かつてのSUVには、ボディの背面にスペアタイヤを装着する車種が多かった。1980~1990年代のパジェロやランドクルーザーなどでは、背面スペアタイヤが定番のスタイルだった。
このスペアタイヤが今では荷室の下側(アンダーボックスの内部)に移され、背面に装着するのは、ジムニーやメルセデスベンツGクラス程度だ。
かつてはクロカンの象徴的スタイルだったのに!? なぜ背面スペアタイヤは少数派になったのか?
なぜ背面スペアタイヤが定番のスタイルになりながら、今では少数派に変わってしまったのか。検証してみたい。
文/渡辺陽一郎、写真/トヨタ、スズキ、スバル、メルセデスベンツ、ランドローバー、JEEP
■スペアタイヤを車外に設置するようになったワケ
1920年代の自動車には、さまざまな理由から20インチを超える大径ホイールとタイヤが装着された。だがそれだけ大きいと、スペアタイヤをトランクに格納すると他の荷物の積載量が減ってしまうため、車外につけるようになった
背面スペアタイヤの誕生は、実はクルマの普及段階までさかのぼる。1920年代のアメリカ車などには、スペアタイヤを背面やエンジンルームの脇に装着する車種が多かった。
当時のクルマでは、フロントフェンダーが張り出していたから、エンジンルームの脇にスペアタイヤを装着できた。
スペアタイヤを車外に装着した理由は、当時のクルマが20インチを超える大径ホイールとタイヤを装着していたからだ。
昔は道路条件が悪く、乗用車でも、走行安定性よりデコボコの乗り越えやすさが重視された。そこで25~30インチのタイヤを装着する車種も多かった。
また、タイヤが大径なら、速度に対するホイールの回転数が減り、ベアリングなどの摩耗も防げる。大きなタイヤをゆっくりと回転させられることも、大径タイヤのメリットだった。
その代わり、大径タイヤをトランクスペースに収納すると、荷物の積載量が減ってしまう。そこで車外に設置した。
■背面スペアタイヤ定着の端緒は第二次世界大戦のミリタリージープ
背面スペアタイヤを定着させたのは、第二次世界大戦で使用されたミリタリージープだ。
ジープが背面スペアタイヤを採用した理由はふたつあり、ひとつ目は先に述べた荷物の収納空間を確保することだ。
ふたつ目はジープに求められる悪路走破力だった。走破力を向上させるには、リア側のオーバーハング(ボディが後輪よりも後ろ側へ張り出した部分)を短く抑え、なおかつ最低地上高(路面とボディの最も低い部分との間隔)にも余裕を与えたい。
そうなると荷室の下側に、大きなスペアタイヤを吊り下げる方式は採用したくない。
そこで背面に装着した。背面以外でも、荷室外側のボディ側面に設置したり(ボディサイドの突起物になるが)、初期のランドローバーのようにボンネットの上に搭載したりする方式も見られた。ルーフキャリアの上に、スペアタイヤを積むこともあった。
悪路を安心して走るには、スペアタイヤは必須の装備だが、収納場所の確保が難しい。そこで車外に取り付けることになり、最も使い勝手のいい場所がボディの背面であった。
このほかスバル1000やレオーネなどは、スペアタイヤをエンジンの上側(ボンネットの内部)に設置している。
水平対向エンジンは上端が低いから、スペアタイヤをエンジンルーム内に収めやすかった。
その結果、スバル1000やレオーネは、前輪駆動の採用と相まって後部のトランクスペースを広く確保している。
■定番装備から減少へ その背景にあったもの
以上のような経過を経て、背面スペアタイヤは、SUVモデルの定番装備になった。特に1980年代から1990年代には、いろいろなSUVが背面スペアタイヤを採用した。
一番驚いたのは、1995年に、初代インプレッサにグラベルEXが追加されたことだ。
インプレッサスポーツワゴンをベースに、最低地上高を185mmまで拡大して、フロントガードバー風のプロテクターも装着した。
1995年にインプレッサのグラベルEXグレードが登場。スバルは走行安定性をウリにしていたことから背面にスペアタイヤをつけるこのグレードは驚きだった
この後、SUVの定番装備になった背面スペアタイヤが廃止された背景には、複数の理由があった。最も大きな影響を与えたのは、2000年代に入ると、安全装備や走行安定性が重視され始めたことだ。
ボディ後端のオーバーハングされた高い位置に、重いスペアタイヤを搭載すると、カーブを曲がったり車線変更をしたりする時に慣性の悪影響を受けやすい。危険を避ける時も、後輪の接地性を下げてしまう。
2000年に2代目インプレッサが登場した時、開発者は走行安定性を追求するスバルのクルマ作りについて、自身満々にアピールした。
それが少々鼻についたから「先代インプレッサには、グラベルEXがありましたよね」と言うと、その開発者は急に大人しくなり、下を向いて「あのクルマのことは忘れてください……」と呟いた。申し訳ないことをしたと後悔した。
初代インプレッサグラベルEXは、スバルにとって忘れたい商品で、背面スペアタイヤもそれに準じるわけだ。
昔のジープのような悪路向けのSUVでは、走破力が重視されて舗装路上の安定性はあまり問われなかったが、今は事故防止の観点から、ランドクルーザーのような悪路向けでも高い水準が求められる。そこで背面スペアタイヤはほとんど採用されなくなった。
■走りや乗り心地を向上させる今日の技術進化とともに、背面スペアタイヤは絶滅へ
背面にスペアタイヤをつけると走行性能が落ちる。オフロード走行をするユーザーは少なくなり、装着する必要性がなくなった
このほか背面スペアタイヤを装着すると、荷重に耐えるためにリアゲートを補強したり、車種によっては専用キャリアも必要になったりする。
これらはすべてボディ後端の重量を増やし、ミニバンやセダンと共通化できない独自のパーツだから、量産効果も乏しくコストアップを招く。背面スペアタイヤは欠点が多いのだ。
その一方、デコボコの激しい悪路に乗り入れるユーザーはかぎられ、タイヤが引き裂かれるようにパンクする危険も減った。
そのためにSUVでもスペアタイヤを積まず、パンク応急修理キットですませる車種が増えている。当然ながら背面スペアタイヤは不要になる。
以上のように背面スペアタイヤの栄枯盛衰は、SUVの使用環境の変化と重なる。SUVが悪路の走破力や荷物の積載性を重視した時代には、背面スペアタイヤも流行の装備とされた。
それが今のように、安全性と走行安定性が問われてパンク応急修理キットも普及すると、背面スペアタイヤの欠点も目立つようになった。
電気自動車のリチウムイオン電池も、今は前後輪の間の床下に搭載する。オーバーハングされた高い位置に重量物を装着する開発は、ほとんど行われない。
ミニバンの電動開閉式リアゲートは、ボディ後端の重量を増やすが、ミニバンのオーバーハングはホイールベース(前輪と後輪の間隔)のわりに短く抑えられている。
つまり、背面スペアタイヤは走りや乗り心地を向上させる今日の技術進化に沿わないから、必然的に採用車種も減ってきているわけだ。
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