フェラーリ275 GTB/4を堪能する準備運動
シルバーのフェラーリ275 GTB/4を、50kmほど走らせた。前期のシングルカム仕様を、大きく引き離して。追走するコンバーチブルの275 GTSは、グレートブリテン島南西部、コッツウォルズ地方の空気を盛大な排気音で震わせている。
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発進する前に、ある程度の距離を助走させない限り本来のパフォーマンスは発揮できないと、この車両のオーナーから伺っていた。確かに、ドライバーの正面にある油温計は、ようやく適正温度へ近づいたことを教えている。
適度に緩くなったエンジンオイルが、275 GTB/4の3.3L V型12気筒エンジンを軽やかに回す。アクセルペダルの角度へ、敏感に反応し始める。6基並んだツインチョーク・ウェーバーキャブレターが、本調子でガソリンを噴霧し出す。
リアアクスル側に置かれた、トランスミッションの内部も温まったらしい。シフトレバーが、滑らかにオープンゲートのスロットへ吸い込まれる。カチカチと、金属音を鳴らして。理想的な状態にある275 GTB/4を堪能するための、準備運動が済んだようだ。
独立懸架式リアサスにトランスアクスル
後に275 GTB/4へ進化する、シングルカム・エンジンを積んだ275 GTBの発表は、1964年のフランス・パリ・モーターショー。250 GTルッソの後継として誕生し、以降のフェラーリのロードカーへ採用される新技術が盛り込まれていた。
その核といえたのが、独立懸架式のリア・サスペンション。それまではリーフスプリングとリジットアクスルの組み合わせだったが、コイルスプリングと不等長ウイッシュボーンによる構成へ一新。コニ社製ダンパーも採用された。
加えて、5速マニュアルのトランスミッションは、レーシングカーの250 テスタロッサと同様にリアアクスル側へレイアウト。前後の重量配分は、適正化されていた。
エンジンは250シリーズ譲りとなる、バンク角12度のオールアルミ製V型12気筒。技術者のジョアッキーノ・コロンボ氏が設計した、シングルカムの従来的なユニットだが、排気量は2953ccから3286ccへ拡大された。
これにより、1気筒あたりの排気量は273.81ccに。末尾が繰り上げられ、275というモデル名に至った。
最高出力は284ps/7600rpmで、250から40ps増強。殆どの量産車が160km/h以上の速さで走れない時代に、257km/hの最高速度が主張された。
ただし、275 GTBのずんぐりとしたスタイリングは、ファンの期待へ応えられなかった。半世紀以上の時間が過ぎ、過小評価されていた作品のように、今ではエレガントさを醸し出しているように思う。自身の心で、何度かかみくだく必要はあるけれど。
250 GTOへ通じる特長を持つベルリネッタの姿
カロッツエリアのピニンファリーナ社に在籍していたデザイナー、フランチェスコ・サラモーネ氏が描いたボディは、確かにひと癖あるだろう。フェンダーラインが、不自然に高く見える。
だが、長いボンネットや後ろ寄りのキャビン、ストンと切り落とされたようなカムテールなど、250 GTOへ通じる特長を有する。フロントグリルは細長い楕円形で、両脇にスリムなバンパーバーが付く。リアピラーには、3本のエアベントが切られている。
ボンネットとドア、トランクリッドには、軽量なアルミが用いられている。ホイールベースは、250 GTOと同じ2400mm。スチール製ラダーフレーム・シャシーは、新しい独立懸架式サスペンションとトランスアクスルに対応する。
ただし、今回ご登場願ったブラックの275 GTBは、フロント部分が延長されたフェイスリフト後のロングノーズ仕様。製造は1965年だが、1971年までナンバー登録はされなかったらしい。
リアガラスが大きくなり、トランクリッドのヒンジが外へ出され、荷室容量が広げられている。この例の場合、ボディはすべてアルミ製で、12台のみ作られたサーキット用の275 GTB/Cと共通している。
3基ではなく6基のウェーバー・キャブレターは、当時のオプション。最高出力324psが主張された、275 GTBでは最もパワフルなロードカーの1台となる。そんな動力性能を、14インチの小さなアルミホイールは感じさせないかもしれない。
自動車エンジン界のベスト・ボーカリスト
ふくよかに膨らんだリアフェンダーのラインを眺めつつ、ベルリネッタ・ボディのドアを開く。使い込まれたクロス張りのバケットシートへ身を委ねると、単に優雅なフェラーリではないことがわかる。
前方には、ウッドリムのナルディ社製ステアリングホイール。着座位置は今回の3台では最も低く、運転姿勢は自然。速度と回転の大きなメーターが、補機メーターを挟んで正面に揃い、ダッシュボードの中央側にも4枚が並ぶ。
シガーライターとヒータースイッチ以外、目立ったアイテムはない。シートの後方には、レザーストラップ付きの荷室が用意されている。
「A」が記されたスイッチを押し、キャブレターへガソリンを送る。キーをひねると、スターターモーターが甲高く唸って、数秒後に8本前後のシリンダーが先に目覚める。その直後、安定したアイドリングが始まる。
油温が低い状態では、加速は少し重苦しい。とはいえ、パワーアシストの付かないステアリングは、軽く回せ反応が正確。ストロークの長いアクセルペダルを傾けると、心地良い排気音が放たれる。
筆者は過去に275 GTB/4を運転した経験があるが、コロンボ・ユニットのドラマチックな音響は共通するようだ。低速域では低く唸り、5000rpmを過ぎた辺りから、ゾクゾクするような咆哮へ転じていく。自動車エンジン界の、ベスト・ボーカリストだろう。
この続きは、フェラーリ275 GTB/GTS(2)にて。
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