世界が2030年~2035年にかけての純エンジン車の新車販売禁止の流れが加速していますが、実はそうした電動化より、厳しいといわれているのが足元日本の、2030年度を目標年度とする、新たな乗用車の2030年度燃費基準で、2020年4月1日から施行されている(新たに対象となったEVやPHVは1年間の経過措置期間を設け2021年4月1日から適用)。
この燃費基準は2016年燃費基準よりも32.4%以上も燃費を向上しなくてはならず、ハイブリッド車しか生き残れないといわれており、軽自動車のスーパーハイトワゴンのNA、ターボのガソリン車はクリアできないといわれている。
スズキとダイハツが軽商用車でついに協業! 10年後の軽自動車はいったいどうなるのか?
新車のすべてが、ハイブリッドやPHV、EVとなると、価格が跳ね上がり、我々庶民はそう簡単には新車が買えなくなる時代が来るのか……。
ヤリスを例にとると、1Lガソリン車が139万円5000~163万円、1.5Lのガソリン車が154万3000~197万1000円と、ガソリン車は200万円以下なのに対し、ハイブリッド車は199万8000~232万4000円。
ヤリスHV(1.5L、HV)とヤリスガソリン車(1.5L)の同じグレードでの価格差は、Gが35万7000円、Zが35万3000円、Xが40万円もハイブリッドのほうが高いのだ。軽自動車にいたってはフルハイブリッド車になると200万円オーバーになってしまうのか?
そのほか、現状でも自動車に関する税金も高いニッポン。本当にこのまま突き進んでいいのか? 環境戦略を優先しすぎてクルマが高額化して、金持ちしか新車が買えなくなるのでは? 本当にそこまでしなくてはいけないのか? 地方切り捨てと分断の加速につながるのではないだろうか……。
文/柳川洋
写真/環境省、経済産業省、国土交通省、トヨタ、ホンダ、ベストカー編集部
【画像ギャラリー】2030年問題!? 環境対応で軽自動車の新車販売に危機迫る
■あと9年で燃費44%向上が必要! かなり厳しい2030年度燃費基準
政府が2016(平成28)年度の燃費実績をもとに2019(令和元)年に策定した、2030(令和12)年度を目標とした燃費基準値の削減達成率が表示されたステッカー(出典:ホンダ)
2030年度燃費基準および2020年度燃費基準についての詳細な説明(ホンダ)
2035年までに日本で販売される新車をすべて電動車(ハイブリッドを含む)にするという政府目標が掲げられ注目が集まっているが、実はそれより前にクリアしなければいけない日本独自のかなり高い環境規制のハードルがある。2030年度燃費基準だ。
2030年度燃費基準とは、自動車メーカー/インポーターごとに2030年度に日本で販売される新車の出荷台数ベースでの加重平均燃費が、WLTCモードで25.4km/L以上となるよう燃費性能の改善を求める省エネ法(「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」)の要請。
2020年度の新車全体での加重平均燃費はWLTCモード相当で17.6km/Lなので、25.4km/Lの目標を達成するためには自動車業界全体で44.3%もの燃費改善が必要となる。
1993年から24年かけて燃費は93%改善、2030年まで残り9年で44%を超える燃費改善は可能だろうか(出典:環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 第2回配布資料2-3より筆者作成)
算出の対象となるのはガソリン車、ディーゼル車、LPガス車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車で乗車定員9人以下と、乗車定員10人以上のうち車両総重量が3.5トン以下のもの。
一定数以上の台数を販売しているメーカーやインポーターで、基準が達成できないものに対しては、必要に応じて勧告、公表、命令の対象となり、命令に従わない場合は100万円以下の罰金が科せられる場合がある。
電気自動車やプラグインハイブリッド車の電力を動力とする部分に関しては、発電段階にさかのぼってエネルギー消費量を評価してガソリン車と同様に燃費が算出できるよう調整される。
車両重量ごとに燃費基準が決められていて、それを全新車販売台数で加重平均したものが25.4km/Lとなるが、個別の車種の燃費基準を示したものが下のグラフだ。
2030年度基準では車重2トン前後のクルマに対する必要燃費改善率が約50%と大きくなっている(出典:環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 第2回配布資料2-3、国土交通省自動車燃費一覧(令和3年3月 )より筆者作成)
