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開発者インタビュー どうしても新車でクルマが欲しいという方に何とかお届けしたい「スズキアルト」編

掲載 更新 6
開発者インタビュー どうしても新車でクルマが欲しいという方に何とかお届けしたい「スズキアルト」編

その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第28回はスズキのベーシックな軽自動車として長らく愛されてきたアルトの9代目となる新型です。お話を伺ったのはスズキ株式会社 四輪商品第一部 チーフエンジニアの鈴木 猛介(すずき・たけゆき)さんです。

愛着を持ってもらえる、乗用車感のあるデザイン

カーリースと車の購入ってどちらがおトク?シミュレーションで比較してみた!

島崎::今、試乗してきましたが、心地いいクルマだなぁと思いました。

鈴木さん::そうですか。ありがとうございます。

島崎::今回のアルトは何代目でしたっけ?

鈴木さん::9代目になります。先代は2014年の12月22日に発売しましたから、丸7年ぶりのフルモデルチェンジです。スズキは12月に発表・発売のクルマが比較的多いかなぁと思います。

島崎::そうですね、でももう7年ですかぁ。この間に実はデザイナーのあの方にお話を伺う機会があったのですが、当然ながら、大人でいらっしゃいますから“告白”はしていただけませんでした。

(*編集部註:8代目のアルトのデザインに日本人の有名自動車デザイナーが関わったという噂がありました)

鈴木さん::ははは。

島崎::ザックリと伺いますが、新型アルトはどういうクルマにされようと思ったのですか?

鈴木さん::一番大きなポイントは愛着をもっていただくことでした。別に前のモデルは愛着が持てなかった訳ではなく、むしろ非常に愛が強かったというか……。

島崎::あははは。

鈴木さん::チカラのあるクルマだったと思いますが、もう少し間口を広げていかないといけないかなぁと。

島崎::今だから伺いますが、個性の強いあのスタイルはユーザー層を狭めていましたか?僕はあの適度なトガリ具合は好きでしたし、ビジネスユースもイカしてていいんじゃないかと思っていましたが。

鈴木さん::そおーですね。新型よりもむしろシンプルでしたし、それはそれでアルトとして十分アリでした。ただ今回の新型から商用車をなくしたこともあり、少し乗用車感を打ち出せたらいいかなぁと考えました。

島崎::乗用車感、よくわかります。

鈴木さん::長く乗っていただける、やわらかな感じのクルマにしたかったんです。

アルトはモデルチェンジの度に買い替えるクルマではない

島崎::長くというのは年月の話ですか?

鈴木さん::はい。クルマの保有期間、車齢が徐々に長くなっていますが、その中でアルトはモデルチェンジの度に買い替えるクルマではないと考えています。必要な時に買っていただいて長くお使いいただいて、また必要になったら買い替えて長くお乗りいただく、そんなパターンのクルマです。なのでご自身の年齢や生活の変化があっても、アルトがずっと側にいられるような、そんなアルトにしたいなぁと思いました。

島崎::従来型とは、そのあたりの考えかたは違うということでしょうか?

鈴木さん::前のチーフエンジニアがどこまで考えていたかわかりませんが、前のモデルよりも、もう少しあの愛着が……湧く……感じの……あの……デザインであったり……あの、装備であったりというところにしたいなぁというのは思っていたところでして……。

島崎::攻めたお答えをありがとうございます。個人的には先代の個性的なデザインは十分にアリだったとは今でも思っています。ただ日本全国津々浦々、すべてのアルトのオーナーの方にあのクルマが受け入れられたかと思うとそれはね……。

鈴木さん::そうなんですよね。すごくチャレンジングだったとは思います。

島崎::街の風景の中で洒落たアクセントにもなっていましたしね。シンプルの極みのようでもありましたし。4ナンバーをなくした意図、ロードマップは何かあるのですか?

鈴木さん::そもそも初代アルトは商用車で出まして、ずっと4ナンバーは大切にしてきました。ところが最近は、4ナンバーじゃなければいけないというお客様が減ってきたのです。税金、保険の優遇も小さくなり、それよりも車両価格をお安く提供するほうが受け入れられる……そうなってきました。

毎日乗るクルマに乗り降りのしやすさを

島崎::価格ですか。ほかに新型のポイントは何かありますか?

