操作性が磨かれるヨーロッパのスピードラリーに進出
1957年にトヨタが、翌1958年に日産がオーストラリア大陸を一周するモービルガス・ラリーに参戦。ここから始まった国内メーカーの海外ラリー挑戦は、1967年には三菱が同じくオーストラリアで開催されるサザンクロス・ラリーに参戦を開始。また1963年からは日産がアフリカ大陸=灼熱の大地を走るサファリ・ラリーへの参戦を開始しましたが、これらはクルマの耐久性を試す場という意味合いが強いものでした。その一方で、日産が1965年から参戦を始めたモンテカルロ・ラリーなどヨーロッパを舞台に戦われていたスピードラリーは、クルマのハンドリングなどを鍛える場、との意味合いがより強くなっていました。日本メーカーがクルマの性能向上を突き詰めていった、ヨーロッパでのラリー挑戦を振り返りましょう。
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伝統のモンテカルロとRACラリーへ「道場破り」に
1965年に日産が国内メーカーとして初めてワークス体制で臨んだモンテカルロ・ラリーは、1911年に第1回大会が開催された、国際的にもっとも長い歴史を持つクラシックイベントのひとつです。当初はヨーロッパの各地(一部はアフリカ大陸北部)からモナコを目指して集まってくる冒険ラリーのようなイベントでした。しかし戦後になるとスピードラリーへと大きく様変わりしてきました。基本的には舗装路を舞台としたターマック・ラリーで、毎年1月に開催されることから、モナコの北西=フランス南部の山岳地帯ではウエット路面はそのままアイスバーンとなり、また雪に見舞われることも多く氷雪路との戦いとなるのが一般的となっています。
そんなモンテカルロに1965年から挑戦を開始した日産は、1965~67年にはブルーバード(P410系)、1968~69年にはフェアレディ2000(SP310系)を投入。参戦初年度の1965年と1966年は1台体制でのエントリーとなり、1965年はリタイアしたものの1966年には総合59位で完走。3台体制となった1967年には2台がリタイアしたものの1台が総合58位で完走しています。その翌年、2台のフェアレディ2000で参戦した1968年にはハンヌ・ミッコラのドライブで総合9位/クラス3位入賞を果たしています。 1969年の10月にはフェアレディ2000の後継モデルとしてフェアレディZ(S30系)が発表され、その輸出モデルであるダットサン240Z(HLS30)がラリーにおける次期主戦マシンとなります。ただし1970年のモンテカルロ・ラリーにはホモロゲーション(車両公認)が間に合わずテストを進めたのみで、同年の年末にイギリスで行われたRACラリー(現ウェールズ・ラリーGB)で実戦デビューを果たしています。
RACラリーは1932年に初開催されていて、モンテカルロ・ラリーに次ぐ長い歴史を持ったクラシックイベントで、ともに長い年月にわたってWRCを代表するイベントとなっていました。モンテカルロ・ラリーが通常は1月下旬に開催されてシーズンの幕開けを飾るイベントであるのに対してRACラリーは通常11月下旬に開催され、シーズンの最終戦としてチャンピオン決定の場となることも多い檜舞台の1戦でした。
「頑強ブルーバード」から「速さのZ」へ切り替え
まだWRCが制定される以前、1970年のRACで実戦デビューしたダットサン240Zは、開発ドライバーを務めたラウノ・アルトーネンら3台のワークスカーに1台のプライベーター(ワークスマシンを貸与?)を加えた4台体制で参戦。他の3台はデフのトラブルからリタイアしてしまいましたがアルトーネン組が堂々の7位入賞を果たしデビューに花を添えています。 そして翌1971年にはモンテカルロ・ラリーに“再デビュー”し、1973年まで3年間、挑戦を続けています。この間、1971年にはアルトーネンが総合5位、トニー・フォールが総合10位、1972年にはアルトーネンが総合3位、1973年にはフォールが9位と好成績を残しています。ちなみに、1972年にアルトーネンが総合3位に入賞した際のコドライバーは、後にプジョーでWRCや世界耐久選手権(WEC)のチームを指揮してワールドタイトルを獲得。さらにフェラーリに移ってF1チームの監督として常勝チームに復活させるなど活躍し、現在はFIA会長の重責を担っているジャン・トッドその人です。左右のフェンダーに英文に加えて“アルトーネン/トッド”とカタカナでも表記されている深紅の240Zは現在も、座間にある日産ヘリテージコレクションに収蔵されています。