ヤリスクロスハイブリッドXのWLTCモード燃費は30.8km/Lと2030年度燃費目標の26.3km/Lを16.9%上回っている。電池性能の向上により燃費だけでなく走りの質の向上も目覚ましい
たとえば車重1160kgのヤリスクロスハイブリッドX(国土交通省令和3年3月届出数値)だと、2020年度目標が21.8km/Lだったのに対し2030年度目標は26.3km/Lとなり、20.8%も燃費基準のハードルが上がることになる。ただし実際の燃費(届出値)は30.8km/Lなので、すでに基準を16.9%のマージンをもってクリアしている。
だが上のグラフの灰色の線を見ておわかりの通り、車重が2トン前後のクルマに対しての燃費目標のハードルは50%近くとかなり高い。アルファード2.5G(車両重量2000kg、国土交通省令和3年3月届出数値)は実際の燃費が11.7km/Lで、2020年度基準も10%未達だが2030年度基準では40%を超える大幅未達となる。
個別の車種が基準に未達でも、その自動車メーカー/インポーターが販売するクルマの車種ごとの台数に応じた「1社あたりの加重平均燃費」が燃費基準を満たせばいいのだが、ご覧いただいた通り非常に厳しい燃費改善を求めているのが2030年度基準なのだ。
■現時点で新基準をクリアしている軽自動車・クリーンディーゼルは1車種もない
軽乗用車、登録車を含めた国内新車販売台数において3年連続NO.1を獲得し、5年連続で軽自動車販売NO.1を達成している(前モデル含む)N-BOXはマイルドハイブリッド、フルハイブリッドともに搭載車なし。ホンダは軽のEVを2024年に投入することを明らかにしている
スズキのマイルドハイブリッド搭載車のWLTCモード燃費は、ワゴンRが25.2km/L、スペーシアが22.2km/L、ハスラーが25.0km/L。マイルドハイブリッドでは2030年度燃費基準はクリアできない……。スズキは2020年代半ばの軽EVの販売を目指している
日産と三菱が共同開発している軽EVは2022年度前半に登場予定。価格は?航続距離は?市販にあたっての課題をどこまでクリアできているのか?注目のモデルだ
こんなに厳しい2030年度燃費基準だが、自動車メーカー各社は基準を達成できるのだろうか。
以下の表は、最新の「自動車燃費一覧」(国土交通省まとめ、令和3年3月発表、令和2年末時点で新車販売された全車種をカバー)のガソリン/ディーゼルの乗用自動車・乗用軽自動車(ハイブリッドを含む)から、2030年度燃費基準を満たしている車種を抽出したものだ。同一車種の複数のグレードが基準を達成している場合、達成度が一番高いものだけ記載している。
基準をクリアしているのはわずか15車種のみ、そのうち12車種がトヨタのガソリンHV車、軽自動車・ディーゼル車は1車種も基準をクリアしていない(出所:国土交通省「自動車燃費一覧」(令和3年3月)WLTCモードより筆者作成)
データ集計時点で新基準をクリアしているのはわずか15車種、すべてがガソリンHV車だ。純ガソリン車、ディーゼル車、軽自動車のなかで基準に達している車種はゼロ。
メーカー別にみると、トヨタ12車種、ホンダ2車種、日産1車種が基準を達成。逆にいうとそれ以外のメーカー(レクサス、スバル、マツダ、三菱、スズキ、ダイハツ)は全車種が基準に未達だ。
トヨタ、ホンダ、日産は最も売れている車種の一部グレードが新基準を達成しているが、他ブランドは可及的速やかな燃費改善が求められる(出典:国土交通省「自動車燃費一覧」令和3年3月WLTCモードより筆者作成)
各メーカーの代表的な車種の新基準達成率を見ていくと、加重平均ベースでの新基準達成がどれだけ困難かがわかるだろう。スバルは大半の車種で燃費を3~4割改善する必要があるし、マツダもSKYACTIVを開発したのにすべての車種で新基準を下回っている。
日本の2030年度新基準は車両重量対比での燃費を改善することを目指すが、欧州など国際的な流れは走行距離当たりでの二酸化炭素排出量を削減することがフォーカス。
効率がよいクルマの研究開発が進むのはもちろんいいことだし、日本と海外の政策は必ずしも矛盾するものではないが、マツダなど欧州への輸出比率が高いメーカーでは両者を満たす必要があり、目標達成の難易度がより高くなっているかもしれない。
■軽自動車への影響と、軽普及率が高い地方への影響は計り知れない
軽自動車の価格がフルハイブリッド化によって跳ね上がり、200万円以上も珍しくなくなる。軽自動車需要の多い地方はどうなるのか?
