ホンダ『S660』が、2022年以降の法規制(騒音・燃費・安全など)など複合的な規制強化への対応が難しく、2022年3月をもって生産終了することを発表した。
日産『GT-R』でも取りざたされているが、スポーツカーはこの2022年以降の法規制に対応することが難しいと考えられる。
ボルボがEVにリチャージタイヤを標準装備! 他メーカーのこの流れに乗るのか!?
このままスポーツカーの灯は消えてしまうのか? スポーツカーが生き残る術はないのか? 2022年の法規制について解説しつつ、スポーツカーは消えてしまうのか? それとも生き残れる方法があるのか? 考察していきたい。
文/高根英幸
写真/HONDA、編集部
【画像ギャラリー】規制強化で生産終了のスポーツカー『S660 Modulo X Version Z』を写真でチェック!!
■S660を生産終了に追いやったのは厳しくなった保安基準だった
家族の関係や駐車場、仕事の環境など、さまざまな理由で愛車を選ぶ際にはどうしても制約ができてしまうものだ。それゆえスポーツカーは、限られた者だけが所有することを許される、特別なクルマと言える。
したがってスポーツカーを買いたくても買えないクルマ好きは、たくさんいるハズだ。そんな中、軽自動車規格の本格スポーツカーとして、ファンが多い1台であるホンダ『S660』が生産終了発表というニュースはショッキングだったのではないだろうか。
2シーターミッドシップ軽スポーツのホンダ『S660』。低い全高、ほぼ荷物が積めないトランクと実用性は皆無、ある意味バイク感覚と言える特殊なクルマ
S660は、これまでも何度か生産終了の噂が立ったものの、その危機を乗り越えてきたのだが、ついにその生産販売が打ち切られることになってしまったようだ。
そもそも新型車として2015年に発売されてしばらくはある程度の台数となったものの、そこからはそれほど数が出るクルマではなかった。ミッドシップの2シーターというレイアウトは、実用性には乏しいから仕方のないことではあるだろう。つまり、ホンダは利益度外視で生産を続けてきたのだ。
しかもこのレイアウトゆえに、これからも販売していくことが難しくなってしまったのだから残念だ。S660の販売を断念した理由は、厳しくなっていく保安基準のせいなのである。
クルマは、道路交通を安全かつ円滑にするために、さまざまな基準が定められている。排気ガスや灯火類、シートベルトやエアバッグなどの安全装備、ブレーキ性能などかなりの領域まで道路運送車両法の保安基準で定められているのだ。
中でも近年、厳しさを増しているのが衝突安全性能と燃費性能、それに騒音規制だ。衝突安全性能は、一定の速度で障害物にぶつかった際、乗員の損傷を一定以下に抑えるものと、歩行者保護の観点からも対策は求められる。燃費性能はCO2排出量とイコールであり、温室効果ガスの排出を抑えることが要求されているものだ。
2021年からは燃費規制が一段と厳しくなり、自動車メーカーは販売する全車種の平均燃費で基準を達成する必要があるので、燃費がよくないクルマは足を引っ張ることになる。もっともS660は2シーターで軽量なことから、燃費そのものはそれほど悪くないし、販売台数も少ないので、影響は限定的だろう。それは見方を変えると利益面では貢献していないことにもなる。
衝突安全性能も実はミッドシップの場合、厳しい。前面衝突時のクラッシャブルゾーンが短く、エンジンなどの剛体もないので、重量増を抑えて衝撃を吸収させるための工夫が必要になるからだ。
『S660』に搭載される S07A型 直列3気筒 658cc DOHCターボエンジン。このクルマの魅力はミッドシップゆえの重量配分とトラクションなのだが……
■騒音規制の引き下げがトドメを刺した!?