鈴木さん::新型は居住性がよくなったよねというお声をすでにいただいていますが、どちらかといえばそれは副産物で、とにかく乗降性をよくしたというのがありました。今回はカーテンエアバッグを標準にし、それを収めるスペースを確保したことで乗り降りがしにくくなっては、毎日乗るクルマには適さない。そこで室内高を少し上げて対処しました。

島崎::着座位置は変わっているのですか?

鈴木さん::先代に対してヒップポイントは変わりません。お客様もワゴンRほどの高さを求めていらっしゃらなくて、見晴らしがよくなると、今度はクルマが大きくなったように感じられて手に余る大きさに感じられるようになると。そこでヒップポイントは変えずに視界、乗降性をよくするようにレイアウトを決めました。

島崎::具体的にどうしたのですか?

鈴木さん::ドア開口部の上側を先代より20mmほど高くしました。さらにベルトラインと呼ばれるドアガラス下端は35mm下げています。ですから窓が大きくなり視界のよさを実感していただけます。

島崎::ずいぶん拡大しましたね。確かに着座位置が上がったような、清々とした視界のよさを感じました。運転席のシートアジャスターのメカや調整幅は変わっていないということですか?

鈴木さん::はい。

アルトは黒、ラパンはベージュ

島崎::それと資料を見るとホイールベースは先代と変わっていませんが、後席も全体に広々感があって、まるで先代がショートホイールベース版のような感じがしますね。

鈴木さん::プラットフォームのレイアウトは同じなんです。ただ今回は開口部の剛性を高めることを集中的に行うことでボディ剛性を格段に上げて、サスペンションをより仕事させるようにしていまして、ちょっとした段差の入力を気にしなくてもいい味付けにするなどしています。

島崎::進化しているのですね。

鈴木さん::最初から高めの目標を立てて実現させました。

島崎::NVHにも効いていそうですね。

鈴木さん::先代でもコモリ音が課題だったのですが、屋根の形状や制振材を使い、天井で発生するコモリ音を低減させました。効果はあったようで、乗っていても不快感が減ったと思います。

島崎::走らせていてザラザラ、ゴーゴーした感じがかなりしないですよね。ところで話は飛びますが、新型は“ラパンっぽくなった”ようにも感じますが、このあとラパンの存続が左右されるようなことに?

鈴木さん::なるほど。ラパンのお客様はもう少しいろいろなところにコダワリが強いのかなと思います。Aピラーが立っているところなどラパンに似ているかもしれませんが、内装などアルトは今回は黒がベース、ラパンはベージュと雰囲気づくりはだいぶ違うと思っています。

島崎::ラパンが消滅しないということですね。

鈴木さん::そうですね。将来がどうなるか私にもわかりませんけれど……。

ふくよかな面をどう表現するかで、デザイナーは大変だった

島崎::デザイン領域の話ですが、今回の新型の開発では別案がたくさんある中での採択だったのですか?

鈴木さん::エクステリアは、いくつかモデルはありましたが「これだね」とすんなり決まりました。デザインを決める前にデザイナーと話をしたりお客様に会いに行きお話をきくなどして、どういう方向性にすれば満足していただけるかを考えました。

島崎::ヘッドランプは何となく……。

鈴木さん::何となく先代のイメージが残っているのはそこだけかもしれません。

島崎::ドアパネルの張りですとか、角Rの出し方とか、ずいぶん上質に感じますが、何か新しい工法など使ったのですか?

鈴木さん::技術的にそれほど凄いということではないですが、先代ももっとシャープなエッジを出すのに苦労していましたが、新型では技法というより、ふくよかな面をどう表現するかで、デザイナーは大変だったと思います。

島崎::丸みは帯びていますが、決してファニーすぎない頃合いがいいですね。

鈴木さん::ありがとうございます。全体にやわらかくしたい。けれどドアには厚み感を持たせたい。小さなクルマなので「大丈夫かな?」と思われないようにしたかったので、その結果が抑揚のハッキリしたドア形状になったと思います。

島崎::鈴木さん:はアルトの前には、どんな車種をご担当なさってこられたのですか?