日本の自動車保有台数7800万台のうち、3100万台を占める軽自動車も、2030年度基準の影響を大きく受ける。正直、達成するのは非常に困難といってもいいかもしれない。
先ほど見たように2030年度基準を満たしている軽自動車は現在存在しない上、2020年の販売台数トップ3の新燃費基準達成率を見ると、全車大幅未達。ホンダのNボックスが14.2~15.2%、スズキのスペーシアがマイルドHVなのに21.1~31.0%、ダイハツのタントが24.3~31.8%の未達となっている。
マイルドHVでも燃費目標達成は難しいとなると、普通自動車同様にフルHVを導入しよう、という議論になる。だが、それにより車両重量が増加してしまえば意味がなくなってしまう。また軽自動車の美点でもあり、マイルドHVの美点でもある価格の安さも、フルHV化によって失われてしまう可能性が高い。
軽自動車のドライバーの平均年齢は普通自動車対比で高く、急発進防止などの安全装備の充実が求められてきた。安全性を高めながら軽量化・省燃費を実現し、価格を抑えるという相反する難題をこれまで軽メーカーのたゆまぬ企業努力でなんとか実現させてきたが、もはやそれも限界に近づいている。
総務省の小売物価統計調査では、2015年12月に133.7万円だった軽自動車の平均価格が2020年12月には154.8万円と15.8%の価格上昇となっている。軽自動車ユーザーの平均所得が2015年から2020年の5年間で16%近く増加しただろうか? 答えは明らかにノーだ。
規制対応には軽くて小さくて高性能な部品が必要になる。量産効果で部品の価格が低下しないと、軽自動車の価格の高騰は避けられない。5年で16%価格が上昇したことを考えると、9年後の2030年度基準達成時には3割価格が上昇していてもおかしくない。そうすると、軽自動車の価格が平均で200万円を超えてしまう。
軽自動車は公共交通機関が利用しにくい地域ほど普及率が高い。つまり地方では生活必需品なのだが、その値段が新燃費規制対応でさらに上がってしまうと相対的に地方に住む人たちの負担がより大きくなってしまうことになる。
加えて、自動車の平均燃費が基準通り2030年まで4割以上向上すると、人口減少も相まってガソリンがより売れなくなり、地方のガソリンスタンドの経営がさらに苦しくなる。
1994年のピーク時には全国で6万ヵ所あったガソリンスタンドも、今年3月末現在で2万9000ヵ所と半数以下に。2011年の消防法改正により、ガソリンスタンドの地下タンクが40年以上経過し老朽化した場合の補修が義務付けられたこともあり、ガソリンスタンドの廃業が加速している。
北海道では1つのガソリンスタンドがカバーする平均面積が東京と比べて21.9倍、岩手や島根も10倍超え、新燃費規制によりさらなるガソリンスタンド過疎化の進行が予想される(出典:経済産業省「揮発油販売業者数及び給油所数の推移(登録ベース)令和3年7月30日」、国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調(令和3年4月1日)より筆者作成」)
ガソリンスタンドの「過疎化」が進んでいる都道府県の上位10をまとめた表を見ていただければわかる通り、各都道府県の面積を各都道府県所在のガソリンスタンドの数で割ったものが「1給油所当たりカバー面積」で、その面積が広ければ広いほどガソリンスタンドの過疎化が進んでいることになる。ご覧の通り、人口減少で悩む地域とガソリンスタンド過疎化が進む地域が重なっている。
全都道府県でトップの北海道では、1つのガソリンスタンドがカバーする平均面積が東京の21.9倍、2位の岩手、3位の秋田も10倍を超える。そしてガソリンスタンドの数は2011年度末から2022年度末で2割減少し、地方のガソリンスタンドの過疎化がさらに進行しつつある。
当たり前だがHV車も含めガソリンスタンドがなければクルマは走れない。燃費がいいクルマを買っても、ガソリンスタンドが遠くなってガソリンを入れに行くのに以前より多くのガソリンを使うというのもばかばかしい話だ。