それよりも決定打となったのは、騒音規制の強化だ。クルマから発せられる走行騒音は、都市部の住民のストレスにもなっているため、改善項目のひとつ。クルマが発生する騒音の中でも、加速騒音は昭和46年から4度に渡って規制が強化され、それによって現在では音の大きさは5分の1にまで低減されている。
2016年以降、国連欧州経済委員会の下部組織であるWP29(自動車基準調和世界フォーラム)では、クルマの騒音規制の中でも加速騒音について新しい規制を導入している。日本も参加しているため、同じ規制を採用することになるのだが、2022年から始まるフェーズ3では、さらに規制値が引き下げられるのだ。
車体の大きさ重さによって変わるが、乗用車ではほとんどの車格で2dBの低減が求められる。dBは音をエネルギーで表したもので、6dBで2倍の差となり2dBでは4/5にすることが求められるのだ。
また定速走行でも騒音の7割以上がタイヤから発生していることから、フェーズ3ではタイヤの走行騒音が規制されることも決まっている。特にリアのオーバーハングが小さいS660は、リアタイヤが路面を叩くロードノイズやタイヤが空気を斬る風切り音、エンジン音が車体後部から放出されやすいから不利なのだ。
軽自動車、ミッドシップエンジンという厳しいサイズの制約の中で、めいっぱいのホイルーベースを確保するためギリギリの前後オーバーハングになっている
普通のクルマと比べてMTのスポーツタイプのクルマは、若干規制が緩く優遇されていて、スポーツカーというカテゴリーへの配慮もある。それでもS660の場合、厳しくなる規制に対応するにはかなりの仕様変更が必要で、そのための開発費や生産コストの上昇は、今後の販売では回収するのが難しい、という判断なのだろう。
フロントにエンジンがあり、リアのオーバーハングもそれなりに確保されているダイハツ『コペン』やマツダ『ロードスター』などは、S660より若干規制には対応しやすい。それでもタイヤの騒音規制によって、標準装着のタイヤはますますスポーツ性能を抑えなくてはならなくなるだろう。
2014年登場のLA400K型ダイハツ『コペン』。タイヤは165/50R16サイズのポテンザRE050Aを履く
■全高の低い2ドアだけがスポーツカーなのか!? 定義も変わりつつある
この先、スポーツカーが存続していくのは難しい状況であることには変わりないが、ちょっと考え方を変えればスポーツカーに何を求めるかで、この先も楽しむことはできると思うのだ。振り返ってみれば、スポーツカーというクルマの定義自体、時代の流れで変化してきた。
クルマが大衆化し始めた1960年代は、スポーツカーと言えばライトウェイトスポーツのことを指すものだった。2シーターのFRでMT、ボディは小さく軽く、運転を楽しむためだけのクルマだけがスポーツカーと呼ばれた。
そして1970年代に入って、車種が増えていくに従ってスペシャリティカー、スポーティカーが登場して、美しいクーペスタイルのクルマが人気となり、クルマ好きを増やしていった。
その後もバブル期を経て、ホットハッチやスポーツセダンという新たなカテゴリーも生まれ、運転を楽しめるクルマながら実用性も兼ね備えるクルマが増えたことで、運転を楽しみたいドライバーにとっては選択肢が増えたこともある。
そういう意味ではS660はピュアスポーツの部類に属する希少種と言える。こうしたクルマだけをスポーツカーと決め付けるのは、そろそろ終わりにしてもいいのではないだろうか。例えば、最近モデルチェンジにより追加されたホンダ『N-ONE』のターボMTモデルは、S660と同じパワーユニットをもつだけに、走りは相当に楽しめる。
先日発売されたマツダの『MX-30』 EVモデルも、ステアリングとスロットルの反応が自然で、人馬一体感を味わえる、実にスポーティなクルマに仕立てられている。このパワーユニットと制御系を用いて、クーペボディに換装するだけで、本格的なEVスポーツができ上がるのでは、という思いさえ起こったほどだ。
マツダ初の量産電気自動車『MX-30EV』。ピュアEVになっても低重心、高剛性骨格で、人馬一体はさらに深化した
また2020年に法整備された新しいカテゴリー、超小型モビリティの制度を利用して、小型軽量のEVスポーツを作り上げることだってできるだろう。高速道路は走れないが、ミニサーキットまで自走して楽しむなら、本格的なEVスポーツを格安で作り上げられそうだ。
さまざまな規制への対応や先進の安全装備や運転支援システムが搭載されるなど、新型車開発ではピュアスポーツを生み出しにくい環境になってしまったのは、現代であれば仕方ないところ。であれば本格的なスポーツドライビングを味わえるクルマもスポーツカーの範疇に納めるのであれば、これからもスポーツカーは存続していけるのではないだろうか。
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