルクは400Nm。つまり4.0L級だった。
「E90系」こと5代目3シリーズは2005年に日本デビュー。4ドアセダン、2ドアクーペ、カブリオレ、ワゴンのラインナップで展開された
翌年BMWは、このエンジンを搭載した335iカブリオレ(新車価格783万円)をデビューさせたが、これがまたすさまじかった。
パワーやトルクは変わらず、ボディはクーペに対して200kgも重くなっていたが、カブリオレは排気の取り回しがスペシャルで、サウンドが段違いに気持ちイイ。それをオープンで聴けば、「これぞストレート6がもたらす快楽の極致!」とむせび泣くしかなかった。
ターボだから、サウンドは決して甲高くはないのだが、絶妙なチューニングによって高く澄んだ周波数が含まれていて、どこかフェラーリを髣髴とさせるものがあった。極言すれば、335iカブリオレは、フェラーリいらずの超絶快楽マシンだった!
■筆者が思わず中古で購入してしまった最高傑作とは?
では、E90系335iの3.0L直噴ツインターボと、E36系M3の3.0L自然吸気、どっちが気持ちよかったのか?
難問だが、フェラーリオーナーという立場から見ると、たとえばフェラーリF355を、M3と同じ「自然吸気マルチシリンダーエンジン搭載のMTスポーツカー」というカテゴリーに属するとすれば、当然フェラーリの勝ちとなる。
しかし335iカブリオレは、快適・ラクチンなトルコン6速ATで、フェラーリ的な快楽も楽しめるクルマだった。メタルトップを持つバリオルーフも超快適。ごく自然に普段使いできて、いざという時に屋根を開け放てばフェラーリになるようなもの。335iカブリオレには、フェラーリでもかなわない快楽的な要素があった。よって個人的には、BMWストレート6のベストは、E90系の335iカブリオレだ。
私は2014年、6年6万km走行の335iカブリオレを中古で購入し(263万円)、その快楽を我がものにした。納車当日にATミッションがブチ壊れて入院、足まわりはすでにヘタリが来ていてコーナリングは腰砕け。サウンドも、試乗会で感動したスーパー甘美な響きはなかったが、それでも値段を考えれば十分満足できた。
筆者が選んだのは2008年式の335iカブリオレ(アプルーブドカー)。新車価格が約800万円であることを考えると安すぎる!
あのスペシャルなサウンドは、極初期型特有のものだったのか、それともオプションだったのかいまだにわからないが、あの素晴らしい音抜きでも、BMWストレート6のベストエンジンは、E90系に搭載された3.0L直噴ツインターボだったと確信する。
E90系の335i(セダン、ツーリング、クーペ、カブリオレ)のエンジンは、2010年のマイナーチェンジ時、コストダウンのため、それまでのツインターボから「ツインパワーターボ」、つまりシングルタービンのツインスクロールターボに変更された。
最高出力や最大トルクは変更なしで、どっちも「ツイン」と付くのでつい騙されてしまうが、ツインパワーターボ(エンジン形式N55)には、ツインターボ(同N54)のような突き抜け感はなく、低速トルク重視のやや実用的なフィーリングに後退していた。
BMWの3.0L 直6直噴ツインターボエンジン(N54)は、わずか4年余りの命だった。そのはかなさを含め、BMWストレート6の最高傑作として崇めてもいいのではないだろうか。
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みんなのコメント
極致だろ、物書きがこれじゃ恥ずかしい。