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【いいハンドリングとの関係を紐解く】 “いいサスペンション”って、何だ!?

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【いいハンドリングとの関係を紐解く】 “いいサスペンション”って、何だ!?

 近年、プラットフォームの進化とともにメーカーが注力しているのは、欧州車に対抗するためのいいサスペンション作りだろう。
 乗り心地などの評価が高いビルシュタイン製やザックス製のダンパーをオプション設定するなど、多くの選択肢をユーザーに提供するようにもなった。
 しかし、“いいサスペンション”とは何なのだろうか? モヤモヤしたイメージしかない読者もいるのではないだろうか。そこで今回は、レーシングドライバーとしても活躍する自動車評論家の松田秀士氏との掛け合いから、「いいサスペンションに求められるものは何か」と「いいサスペンションがもたらすいいハンドリングとは何か?」を紐解いていきたいと思う。
 具体的な車名は本文の最後でご紹介しています。
※記事の内容は2016年11月のものです。
文:松田秀士、ベストカー編集部
写真:ベストカー編集部
初出:ベストカー2016年12月10日号


サスペンションの構造図

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■共用化という壁

ベストカー編集部(以下BC):最初にお聞きしたいのは、松田さんが考える「いいサスペンション」とはどういったものか?

松田秀士(以下松田):私の考えるいいサスペンションとは、タイヤを路面にしっかり張り付かせて、コーナリングでも加速やブレーキの時でも、どんな状況でも4輪のタイヤの接地を可能なかぎり確保できるサスペンションですね。

 サスペンションの話をするにあたり、近年の事情から見ていくと、各メーカーでプラットフォームの共用化が進んでいます。プラットフォームの共用とはどういうことかというと、「ホイールベース」「トレッド」「車高」が違うクルマをすべてフォローしなければならないんです。ここで重要になるのが「車高」で、クルマにはロールセンターというものがあり、「車高」はそれに大きな影響を与えます。

ロールセンター(クルマがロールする際の中心)のイメージ図。通常クルマの重心より下にあり、重心とロールセンターとの距離がクルマの基本ロール量を決定する(重心とロールセンターの距離が長いほどロール量が大きくなる)。

BC:そのロールセンターは、どのように確認できるものなのでしょうか?

松田:ダブルウィッシュボーンであれば、ロアアーム、アッパーアームの2本が存在します。その両方のアームの延長線上に線を延ばしていくと、どこかで交わります。そこから今度はタイヤの接地しているセンターまで直線を引いたものと、クルマの中心線が交わったところがロールセンターになります。

BC:ロールセンターが変わると、どのような影響があるんでしょうか?

松田:ロールセンターは、車両の前後でそれぞれロールセンターが存在します。

 さらにクルマには重心というものがあって、重心とロールセンターが離れているということは、てこの原理でロール剛性が弱い(動きやすい)、接近しているものほどロール剛性が高い(動きにくい)という関係になります。重心とロールセンターが離れていればいるほどスプリングが柔らかくなっているのと同じ効果が得られます。

BC:そうなのですね!! ではこのロールセンターは、走行中常に一定の位置にあるのでしょうか? アームが動くと変化しそうですが。

松田:そのとおりで、特にストラットはアッパーアームがない影響で、ロアアームが動くと、ロールセンターが大きく変化してしまう問題点があります。

 それと、プラットフォームを共有していると、サスペンションの取り付け位置が変わりません。その状態でセダンも作り、SUVも作りということをすると、通常であれば水平状態がベストのロアアームの位置が、車高が30~40mmも高いSUVでは垂れ下がるような状態になってしまいます。そうするとサスペンションの動き出しが渋く、跳ねるような動きが出やすくなってしまうんです。

 もし垂れ下がった状態からスタートすると、ベストな水平位置まで動くまでにキャンバー変化を起こしてしまいます。

キャンバーとは、クルマの正面から見た時のタイヤの傾きを指す。逆ハの字がポジティブキャンバー(ポジキャン)、ハの字がネガティブキャンバー(ネガキャン)

