2021年4月、ホンダは、2040年までにすべての四輪車をEV(電気自動車)とFCV(燃料電池車)にする計画を発表した。つまり、19年後にはハイブリッドすら廃止し、ガソリンエンジンの生産から完全に撤退することになる。
ホンダと言えば、世界の自動車メーカーの中でも3本の指に入る“エンジン屋”といっても過言ではない。他の2社といえば「フェラーリ」とBMWの「M社」だろう。この3社は、高回転高出力型エンジンの開発において、他社を圧倒する技術と経験、そして情熱を持ってきた。
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そんな“エンジン屋のホンダ”がエンジンの生産をやめるというのだから、一つの時代の終わりを感じずにはいられない。
本稿では、これまでに13台のフェラーリを乗り継いできた筆者(清水草一)が、思い出深いホンダエンジンについて、あくまでもフェラーリとの比較目線から、独断で評価をしていく。
文/清水草一 写真/本田技研工業
【画像ギャラリー】ホンダの名エンジンをフェラーリ目線で評価する!
■最初のDOHC VTECエンジン(1989年)
1989年4月に登場した2代目インテグラは、自然吸気エンジンでリッターあたり100馬力を実現した新開発のDOHC VTECエンジンを搭載
■エンジンSPEC
搭載車種:インテグラ、シビック、CR-X
1.6L直4DOHC VTEC(B16A)
最高出力:160PS/7600rpm
最大トルク:15.5kgm/7000rpm
DOHC VTECの登場は衝撃的だった。可変バルブタイミング機構により、カムが切り替わるとサウンドも変わり、レッドゾーン寸前まで「カーン!」と回る。
一方、1989年当時のフェラーリは、まだテスタロッサと328がメイン。日本仕様(と北米仕様)はともに排ガス対策に苦しみ、高回転域では苦しげで、VTECと比較するなど思いも寄らなかった。F1でも快進撃を続けていたホンダは、VTECの登場により、市販エンジンの世界でも、エンジン屋としての名声をより確かなものにした。
VTECの登場とほぼ同時期、初めてフェラーリを体験した私は、VTECを「新世代のレーシングテクノロジーの結晶」、テスタロッサの水平対向12気筒を「究極の退廃」と感じた。それは昇りゆく太陽と沈みゆく月だった。ただ私は、その沈みゆく月のデカダンスに何百倍も衝撃を受け、生涯をささげることにしたのですが……。
■初代NSXのエンジン(1990年)
オールアルミモノコックボディのミッドシップスポーツとして1990年にデビュー。軽量かつ高性能で世界のスーパーカーメーカーに衝撃を与えた
■エンジンSPEC
搭載車種:NSX
3L V6 DOHC VTEC(C30A)
最高出力:280PS/7300pm
最大トルク:30.0kgm/5400rpm
日本初のスーパーカーとして、日本中にすさまじい熱狂をもたらしたNSXだったが、そのエンジンは1.6LのVTECに比べると逆に刺激がなく、高回転域でも「ただ回るだけ」に感じた。
シビッククラスのホットハッチならいざ知らず、それをそのままスーパーカーの世界に持ってきても、まるで物足りなかったのだ。スーパーカーはもっと毒がなくてはダメ。NSXのエンジンは、あまりにも健康優良児過ぎた。
その思いは、同年代に登場したフェラーリ348のV8エンジンを知って確信に変わった。これぞ毒にまみれた本物のスーパーカーエンジン。総合性能ではNSXが上でも、エンジンの魔力に関しては、フェラーリの足元にも及んでいなかった。
次代のF355の登場で、その差はさらに開いた。また、歴代NSXタイプRは、完全に性能だけを突き詰めていて、サウンドも回転フィールもギスギスしていて、官能性をまったく感じなかった。
■アスコット/ラファーガの直列5気筒エンジン(1993年)
アコードから派生した4ドアサルーンで、1993年にモデルチェンジして2代目に。販売店の異なる兄弟車のラファーガもラインナップされた
■エンジンSPEC
搭載車種:アスコット/ラファーガ
直5 2L SOHC 4バブル
最高出力:160PS/6700rpm
最大トルク:19.0kgm/4000rpm
