イタリアが産んだ最高のレーシングドライバー、タツィオ・ヌボラーリを称えた、世界屈指のクラシックカーラリーであるGPヌボラーリ。その姉妹イベントであり、日本版が「トロフェオ・タツィオ・ヌボラーリ 北海道ステージ」だ。今年は道東の雄大な自然を堪能するドライブツアー形式で行われ、参加者たちは原点回帰で愛車のドライブを楽しんだ。
最高のレーシングドライバーの栄誉を称えたクラシックカーラリー
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遅咲きのレーシングスターであった。否、自動車(とレース)の黎明期であった第2次世界大戦以前と、車もレースも進化した現代とを比べる方が間違っているのかもしれない。とはいえ、彼がモータースポーツ界に置いて燦然と輝きはじめたのは1930年、38歳の年だったから、感覚的には今よりももっと歳を取ってからのそれはスターダムではなかったか。
彼の名はタツィオ・ヌボラーリ。レース史上、最速ドライバーは誰か? という問いの回答として必ずその名の挙がる名ドライバーである。アルファロメオにその才能を見出され、1930年に開催された公道レース“ミッレミリア”に6C-1750で出場するや、大会史上初となる平均速度100km/hで優勝した。その後は同じくアルファロメオのレーシングドライバーであった、かのエンツォ・フェラーリが運営するセミワークスチーム“スクーデリア・フェラーリ”にも在籍し、35年のドイツGPではアドルフ・ヒットラー総統の命で必勝を期したアウトウニオンを打ち破るという奇跡を成し遂げ、一躍伝説のドライバーになったのである。4輪ドリフトは彼が最初に駆使したとも言われている。
イタリアが産んだ最高のレーシングドライバーの栄誉を称え、彼の死後、ミッレミリアは生まれ故郷のマントヴァを通過することになり、その付近の区間の最速ドライバーには「グラン・プレミオ(GP)ヌボラーリ」という賞が供された(54~57年)。
91年以降、GPヌボラーリはミッレミリアと同様のクラシックカーラリーとして復活、今では世界屈指のイベントに成長している。2000年から北海道で始まった「トロフェオ・タツィオ・ヌボラーリ(TTN)北海道ステージ」(スクーデリア・タツィオ・ヌボラーリ・アジアSTNA主催、在日イタリア大使館・ACIマントヴァ・北海道日伊協会後援)はGPヌボラーリの姉妹イベント、規模は小さいけれど日本版だ。
今年は雄大な自然を堪能するドライブツアー形式で
今年で21回目を迎えた。7月半ば(今年は16~18日)の週末3日間にわたって開催され、今年も日本各地から名車が集った。
ヌボラーリのイベントだけあって最も参加台数の多かったブランドは流石にアルファロメオだった。アルファロメオの111周年を祝うかのようにジュリエッタSZや1300GTAジュニアといったマニア垂涎のモデルから、ジュリエッタTi、1300GTジュニア、アルフェッタGTVまで5台のエントリーを数え、サポートカーとしてステランティスジャパンが提供した最新のジュリエッタとジュリアクワドリフォリオの2台を合わせると合計7台を数える。
アルファの次に多かったブランドがなんと戦前のブガッティ。タイプ40が2台、タイプ44が1台、計3台のプリウォーツアラーが揃った光景はなかなか壮観だ。
最も多くの注目を浴びた個体は、はるばる東京から参加した1953年式マセラティA6GCS/53で、そのグラマラスなバルケッタスタイルと豪快なストレート6のレーシングサウンドが集まったクルマ好きの度肝を抜いた。
その他、昨今のラリーイベントでは常連というべきポルシェ356シリーズが3台に、珍しいところではBMW2000CSや同2002ターボ、さらにはフィアット バリラやホンダ S800クーペといった名車たちがエントリーする。
今年のTTNは新型コロナ禍も治らないうちでの開催ということもあって、PCなどラリー競技を行わず、純粋に道東の雄大な自然を堪能するドライブツアー形式での開催となった。スタートは遠方からの参加者を考慮して新千歳空港の近く、高価な車両の輸送で有名なトランスウェブ北海道営業所。朝から集まったエントラントはすでに和気あいあい。競技のあるラリーイベントとはまた違う雰囲気で、何やら楽しい。
純粋にドライブを楽しみ、話題の中心はいつもクルマ
ランチ&ドライバーミーティングののち、1台ずつ1分間隔でスタート。競技性がないとはいえ、ナビゲーターがコマ地図を読み、ドライバーがその通りに走るという基本のスタイルは変わらない。1つのコマ図をミスすれば、ひと区間が長くなりがちな北海道ゆえ、油断は禁物だ。もっとも一本道が多く、突き当たりT字路などわかりやすい指示も多いけれども。つまり、初心者にも最適なラリーイベントだ。