 なおかつ、路面からの入力が入ると垂れ下がった状態では押す剛性なのに対して、水平を越えたバンザイをした状態では、今度は引っ張られる剛性に変化してしまうので、安定した性能を発揮するのが難しいんです。

■最良のサスペンション形式

BC:共用プラットフォームだと限界があり、これにしか使わないという専用プラットフォームに比べると設計的に厳しい部分があるんですね。

では、コストを考えなければ、どのサスペンション形式が優れていると考えますか?

おもなサスペンション形式 
1.リジット式:左右の車輪を車軸でつなげた形式。車軸懸架式ともいう。片輪が押し上げられると反対側は下がるので、起伏の大きな悪路での接地にいい。構造がシンプルで堅牢なためトラックやSUVなどに採用されている。
2.ストラット式:力を受け持つ支柱(=ストラット)にショックアブソーバーを使い、これにコイルスプリングとロアアームを基本に構成されたサスペンション。構造がシンプルで部品点数が少ないためコストが抑えられる。 ’70年代以降、世界的に多くの乗用車に採用されている。
3.ダブルウィッシュボーン式:鳥の首と胸の間にある骨(ウイッシュボーン)に似たA字型のアームを2組、上下配置してタイヤを支持するサスペンション。サスペンションストロークがスムースで、タイヤと路面とのグリップ変化が少ない。レーシングカーや高級車などに多用。
4.マルチリンク式:上下のアームで支持するダブルウィッシュボーン式の発展系。独立した数本のアームで構成することでジオメトリー変化を制御する構造をもち、よりタイヤのグリップ変化を抑えられる。’82年に発表されたベンツ190Eに初搭載された。
5.トーションビーム式:FF車の後輪に多く採用。左右のトレーリングアームをクロスビーム(梁)でつなげた形式で、これが車体のロールによってねじれ(トーション)、スタビライザーのようにロールを抑える効果をもつ

松田:サスペンションは非常に重要で、それ専用に作れることがベストなんですが、そんなことをしていてはコストがかかりすぎてしまうので、量産車メーカーとしては頭の痛い問題でもあります。

 そのコストを考えなければ、入力が入った場合に最も変化が少なく、構造的に優れているのはダブルウィッシュボーンだと考えます。

BC:現行型ではロードスターや、新型NSX、GT-Rなどが採用していますね。

松田:ダブルウィッシュボーンの優れている点は、アームの本数が多いので横方向の力に対する剛性が高いこと。

 それとアッパーアームとロアアームがあることで、その角度や長さで調整できる幅が広く、ホイールの位置が変化した場合でも重心やロールセンターを適正な位置にあるように設計しやすいので、意図したとおりの足回りの動きを実現させやすいんです。

 半面アームの本数が増えて複雑だし、アッパーアームの長さが必要なので、その分スペースを確保しなければならず、基準がどんどん厳しくなっている衝突安全性能を満足させやすい、ストラットを採用するメーカーが多いです。

BC:ただストラットは、ロアアームだけ動くので、ある点を越えると急激にロールセンターが変化してしまう、ということですね。

松田:ポルシェのように、ストラットを採用していても、いいところを見つけているメーカーもありますが、多くはそうはいかないのが現状です。

 最近多いのは、リアはダブルウィッシュボーンやマルチリンクで、フロントはストラットという組み合わせです。

 リアのロールセンターは変化が少なく安定しているけど、フロントはあるところから大きく変化してしまうので、日産のムラーノなどが使ったテクニックとしては、フロントにバンプストッパー(バンプラバー)を入れて、サスペンションがある程度からストロークしないように、規制してしまうものもありました。