DOHCでもVTECでもないが、この直列5気筒エンジンは絶品だった。とにかく回した時のフィールが素晴らしく気持ちいい。パワーはそれほどでもないけれど、しっとりとした色気に満ちていた。
それを5速MTで味わえる2Lバージョンは、フェラーリV8を積んだランチア・テーマ8.32のミニ版のような快楽セダンだった。エンジンの官能性は、ただ高回転・高出力を追求すればいいというものではないことを痛感させられた。
■初代インテグラタイプR 究極のホンダVTECエンジン(1995年)
3代目モデルとなったインテグラに、1995年に追加された「タイプR」。3ドアクーペと4ドアハードトップ両ボディタイプに設定された
■エンジンSPEC
搭載車種:初代インテグラタイプR
1.8L直4 DOHC VTEC(B18C)
最高出力:200PS/8000rpm
最大トルク:19.0kgm/6200rpm
世に名高く、「究極のホンダVTEC」と言われるが、NSXタイプR同様、性能を追い求めるあまりその他の要素を捨てていて、フィーリングがギスギスしていた。正直、これを気持ちいいという人の気持ちがわからなかった。
■アコード/トルネオ ユーロRのエンジン(2000年)
1997年から販売されていた6代目アコードに追加されたスポーツパフォーマンスバージョンが「ユーロR」。兄弟車のトルネオにも設定
■エンジンSPEC
搭載車種:アコード/トルネオ ユーロR
直4 2.2LDOHC VTEC
最高出力:220PS/7200rpm
最大トルク:22.5kgm/6700rpm
絶対性能よりも、セダンとしての扱いやすさとスポーツ性の両立を狙ってチューニングされたエンジンで、これが実に気持ちよかった。当時、私は自動車雑誌の記事などで、「フェラーリいらずの1台」として、このクルマを挙げている。
ホンダエンジンは、多少余裕を持たせたチューニングのほうが気持ちいいという法則が見えた。
■2代目インテグラタイプRのVTECとN1仕様エンジン(2001年)
■エンジンSPEC
搭載車種:2代目インテグラタイプR
2L直4 DOHC VTEC(K20A)
最高出力:220PS/8000rpm
最大トルク:21.0kgm/7000rpm
排気量を上げ、初代のような尖った感覚がなくなったと言われたが、私は逆にこちらのほうが初代よりもはるかに気持ちよく回って好きだった。初代インテRほど性能オンリーで突き詰めていない余裕のようなものが、官能性につながっている。
2代目インテRのN1仕様エンジンは、さらにケタ外れの気持ちよさ。「これぞ4気筒のフェラーリエンジン!」と叫びたくなった。フェラーリとホンダは基本的に同じ高みを目指してきたのだと納得した。
その後は長年、これを上回るようなホンダの快感エンジンは登場しなかった。もう世の中もホンダも高回転高出力どころではなく、ハイブリッドによる低燃費にシフトしていったのだ。しかし、最後に奇跡的なエンジンが登場した。
■現行型レジェンドのV6自然吸気エンジン(2015年)
2015年に発売された5代目となるフラッグシップサルーン。2018年のマイナーチェンジではエクステリアデザインを大幅に変更した
■エンジンSPEC
搭載車種:現行型レジェンド
V6 3.5L直噴i-VTEC
最高出力:314PS/6500rpm
最大トルク:37.8kgm/4700rpm
2021年いっぱいでの生産終了が発表されたが、このV6エンジンの快楽性は凄い。日本ではハイブリッドモデルしか販売されていないので、私もそれしか乗っていないが、モーターの存在など忘れさせる気持ちよさだ。
基本的には2代目NSX用V6エンジン(ツインターボ)の自然吸気版だが、今どき大排気量自然吸気というだけで貴重。このしっとりと色気に満ちた回転フィールは、ホンダ最後の超快感エンジンではないか?
「ホンダエンジンはディチューン版のほうが気持ちいい」という法則通り(?)、NSXのエンジンよりも快楽性は上だ。デザインがイマイチ、ブランド性も低空飛行で、全世界で目を覆うばかりの大不振に終わったラスト・レジェンドだが、それは文字通り、ホンダエンジン最後の伝説となった。
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