新燃費基準の導入により、地方のガソリンスタンドの数がさらに減ってしまえば、公共交通機関の利用しにくい地方がさらに不便になってしまい、さらに過疎化・人口減少が進むという悪循環が進む。
地球環境保護とカーボンニュートラル化、日本の自動車産業の競争力の維持に向けて高いハードルを掲げて燃費の効率化を進めることにはまったく異存はない。
だが副次的な悪影響として、軽自動車を中心とした自動車の価格上昇や、ガソリンスタンドのさらなる減少などが起こる可能性が高い。そういった悪影響を強く受ける地方に住む人たちと地方経済への目配りを忘れ、環境対策を最優先するのが本当に正しいことなのだろうか。
上汽通用五菱汽車が販売する全長2920mmの宏光ミニEVは約50万円~。4人乗り、最高速度105km/h、実用航続距離は約100km。日本では同等の2人乗りEVで160万円台~だ
中国の自動車メーカーである上汽通用五菱汽車は、昨年7月に日本の軽自動車よりも小さいEV、宏光MINI EVを1台約50万円で発売を開始した。また乗用車ではないが、佐川急便は近距離配達用の約7200台の軽商用車を中国製のEVに切り替える計画を発表している。
日本の自動車業界の競争力を高めるはずの政策により、日本の自動車産業が軽自動車から徐々に衰退していって中国産のクルマに市場を席捲されるようになってしまっては本末転倒だ。
自動車の価格を低く抑えたままで燃費を改善させるには、先端技術を導入したうえで量産効果を働かせるのが一番の近道だ。
例えば日本政府がインド政府に経済支援を行い、インドで電動車の購入に補助金を出す政策を採用すれば、年間新車販売台数が約380万台あるインドにて5割のシェアを持つスズキが量産効果により、これまで以上に安価な電動車を作ることが可能になる。
それはインドの消費者やスズキの利益になるだけでなく、日本の、特に地方の消費者にとっても利益になる。
またガソリンスタンドが少なくなってしまうのなら、地方で充電インフラを整備し、交通インフラを整える政策を打ち出す必要がある。
もちろん特定の民間企業の利益のためだけに税金を使うことは難しいが、それぐらいドラスティックなことをしない限り日本の自動車産業の国際競争力は保てないかもしれない。
欧州では2035年に完全ゼロエミッション化する規制の提案が出され、アメリカでも2030年までに新車販売の半数以上をEV、PHEV、FCV化する大統領令が発令された。中国でも2035年をめどにすべての新車がEVやHV化される。
自動車の巨大市場である欧州、米国、中国の政策当局が決める環境政策によって日本の自動車メーカーが右往左往させられる状況を甘受するのではなく、経済産業省や国土交通省、環境省や外務省が政治家のリーダーシップのもとで自動車業界と足並みをそろえ、日本の総就業人口の8%を超える人たちが働く自動車産業と、地方を含めた日本全体のモビリティの将来像を、先を見越して戦略的に描いていくことを望みたい。
そうでないと、日本ではクルマは金持ちだけのものに成り下がるか、日本の自動車市場が安価な中国製のEVによって席巻されることになりかねないのだ。
初代ワゴンRの価格は、売れ筋の「RX」が108万3000円(3速AT)。アルトやミラなど、それまでの背の低い軽自動車に比べて10万~15万円高かったが大ヒットした
マイルドハイブリッドを搭載する現行ワゴンRハイブリッドFXの価格は128万400円、NAエンジンのFAに比べて11万6600円高い。ただしハイブリッドFXにはフルオートエアコンやキーレスプッシュスタートなどの価格を差し引くとマイルドハイブリッドの価格上昇はアイドリングストップを含んで約7万円
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EVになったらガソリン税の代わりに走行税になると思う