その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第47 回はハイブリッドの代名詞、トヨタプリウスの5代目モデルです。斬新さで話題を集める新型プリウス、そのデザインの開発舞台裏について、株式会社テクノアートリサーチ 製作部 クリエイティブディレクターの藤原 祐司(ふじわら・ゆうじ)さんと、トヨタ自動車株式会社Toyota Compact Car Company TCボデー設計部 第1ボデー設計室の守屋 和樹(もりや・かずき)さん、庭田 修平(にわた・しゅうへい)さんにお話を伺いました。
「どうやってカッコよくすればいいのだ!?」という先代のパッケージ
【カーリース料金シミュレーション】徹底比較!車を購入するのとどちらがお得?
島崎:新型プリウスでは、何を置いてもスタイルのお話を伺わなければと思っていました。
藤原さん:売り、です。
島崎:とにかくいろいろな意味で注目しています。
藤原さん:ありがとうございます。それはいい意味で注目していただいているということですよね?
島崎:もちろんです。表現が難しいのですが、今さら先代のことをディスリスペクトするのは、世の中にたくさんの方がお乗りなのでとても心苦しいのですが……。
藤原さん:ウチの前社長自身が「カッコよくない」と公言していましたから。
空力重視のシルエット、ヘッドライトやリアランプの意匠に賛否が分かれた4代目プリウス
島崎:なのでほんの短くだけ事実の確認のために振り返りをしたいのですが、今更ながら、先代はなぜあのスタイルで量産のゴーサインが出たのですか?
藤原さん:担当していた訳ではないのでよくわからない部分もありますが、ひとつには先代はプラットフォームを一新してドライビングポジションが低くなり、よりスポーティーな方向に行った。その中で空力性能をクラストップにする使命があり、ルーフのピークが少し前に行くああいうシルエットになっていました。実は当初はもっと違っていて、私も当時、横で見ていたのですが、デザイナーからすると“どうやってカッコよくすればいいのだ!?”というパッケージでした。
島崎:デザイナーのお立場からすると、カッコよくできる要素がないくらいのご苦労されたパッケージだったと?
藤原さん:もっとウィンドウが立っていて、ルーフのピークももっと前に行くような。そもそもプリウスは2人乗りではなく5人乗りであり後ろにも人が乗れなければならない。しかしルーフのピークからある角度でなだらかに下ろしていくのが空力には有効ということもあり、後ろの人の頭の位置を考えて、そこから前に向かって駆け上がる形を作ると、せっかくの低重心のプラットフォームながら、結果的にドライバー席の上に必要以上の空間のあるキャビンが載ってしまった。
先代がフロントとリアにあれだけ過度に個性を持たせた理由
島崎:Cd値を達成することが最優先であのシルエットになった?
藤原さん:数値目標を達成するのが必須だったのが先代でした。
島崎:それで空力的に生々しいデザインになったということですか?