出発して半時間もすると行き交う車もほとんどない爽快なワインディングロードに入る。色とりどりのクラシックカーが、そのブランドに特有のサウンドを響かせて走っていて、それに混じって走っていると自然と心が浮き立つ。筆者は北海道の友人が所有するBMW 2000CSの珍しいマニュアルトランスミッションで走った。
快晴の支笏湖はもちろん、山を上がって白滝からの絶景もまた久しぶり。いつも雨や霧のかかりやすい場所なのだ。とにかく今年は天気に恵まれた。北海道とは思えないほどの夏日も続き、暑いながらも雄大な景色を存分に楽しむ。
ブランド牛で有名な白老(何度も通り過ぎた経験があるけれども一度も現地で食したことがない! )を過ぎると苫小牧だ。最近人気のスポット、民族共生象徴空間“ウポポイ”が休憩ポイントだった。
アイヌ(人間という意味)とカムイ(人間以外の動植物や自然の精霊的かつ本質的なもの)の関係について学ぶ。真の豊かさを考えさせられた。今回のラリー、競技性がない代わり、オトナの社会見学のような要素を盛り込んでいる。初日のゴールは登別温泉。北海道らしい宴会料理に舌鼓を打ち、旧交を温め、新しい友を祝う。
2日目は登別から室蘭へと海岸線を走り地球岬へ。すごい名前だと思ったら、語源はアイヌ語の“ポロ・チケップ”(断崖の親玉)らしい。転じてチケウエ→チキウとなり、地球の字があてられたもの。室蘭に大きく掛かった白鳥大橋を渡って今度は海岸沿いを北上する。伊達市から内陸部へと入って、目指したのは洞爺湖。銘菓“わかさいも”で有名なショップでランチタイム。念願の白老牛を味わった。
2日目の宿泊地であるニセコまで、通常通りコマ図の用意こそあるものの、PCやスタンプポイントなどラリー競技の要素がない。つまり午後はゴールに向かって自由行動。筆者は真狩村の温泉へ直行し、羊蹄山を眺めながらの湯を堪能することに。そしてもちろん真狩村の美味いソフトクリームと!
3日目はニセコから北へ向かって積丹半島の海岸沿いを走る。都合でこの日からアルフェッタGTVに乗り換えることになった。これもまた友人のコレクション。毎日違うクラシックカーを楽しむという贅沢はなかなかできることじゃない。このフェッタがまた恐ろしく快調で、軽快な4気筒アルファサウンドを響かせる。同じ2リッターモデルでも、年代が10年違って生まれた国も違うとこれほど乗り味が変わるものか、と改めて感心する。BMW2000CSは優雅なツアラーで、フェッタはやっぱりスポーティ。ただし、それほどピーキーなキャラクターでないところが、この手のドライブラリーには適していると思う。
札幌あたりから季節のウニを目指したクルマで大渋滞する反対車線に手を振りながら、余市のキャメルファーム・ワイナリーを目指した。本格的な製法にこだわるワイナリーからは参加賞としてヌボラーリラベルのスパークリングワインをいただいたが、その場で試飲するわけにもいかない。家に帰って飲んでみたところ、これがまた美味かった。シャンパーニュと同じ方法で作ったという別のスパークリングを改めて注文したほどだ。
ワイナリーでは主催者の用意する弁当が供された。ウニといくらの海鮮丼だ。積丹半島ではウニを出す有名な食堂の前を、指をくわえて通過していたのでこれで少しは気も晴れるというもの。この日の午後から江別のゴールまでもまた昨日と同様に自由ドライブという設定だったので、食い意地の張る筆者は赤井村では有名なソフトクリーム屋に立ち寄り、峠を降った小樽では名物のザンギと若鶏半身揚げまで貪る始末。
設定時間のギリギリで江別のゴール地点である蔦屋書店に到着。3日間のドライブを無事に終えた。日頃はラリー競技を真剣に行うエントラント(特に戦前のブガッティなど)が果たしてこの内容で満足できたのか、とても興味深かったので訊ねてみたところ、「競技のないドライブもまた楽しい」、「(重圧のかかる)PC競技って本当は好きじゃないんだ」、という意見もあった。なるほど原点回帰で愛車のドライブを楽しんだということ。みんなクルマを運転することが根っから好き、というわけだ。
北海道で開催されるクラシックカーラリーは道案内が簡単で、ドライバーやナビゲーターが初心者であっても比較的走りやすいことが特徴だ。そしてなにより景色は素晴らしく、道は走りやすくて、旨いものが沢山ある。TTN北海道ステージは来年も同じ時期に開催されるという。参加車両の年式縛りも89年まで、とさほど厳しくない(といっても30年以上前のクラシックモデルになるけれど)。
来年こそ、一緒に走ってみませんか?
文・西川淳 写真・Scuderia Tazio Nuvolari Asia 編集・iconic
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