車の安全を足元から支える重要部品ながら、一見すると同じようにみえるタイヤ。実は、時代とともに大きく変貌を遂げていて、最近、特に一般化したのが低扁平と呼ばれる薄っぺらいタイヤだ。
写真のシビックタイプRも「245/30 R20」という非常に薄いサイズのタイヤを履く。245はタイヤの幅、30は扁平率、R20はタイヤのインチを表わし、タイヤを横から見た時の「薄さ」に関わるのは扁平率の数値。この値が低ければ低いほどタイヤの側面は薄くなる。
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今や、普通の大衆車でも、かつてのスポーツカーと同等の薄っぺらいタイヤを履く時代。低扁平タイヤ普及のきっかけとなったのは、1台のポルシェに搭載されたタイヤだった。
文:鈴木直也/写真:編集部、MAZDA、DAIHATSU
薄っぺらタイヤはあのポルシェから始まった!
ポルシェ911の2代目として1974年に発売した930型。当時としては低扁平の55タイヤを採用。1989年まで販売が続けられた
最近は軽自動車でも165/55 R15なんていうタイヤを履いていて、50%くらいの扁平率はあたりまえになった。
あらためてこういった事例を見ると、ぼくのような旧世代のクルマ好きは隔世の感を新たにする。
超扁平タイヤの元祖といえば、言わずと知れたピレリ P7だ。
このタイヤは、ポルシェが930ターボを開発する時、その専用タイヤとして造られたものだが、フロント205/55 ZR16、リア225/50 ZR16というサイズ。
いまなら、プリウスだってグレードによっては215/45 R17を装着しているのに、昔は「あの」ポルシェ930ターボが225/50だったのだ!
もっとも、ピレリ P7が生まれた1970年台半ば、高性能タイヤでも扁平率は70%が基本だった。当時の代表的スーパーカーであるフェラーリ・デイトナ(215/70 VR15)やランボルギーニ・ミウラ(205/70 VR15)でも、足元はミシュラン XWXやピレリ CN36の70扁平タイヤ。P7登場以前は、スーパーカーといえどもタイヤはそんなサイズが常識だったのだ。
もちろん、これは国産車でも同じで、この頃デビューした初代RX-7やセリカXXが履いていたのは、ミシュランXVSの70扁平。今の感覚からすると、信じられないくらいしょぼいタイヤで頑張っていたのである。
鮮烈だった低扁平タイヤの高性能
930型ポルシェ911と同時代、1978年に発売された初代サバンナRX-7は185/70 HR13タイヤを装着。現代では、なんとミライースと同じ扁平率だ
そんな状況で突然現れたピレリ P7の凄さは、いまでもぼくの記憶に鮮烈だ。
ぼくが初めてピレリ P7を本格的に試したのは、ポルシェ924ターボ VS RX-7という対決企画。筑波サーキットでこの2台を乗り比べた時のことだ。
まず驚いたのは、ブレーキングポイントの違いだ。ミシュラン XVS(185/70 R13)を履くRX-7でギリギリまで攻めたブレーキングポイントを、ピレリ P7(205/55 R16)は余裕で通過して奥まで突っ込める。
しかも、ブレーキング時のスタビリティも雲泥の差で、荷重の抜けた後輪が接地性を失って激しいスキール音とともにテールスライドするRX-7に対し、924ターボはピタッと地面に張り付いたような安定感をキープ。そこからのコーナリング、立ち上がり加速でも、ずんずんその差を広げてゆくのだ。
もちろん、車の違いもあるのだけれど、「これが50タイヤの威力か!」と、目からうろこがポロポロこぼれたのをよく覚えている。
なぜ昔は普及しなかった? 低扁平タイヤの長短
新旧ポルシェ911を並べると、ご覧の通りタイヤの“薄さ”は一目瞭然の違い。まさに時代の変化を象徴した一枚だ
かくして、当時のカーマニアは「ゴーマルタイヤを履きたい!」という熱病におかされてしまうのだが、これには超扁平タイヤの「見た目の迫力」が大いに影響したと思われる。
扁平なタイヤの方が剛性面で有利なことは、その外観を見れば誰でも直感的に理解できる。
加減速やコーナリングなどで、タイヤには常に大きな力が加わっている。平べったいタイヤの方がその時の変形が少なく、トレッド面をより有効に接地させられる。このわかりやすい理屈をストレートに実体化したのがピレリ P7で、だからこそ多くのクルマ好きを魅了したわけだ。
ただ、いざ商品化されてみればコロンブスの卵だが、なぜP7以前にこんなわかりやすい理屈に気づかなかったの?という疑問は残る。
その理由としてはいくつか考えられるが、もっとも大きいのは生産性の問題といわれている。
タイヤの作り方は、今も昔もあまり変わっていなくて、スチールコードや繊維で強化したゴムの板を丸めてドーナッツ上に成型した後、加硫ガマに入れて蒸し焼きにするというプロセスで生産される。
これも直感的に理解できると思うが、サイドウォールが薄く平べったいタイヤほど、ビード(リムにハマる部分)を組み込んでドーナツ状に成型するのがが難しい。これが、当時の量産タイヤが70%扁平レベルに留まっていた大きな原因だ。
さらに、クルマとのマッチングの問題もある。
タイヤはそれ自体がバネとして働き、路面からのショックを吸収する性能が求められている。タイヤが扁平になるほど、路面からの力を受けたときサイドウォールに大きなストレスがかかる。
ここをソフトに作ればサイドウォール破損やホイールリム接地の危険があるし、ここをハードに固めてしまうとタイヤの縦バネ成分が硬くなって乗り心地にマイナスとなる。
超扁平タイヤが、最初はスーパースポーツ専用の限られた市場からスタートしたのは、こういった理由から。コストに糸目をつけず、しかも専用セッティングで作り込むような手間をかけないと、初期の超扁平タイヤは商品化が難しかったのだ。
薄っぺらいタイヤは本当に必要なのか
ダイハツが2015年に発売したキャスト スポーツは165/50 R16 タイヤを採用。このほかムーヴやワゴンR、N-BOXカスタムなど数多くの車種に低扁平の端緒となった55扁平のタイヤが装着されている
まぁ、そういった話も今や昔で、冒頭に書いたように最近は軽でも“ゴーマルタイヤ”を履くようになった。
ピレリP7から40年にわたるタイヤ開発の進化は著しく、適切なコストで超扁平タイヤを作る生産技術や、サイドウォールが薄くても乗り心地を損なわない設計技術など、現在ではタイヤは超扁平が標準になってしまっている。
こうなると、もはや50や40では誰も目を留めてくれず、ファッションとしての超扁平タイヤは315/30 R30(!)なんていう世界に突入している。
ここまでくると完全に自己満足の世界だが、純粋な機能部品だった超扁平タイヤを、まったく別の方向に進化させるマニアのパワーにも、これまたある種の感動を禁じ得ない。
一方、こういうウルトラ超扁平とは真逆のベクトルで、ミシュランがクラシックスポーツ用として現在でもちゃんと70シリーズのXWXを供給しているのも立派。デイトナやミウラに超扁平タイヤじゃ雰囲気台無しだもんね。
いまや、わざわざタイヤを交換しようなんて考えるのは、相当なクルマ好きだけといってもいい時代。
安全性にさえ留意してくれれば、それぞれ自分好みのタイヤを楽しむのがいちばんヨロシイのではないかと思います。
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