藤原さん:というより、デザイナーがデザインをする余地がほとんどない塊、シルエットだったということでした。それとボディサイドもキャラクターラインで深い絞りが入っていましたが、基本的に前後のタイヤの間は真っすぐであまり立体感がつけられなかった。これは僕の想像ですが、その反動でフロントとリアにあれだけ過度に個性を持たせたのではなかったかなという感じがします。
島崎:我が家の前の家にも一時期先代プリウスがあって、クルマが帰ってくるたびに、窓からテールランプのあの独特のグラフィックが光っているのが見えました。村上春樹流にいうと「やれやれ」と思いました。
藤原さん:あれは思いのほか評判がよろしくなかったですね。僕はそれほどとは思いませんでした。むしろ爬虫類の顔のようなフロントのほうが……。
島崎:想像逞しいご見解ですね。
藤原さん:デザイナーというのは同じことはやりたくないものですから、新しいモチーフを探す中でああいうデザインでチャレンジをしていたのだ……と思います。
島崎:トヨタ車として商品化された以上、世の中にたくさん出回る訳ですから、街の風景の一端を担う責任もありますよね。
藤原さん:あの頃は個性を尊重する風土だったかもしれませんね。
ただ戻しただけではなく“一目惚れするデザイン”をテーマに
島崎:遡ると2代目、3代目はキレイなモノフォルムのシルエットが素直によかったですよね。
藤原さん:ええ、ですので今回の新型プリウスでは、それらの代に1回戻したつもりです。あの頃のシルエットがプリウスらしい、プリウスというとああいうスムースなボディシルエットが最大の特徴なのかなと。よりピュアにワンフォルムにすることは、今回の新型で最初に考えたことでした。
島崎:おお、いいですね。
藤原さん:当初はルーフをここまで低くする計画ではなかったのですが、デザイナーの描いたスケッチがスムースだったので「これを作るんだ!」とパッケージまで変えました。
島崎:そもそもフロントスクリーンの傾斜など、月並みですがランボルギーニ並みというか。
藤原さん:先々代よりも寝ています。もちろんスーパーカーを作るつもりはなく、純粋にプリウスのアイコンは何だろう?と考えた時に、ワンフォルムなんだろうなと。でもただ戻しただけではなく“一目惚れするデザイン”をテーマにし、魅力的な特徴がまず目に飛び込んでくるように際立たせました。
島崎:別にお世辞ではなく、見た瞬間に1台欲しい、乗りたいと思いました。僕はアルファ ロメオなど、姿カタチのいいスカしたデザインの4ドアには目がないほうですが、その基準にも問題なく合致しています。
藤原さん:それは嬉しい。狙いどおりのお話です(笑)。僕は密かにヨーロピアンな洒落たクルマに乗っていらっしゃる方が今回のプリウスに乗り換えてくださるような、そういう魅力的な個性、美しさを作りたかったんです。
島崎:それと実車を目の前で拝見すると、フロントフェンダーのボリューム感だとか、リア回りもよくよく見ると深くて非常に凝ったプレスで作られているのですね。一見シンプルでプレーンですが、余分なキャラクターラインや加飾を付加しないで、素のカタチで深みや味を出しているデザインなのだなあと感じます。
藤原さん:そうなんです。Cd値だけを目標にしていると、ボディサイドにあれだけの抑揚を付けたデザインにはできなかった。単純にフラットな面の造形しかできなかった。今回は先代に対しCd値は向上していないのですが、低いことで前面投影面積が抑えられ、タイヤも細くしているので、燃費には悪影響は ない、そういうストーリーでやりました。
ちゃんと見たいところが見えるボディ設計
島崎:今は自分ではチンクェチェントに乗っていますが、できることなら乗り換えたいくらいで。
藤原さん:嬉しいお話ですが、取り回しはやはりチンクェチェントのほうがいいのではないですか??
島崎:そこなんですけど、新型プリウスはAピラーがこれだけ寝ていて、普通に考えると取り回しが心配でしたが、実際に乗ってみるとむしろ従来型よりも違和感がなくて、サッと乗ってサッと扱えますね。
藤原さん:そうですね。それはボディ設計の話がありまして……。
庭田さん:仰るとおりAピラーが傾斜すると視界に影響を及ぼします。そこでいろいろな工夫をし高強度材を使い断面を細くした物理的な構造を取るアプローチをしています。
藤原さん:ドアミラーの位置も視界の邪魔にならないように微妙に後方にずらして、ちゃんと見たいところが見える配置に変えています。それと内張りについても……。
守屋さん:黒と白の2トーンにすることで視界を広く見せる効果を狙っています。
島崎:Aピラーの内張りというと、スポーツカーでは黒、ラグジュアリーカーなどでは白だったりしますがどちらがいいのでしょう?