バンプラバー(バンプストッパー)。フルバンプ時に、ばねが密着、あるいはショックアブソーバーのストロークが限界に達した時など、直接車体が衝撃を受けてしまうため、車体あるいは懸架装置が破損するのを防ぐための緩衝材

 ほかにもダンパーをガチガチに硬くしたり、スタビライザー*を硬めにするなど動きを規制する方法があります。ただし、スタビライザーを硬くすると、リバウンドストローク*が少なくなるのでよくありません。

*編集部註:スタビライザー…アンチロールバーともいわれる。車体のローリングを防ぐためサスペンションに追加される部品。通称スタビ/リバウンドストローク…1G状態(車両を自然に地面に置いた状態)からジャッキアップし、0G状態(浮いた状態)になった時、タイヤが下方に伸びる量のことを指す


BC:リバウンドストロークが少なくなると、どのような弊害が出るのでしょうか?

松田:ヨーロッパのクルマは、リバウンドストロークを大きく取っていて、タイヤが路面から離れてしまうような状態になりにくくなっています。ニュルブルクリンク(以下ニュル)のようなバンピーなコースに行くとよくわかりますが、リバウンドストロークが少ない場合、コーナリング中にうねった路面に遭遇すると、ピッチング*やバンピングといってクルマが跳ねてしまいます。タイヤの荷重が抜けてしまうので、アンダーステア*が出やすいという問題が発生します。

*編集部註:ピッチング…ブレーキで車体が前のめりになり、ブレーキを離すと、その反動で車体の後部側が沈み込む挙動のこと/アンダーステア…一定のハンドル角で大きく旋回していると、速度が上昇するに従って、クルマが外側に膨らんでいってしまうステアリング特性

 乗り心地はいいし、ダンパーに負担がかからないので、可能なかぎりスプリングは柔らかいほうがいいです。スプリングもダンパーも強くすると、発熱してダンパーの減衰力がどんどん低下してしまいます。そういった点から、強いスプリングは使わないほうがクルマには優しいです。

■ダンパーの重要性とは?

BC:ここまでサスペンション形式などの話をいただきましたが、ではダンパーの重要性というと、どのような点なのでしょうか? 

松田:スプリングだけだと動きが収束しないので、ダンパーで減衰をしてあげる。理論的にはそうなんですが、タイヤは常に上下動しているものなので、縮んでスプリングが反力を発生させようとしている時に、再び縮むような入力があっても、タイヤを路面にしっかり追従するようにダンパーがコントロールしないといけません。とはいえ、このコントロールが難しく、ダメなダンパーだとタイヤが遊んでしまって、動きがメチャクチャになってしまいます。

 今はどこのメーカーも、入力があったら「タンッ」という一発で収束させることにこだわっています。それだけ早い制御が必要になってきているんです。

BC:近年では減衰力を走行中に変更できる電子制御ダンパーが登場していますが、松田さんが注目しているシステムはありますか?

松田:電子制御ダンパーにはVWのDCCなどがありますが、その中でも一番おもしろいと思ったのは、GMの子会社だったデルファイが開発した電子制御ダンピングシステム「マグネライド」ですね。

 ダンパーオイルの中に、金属粉末(磁性体)が入っていて、バルブの部分を電磁石にしている。そのバルブを流通するオイルの粘度を電気の強さで調整して、減衰力を変化させています。電磁石なので、瞬間的に変化するんです。

「マグネライド」のシステムを採用した、アウディの電子制御ダンピングシステム「マグネティックライド」

 コルベットC5 50thアニバーサリーにマグネティックライドを投入した時に、ル・マンからパリまで試乗して、技術解説も受けました。もの凄く早いスピードで磁力を連続的に変化させているんですが、当時の乗り味は不思議な感じがしましたね。

BC:このシステムは現在では、キャデラック、アウディ、新型NSXなど多くのクルマに採用されていて、かなり普及していますね。

■速さと快適さは両立可能?

