今年の東京オートサロン会場でトヨタ AE86をベースにした、電気自動車と水素エンジン車が展示された。電気自動車については普及が加速して一般的な選択となりつつあるが、水素エンジン車についてはまだ馴染みがないという状況だ。
そこで本稿では、水素エンジンとはどんなものか、あらためてクローズアップし、その詳細や普及への障害などを解説していこう。
どうなる!? ガソリンエンジンでもEVでもない選択肢! 水素エンジンの現在地
文/フォッケウルフ
写真/トヨタ、マツダ
■EVでもなく燃料電池でもない第三のエコユニット
政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、「カーボンニュートラル」を目指すと宣言している。「排出を全体としてゼロ」というのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から「吸収量」を差し引いて、合計を実質的にゼロにすることを意味している。
特に自動車業界では化石燃料への依存度を減らすべく電動化を推し進めているが、同時にガソリンや軽油といった化石燃料に代わる燃料で走行できるクルマの開発・実用化が進められている。天然ガス、メタノール、エタノール、LPG、バイオ燃料といった代替燃料のなかで、俄然注目を集めているのが水素であり、これを燃料として走るのが水素エンジン車だ。
水素エンジンは、ガソリンエンジンと同様の内燃機関であり、水素を燃料としている。また、EV同様、走行時にはCO2を排出しない
水素エンジンとは、既存の内燃機関で使用しているガソリンやディーゼルの代わりに、水素を用いるエンジンのことで、水素の燃焼反応を利用して動力を生み出す。同じく水素を使う燃料電池車と混同されることもあるが、あちらは水素を空気中の酸素と化学反応させて発生した電気でモーターを駆動させて走る電気自動車となる。
水素を燃料とする点は同じだが、水素エンジンは既存の内燃機関と同じく、エンジン内部で燃焼を行うので、音や振動といった内燃機関のもつ魅力が味わえる。なおかつ水素エンジンにおける水素の燃焼は、ガソリンよりも速いことから応答性がいいとされている。これらの特徴から、水素を使う次世代環境車としては、燃料電池車よりも水素エンジンのほうがクルマ好きには適していると言われている。
■突如発表されたトヨタの水素エンジン車
そんな水素エンジンの開発に、現在、注力しているのがトヨタだ。2022年6月、富士スピードウェイで開催されたスーパー耐久シリーズ2022での会見では、水素エンジン車を市販化する意向を明言しており、レースでも水素エンジンを搭載したGRカローラで、水素エンジンの可能性や能力を世界に知らしめている。
さらに2023年の東京オートサロンでは、「4AG」エンジンを水素エンジンに改造した「AE86 H2 Concept」を出展。車体後方にMIRAIの高圧水素タンクを2本搭載し、インジェクターやフューエルデリバリーパイプ、プラグといった燃焼に必要な部品を水素エンジン用に改造を施しているが、その変更箇所を最小限としているのがポイントで、すでに市場に出まわっているクルマをカーボンニュートラル化に対応するためのアイデアとして注目された。
「AE86 H2 Concept」と名付けられたこのコンセプトモデルは、内燃機関の持つ魅力を楽しみながらエコを達成できる
そもそも水素エンジンは、新しい技術ではない。過去にはマツダが2006年に「RX-8ハイドロジェンRE」を公官庁や企業向けにリース販売しており、2009年にも 「プレマシー ハイドロジェンREハイブリッド」をリース販売していた。
また、同時期にBMWが「BMW ハイドロジェン7」を市場へ導入し、日本にも輸入されていた。いずれも一般ユーザー向けに販売されなかったことや、当時の技術では充分なパフォーマンスが得られなかったなど、普及を後押しする材料が乏しく、内燃機関に代わる選択肢にはならなかった。
それでも水素エンジンは、ガソリンなどの化石燃料を使用するエンジンに比べて環境負荷が圧倒的に少ないことや、既存の内燃機関を改良して作れることから製造コストが抑えられること。さらに水素は化石燃料のように枯渇する心配がないといったメリットがあり、カーボンニュートラルの実現に向けて有効なパワーユニットの1つであることは間違いない。
さらに、マツダやBMWが水素エンジンに挑んだ時代からすれば現在の自動車技術が進化していることは言うまでもなく、当時課題とされていた技術的な要件がクリアできるようになったことも、水素エンジン車が再び注目されている理由と言えるだろう。
■課題はあるが期待したくなる水素カーの魅力
環境負荷を減らせるという点で、既存の内燃機関よりも有利だが、普及が進まない理由としては、やはりインフラ整備が追いついていないことに尽きる。
水素燃料を補給できる施設である「水素ステーション」は、首都圏、中京圏、関西圏、九州圏の四大都市圏と、四大都市圏を結ぶ幹線沿いを中心に整備が進められているが、全国に163カ所(2023年1月現在)しかない。移動式ステーションも稼働しているが、1994年度をピークに減少していると言われているガソリンスタンドの2万8475件(2022年3月現在)と比べても圧倒的に少ない。
国の補助金制度の後押しもあって2022年3月末の時点で2万1198カ所に拡大した電気自動車の充電スポットと同様に、今後増えていくことが予想されるが、水素ステーションの場合は、1件ごとにガソリンスタンドの約5倍もの建設費用がかかると言われており、充電スポットのようにコンビニやショッピングモールの駐車場に設置することが叶わない。
ひとつの都道府県あたり3件から4件程度という状況では、どんなに優れた性能を持ち、それが既存の市販車と同等の価格で購入できるようになったとしても、「次の愛車は水素にするか」とはなりにくいのではないだろうか。しかも水素は製造、輸送、貯蔵のそれぞれのプロセスでコストがかかり、ガソリンや天然ガスと比べて割高であるという点も無視できない。
燃料電池車のMIRAIを見てもわかるとおり、既存のクルマに比べて車両価格が高額になることも、ユーザーにとってはネックになる要素と言える。
脱炭素社会が到来しているとはいえ、内燃機関の楽しみである音や振動は捨てがたいものがある。これらをこの先も残すために水素エンジン車の開発に注目していきたい
トヨタの水素エンジン車の市販化に向けた取り組みを見てみると、車両開発は着実に歩みを進めていることがわかる。レースでは水素エンジンカローラの航続距離向上を目指し、液体水素搭載技術への挑戦も始めている。気体水素よりもエネルギー密度が高い、液体水素を水素エンジンと組み合わせることができれば、航続距離がガソリン車に近づき、水素ステーションは現在の約1/4の面積で運用できるようになるという。
こうしたトヨタを中心とした自動車関連企業は、自社が持つ技術でできることに全力で取り組み、ユーザーの選択肢を増やそうと奮闘していることを鑑みると、水素エンジン車が期待はずれなクルマにはならないだろうと期待したくなる。ただし、こうした企業の努力に対して、国や自治体はどのように主導していくのか。それこそが水素エンジン車の進化や本格普及に向けたカギになるのではないだろうか。
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