藤原さん:実は量産車の2トーンではなく全面黒というのも試しました。黒いほうが視界の中に映らず圧迫感がないのでは?と思いまして。が、実は逆で、明るいほうがよかった。たぶん昼間だとすると外の景色が明るいところで黒い影のようなピラーがあるとそこが本当に見えないという錯覚を起こします。そこでピラーが寝ているので視界のこともありそこはセンシティブに考えて、あえて明るくし、フロントウインド シールドへの映り込みを防ぐために端は黒くし、かつ細く見せるように2トーンにしました。
“あれ、人が乗れるのかな!?”と思っても意外に乗れる
島崎:なるほどそうですか。プリウスというと年配のユーザーの方も多いと思いますが、今までよりも扱いやすいと感じられそうですね。それとね、Aピラーが寝ていてルーフも低そうだったので、大勢の開発エンジニアの方がいらっしゃる目の前で最初に試乗車に乗り込む際に、とにかく頭をぶつけるような失態だけはやらかさないようにしよう……と内心、心がけていたのですが、まったく心配無用でした。
藤原さん:あはは。そこは何度も試作車を作り、僕らもコンピュータの中だけではなく実車で、いろいろな身長の人に乗ってもらうなどして検証しました。人って、意外とそこに物があると自然に避けますし。
島崎:ある時ウチの家内がウォーキングをすると言い始めたので夜道を一緒に歩いたことがあったのですが、とある路地の角で予想外の低い位置にカーブミラーがあり、そこに家内がオデコをガーン!とぶつけたことがありました。とっさに「カーブミラーは大丈夫か」と心配してひどく怒られましたけど。
藤原さん/守屋さん/庭田さん:はははは、それは怒られますね(笑)。
島崎:新型プリウスの乗降性は家内にも試させたいですが、間違いなく想像するよりも前席、後席ともに乗り降りは問題なしですね。
藤原さん:そこは見た目どおりではかえって感動がないので、“あれ、人が乗れるのかな!?”と思っても意外に乗れるし、室内も意外に広い……そう思っていただけると、より新型プリウスの魅力に繋がるのかなあと思っています。
基本的に日本のデザイン事務所で開発した
島崎:インテリアですが、シフトのセレクターが水平のコンソールに設置されているせいか、非常に扱いやすいですね。一方でインパネ中央にピアノキー式の物理スイッチが並んでいてそれも操作しやすいのですが、その直上にあるシートヒーターの切り換えボタンが、立った面で最初はインジケーターランプだけかと思ったのですが、実はそれ自体がプッシュボタンも兼ねているというところ、少し惑わされました。それとセンターコンソールの走行モード切り換えのスイッチも手元で使うカメラのスイッチのようで少し小さ目かな、と。物理スイッチになっているところはとても嬉しいのですが……。
藤原さん:そうですか。スイッチは多くてデザイナーはキレイにシンプルにわかりやすく配置したいと思っています。ですが、場所取り合戦で、今回は「おくだけ充電」などもありますので、Cセグメントのクルマではこのぐらいになっている……というところかもしれません。
広報部:あの、そろそろお時間なので……。
島崎:あ、すみません。ではあとひとつだけ、今回のデザインは、ED2(スクエア)、CALTYなど、海外の拠点やデザイナーの方も入っていたのですか?
藤原さん:いろいろ混ざっていますが、ED2やCALTYではありません。日本のチームで、1人だけ外国人がいまして彼が最初のきっかけになるスケッチを描きましたが、そこから先は基本的に日本のデザイン事務所で開発したものです。
島崎:そうでしたか。洋風の匂いをちょこっと感じたものですから……。ありがとうございました。
(写真:島崎七生人、トヨタ)
※記事の内容は2023年2月時点の情報で制作しています。
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みんなのコメント
100人いたら100人にかっこいいと思わせるのは間違い無く不可能
車の形でも好き嫌いが分かれるのだから仕方ないと思うが、直線のデザインの中に急に出てくる曲線とか下から斜めに上がるラインから急に尻すぼみになる感じとか微妙じゃない?