BC:それではここまでの話を総合してお聞きしますが、速く走れるサスペンションと、乗り心地がいいサスペンションは同時に実現可能だと考えますか?

松田:可能だと思います。まず前提の話になりますが、タイムを追求するレーシングスポーツは当然乗り心地も犠牲にするし、各サーキットの特性に合わせてスペシャルなセッティングになっていくので別物と考えたほうがいいということです。

 一般車というのはさまざまな条件の道を走る必要性があるので、そのなかで気持ちよく走れて、スポーティなハンドリングを作る必要がある。そのコースに特化して、このクルマはいいハンドリングだというのは違います。ニュルも速度域が高すぎますが、あのくらい路面の凹凸があるほうが一般道の条件には近いです。

超高速から超低速コーナーがあり、路面が荒れていて世界一過酷なサーキットといわれるニュルブルクリンク

 基本的に速いクルマとは乗り心地などをすべて満足させてくれるサスペンションを装着していて、サーキットを走らせても、ドライバーが安心感を感じて、コーナリングを楽しむことができるんです。

 レーシングスポーツのような特化した領域まで持っていかなければ、このようなサスペンションはサーキットを選ばず速く走れます。

■最良から得られるモノ

BC:では最後ですが、そのいいサスペンションがもたらすいいハンドリングや、恩恵とはどういうものなのでしょうか?

松田:クルマがビシッと安定していて、車両の上下動による目の補正、いわゆるカメラの手ブレ補正のような機能が働かず、ドライバーが疲れにくいことですね。

 いいサスペンションは、真っすぐに走る、ハンドルを切った時に溜めがあって過敏に反応しない、ドライバーにしっかり情報を伝えるということがしっかりしています。

 クルマが自立直進している時に、ステアリングのニュートラルの位置をドライバーに教えてくれて、インフォメーションがしっかりあるんです。ハンドルを切っていった時にクルマが反応するところの節度感が、UなのかVなのかと私は表現しますが、あまり尖ったVだと、少しハンドルを切っただけでヨー*が発生します。それ自体は悪いことではないけれど、ふらつきの原因になるので、直進安定性がビシッと決まっていたクルマの場合だけです。いいサスペンションは直進安定性が高く、VとUの間くらいで、フロントタイヤがしっかりグリップしているのが感じられ、常に安心感のあるハンドリングを与えてくれます。

BC:コスト的な問題はありますが、今回話に出てきたような優れたサスペンションを、もっと手の届きやすいクルマにこそ採用してもらいたいものですね。また、今後の技術革新にも期待しましょう。

*編集部註:ヨーイング(ヨー)…車体の上下を軸とした回転運動。車体を真上から見た時に、左右のどちらかに旋回する挙動


■松田秀士が選ぶサスペンションのいい現行モデル6選

松田氏が試乗した現行モデルのなかから、いいサスペンションを持ち、走って楽しいクルマを6台選んでもらった。
メーカーのこだわりを感じられると選ばれたクルマたちをご覧いただこう。

ポルシェ 718ボクスターS
前後ストラットを採用しているとは思えない、と思わず唸った1台。運動性能と乗り心地を、抜群のバランスで実現している。

マツダ ロードスター
初代からダブルウィッシュボーンや、専用プラットフォームを採用しこだわりが感じられる。非常にバランスがいい。

BMW M3
BMWは足回りの設計やチューニングがうまい。前後50:50という重量バランスにこだわりを持っていることも運動性能向上に貢献している。

ホンダ NSX
マグネライドを採用しており、街乗りでの乗り心地がよく、最新技術でハンドリングが面白いし、サーキットも全開で攻められる近未来のスーパーカー。

スバル インプレッサスポーツ
水平対向エンジンを採用するため、ストラットしか選択肢はないのだが、エンジニアの足へのこだわりが凄い。



ルノー トゥインゴ
速さではなく、フランス車らしい個性的なよく動く足で、乗って楽しいと感じさせてくれる。

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