ヨーロッパの拠点を模索するトヨタ
日産に続いて1970年にはトヨタもモンテカルロ・ラリーにワークスチームを送り込んでいます。ドライバーは日本GPにも参戦していたヴィック・エルフォードと、オリンピアン・サイクリストとしても知られるヤン・ヘッテマに初代コロナ・マークIIのトップモデルGSS(RT72)のグループ2仕様を託して参戦したのですが、残念ながら2台ともにデフ・トラブルでリタイアしています。この時は車輌をドライバーに貸与する格好での参戦でしたが、1972年のRACラリーにはオベ・アンダーソンを起用し、彼の主宰するアンダーソン・モータースポーツを支援することで、これ以降も長く続くプロジェクトがスタートしました。
プロジェクトにとって初戦となる同年のRACラリーでは初代セリカ1600GTのグループ2仕様を駆ったアンダーソンがクラス優勝。プロジェクトは上々の滑り出しとなりました。翌1973年からは、いよいよWRCがスタートしていますが。アンダーソン・モータースポーツはアクロポリス・ラリーを手始めに4戦に出場し、シリーズ第12戦のRAC(このシーズンは12月にツール・ド・コルスが最終戦として開催されていました)では総合12位/クラス優勝を飾っています。またこれはトヨタのワークス活動ではありませんでしたが、RACの2週間前にアメリカで開催されたプレス・オン・リガードレス・ラリーにおいて、カナダのディーラーチームからエントリーされたカローラ・クーペ(2T-Gエンジンを搭載したTE27レビンではなく1600ccのプッシュロッド・ユニットの2Tエンジンを搭載したTE25)が、ウォルター・ボイスのドライブで優勝を飾っています。これはトヨタ車として初のWRC制覇となりました。
1973年の秋には中東戦争のあおりを受けて第一次石油ショックが勃発。モータースポーツ界も例外ではなくWRCではモンテカルロ・ラリーがキャンセルされるほどでした。トヨタのワークス活動も大きな影響を受けましたが、アンダーソン・モータースポーツとのジョイントでチーム・トヨタ・アンダーソンを結成し、トヨタは競技車両やパーツ、機材などを提供する格好で活動を継続しました。
やがて大挙して押し寄せる日本のGr.A勢
翌1975年にはチーム・トヨタ・アンダーソン・モータースポーツはTTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)へと発展。1974年のRACラリーからは16バルブのスペシャルヘッドを組み込んだ2T-G改エンジンを搭載したカローラ・レビン(TE27)のグループ4仕様がデビューしました。
翌1975年の1000湖ラリー(現・ラリー・フィンランド)でTTEとして初優勝を飾っています。これはトヨタ・ワークスとしても初のWRC制覇となりました。
その後、セリカのグループ4仕様へと競技車両をコンバートしながら80年代前半は、とくにサファリ&アイボリーコーストのアフリカ・ラウンドでは、無敵のラリーカーへと成長させるとともにTTEもWRCのトップチームのひとつに成長していきました。 80年代前半には、競技車両の車両規定がグループ4/2からグループB/Aへと大きく変更されています。そして、グループBが極限まで先鋭化して最終的には消滅。グループAによるバトルへと新たなスタートを切り、さらにWR(ワールド・ラリー)カーへと車両規定は変遷していきます。そして日産の活動は少し縮小されることになりますが、日本メーカーはトヨタに加えて三菱とSUBARUがWRCにフル参戦してワールドタイトルを獲得してゆくことになります。またグループAで着実にクルマを進化させていたマツダも初優勝を遂げ、最後発となったスズキもF2キットカーを経てスーパー1600でジュニアWRC(JWRC)チャンピオンを獲得することになるのですが、その辺りはまた次回に紹介することにしましょう。
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