鈴木さん::この前はスペーシアをやりました。

島崎::ああ、スペーシアのスタイルの、ペナッとしていないゼロハリバートンみたいな張りとしっかりした角Rは、今度のアルトに通じますね。

鈴木さん::スペーシアも規格いっぱいに使おうとすると、どうしても平らな感じの商用車っぽくなる。そこを嫌って、ちょっとでも豊かな面にしたいというのはありました。

島崎::コンパクトカーだからこそ、ペナッと弱々しい印象ではないほうがいいですよね。

鈴木さん::とにかくお客様が見たときに不安にならないことが大事だと考えています。

島崎::内装は、とくにインパネのデザインですが、若干ゴツッとした感じがしないでもないのですが……。

鈴木さん::デザインでいうと、そうかもしれません。ただアルトはビジネスユースのボリュームも結構あるので、使いやすい収納などがないといけないな、と。カップホルダーも先代はコンソールにありましたが、新型はちゃんとインパネ左右の高い位置にもってきました。助手席側にモノが置けるスペースもあります。それらはデザイナーにオーダーしました。あと今回はディスプレイオーディオの採用も軸のひとつでした。

島崎::系列他社銘柄ですが、プロボックス風なのは、そういう理由からですね。

鈴木さん::道具感というところで、そう見えたのかなぁ、と。

学校の女の先生が乗っていた赤いアルト

島崎::銀行や農協でも使いやすいように。思えば初代アルトは、そういうコンセプトのクルマでしたからね。

(と言って持参した初代アルトのカタログをテーブルの上でお見せする)

鈴木さん::おっ、凄いですね。実物を見たのは初めてかもしれない。

島崎::ほかでもない、初代アルトは47万円で売り出されたクルマでしたが、新型アルトでは、何か原点回帰のような発想はあったのでしょうか?

鈴木さん::新型アルトの開発に当たっては、何が必要で何がいらないクルマなのか、と考えました。今から考えると初代は簡素化されたクルマでしたが、それでもクルマが必要な方にお届けすることを使命とした結果だったのだと思います。シートベルトなどは省かず、一方でウィンドウウォッシャーはシュシュと手動式だったり。本当にお客様が欲しいものは何なのか、それを我々は今回の新型では考えました。たとえば安全支援関係の装備、機能でも、ACCは近所でしか乗らないのなら要らない。パーキングブレーキも、アルトに関してはまだ電気式ではなくハンドブレーキのほうが受け入れられやすい、とか。

島崎::取捨選択されたのですね。

鈴木さん::初代アルトについてみんなで話し合ったときに共有できたのが「赤いアルトを学校の女の先生が乗っていた」でした。考えてみると、学校の先生は、バスや電車がなくても学校のあるところに移動しなければならない。その意味で、働く女性が自由に移動できるのを実現したのがアルトだったのではないか。なので誰もが手軽に、気楽に……の方向で考えました。乗降性をよくする、視界をよくするといった基本的なところを忘れてはいけないよ、と。そういうところを妥協しないように作るんだ、と。

アルトは値段を上げちゃいけないと強く思っている

島崎::大事ですよね。ところで今、47万円じゃないのですか?なんていうのは、流石に無謀な質問ですよね。

鈴木さん::発表会の際、社長から94万円の話がありましたが、大学卒の初任給の5倍くらいということで言っていたと思いますが、都バスの運賃が昭和54年当時が100円で今は220円ですから倍ちょっとです。故に交通手段の値段としては約2倍だろうと。としましてAの2WD車の消費税込み94万3,800円は、当たらずとも遠からずかなと思っています。3,800円オーバーしちゃいましたが。

島崎::確かに、鮮やかにほぼ2倍の計算になっているんですね!

鈴木さん::アルトは値段を上げちゃいけないと強く思っているのですが、今回はエアバッグなど安全装備を全グレードでつけるなど、なかなか難しかったです。Aグレードはリアドアのガラスが昇降しないのですが、ビジネスで後ろに人を乗せない用途ならご理解いただけているのかなぁと。

島崎::昔、手動ウィンドウの頃、誰かが窓を開けたまま降りて、走り出してから「やれやれ」と思ったことを思い出しました。

鈴木さん::ははは。でも、どうしても新車でクルマが欲しいという方に何とかお届けしたい……そういう思いがあります。もうちょっと頑張れないのか……という話はみんなでいつもしているのですが……。

島崎::いやいや、心が洗われるお話でした。どうもありがとうございました。

(写真:島崎 七生人)

※記事の内容は2021年12月時点の情報で制作しています。

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みんなのコメント

6件
  • 「アルトはモデルチェンジの度に買い替えるクルマではないと考えています。」

    本当に必要な人に届ける事に専念してるだけか。

    いつもやれ「電パが無い」だの「この部分がダサい」だのの議論ばかり目にしてきたけど、ちょっと目から鱗でした。
  • スズキの技術力の高さは我々の想像をはるかに超えています。
    スズキに始まりスズキに終わる。そんなカーライフを送りたいです。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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