この記事をまとめると
■現行型500eや600e以前にもフィアットではEVをラインアップしていたことがあった
巨匠ジウジアーロが「最高傑作」と自画自賛! 500に比べて影薄だけどフィアット「パンダ」は偉大なり!!
■フィアットEVの源流をたどると1970年代に発表されたフィアットX1/23に行き着く
■フィアットX1/23はトリノにあるヘリテイジHUBに綺麗な状態で保管・展示されている
いまや大メーカーは電動化車両に予算も技術も人員も全フリ
欧州委員会が2022年に「2035年以降の内燃機関車の販売禁止」というちょっと考れば誰にだって無理なのがわかることをいい出してから世界中の自動車メーカーが翻弄されて、ヨーロッパの自動車メーカーは一気に電動化へと舵を切った。
クルマの開発にまつわるリソース、つまり予算も技術も人員も、電動化車両に(ほぼ)全フリだ。内燃エンジンのクルマの生産をやめちゃう宣言をするメーカーも現れたし、そうでなくても発表される新型車に内燃エンジンのみというモデルはほとんどなくなった。
2023年の春にドイツの提案を受けるかたちでe-FUELという代替燃料ならカーボンニュートラルを達成できるからOKみたいな方向で2035年以降の内燃機関車の販売が認められることにはなったけれど、いや、だからって大きく強く動き出しちゃった流れを再転換させるのは難しいし、何より“CO2=人類の敵”が前提で自動車からの排出量が最大の問題とされる以上、バッテリーEVを中心に据えた自動車の電動化の波を止めることはできないだろう。
でもまぁバッテリーEVはバッテリーEVで楽しいし、最近のモデルは航続距離とかもだいぶ実用的になってきてるよなぁ……。
いや、どうしてそんなことを考えちゃったのかというと、試乗用としてしばらく預かっているフィアット600eが、日常を共にしていてかなり楽しい気分になれるクルマだし、バッテリーEVとしても自動車としてもなかなかの出来ばえを見せてくれてるからだ。
アバルト500eも破天荒なぐらい刺激が強烈で僕は大好きだし、それもベースとなったフィアット500eの出来ばえのよさと楽しさの素養があったからこそだと感じてはいるけど、ステランティスのグループとしてのメリットを活かして開発された世代の新しい600eは、頭の高さがひとつ上だな、と思う。
そこで、ふと思った。そういえば、フィアットが初めて手がけたバッテリーEVって何だったっけ? と、たしか四角いスタイルのフィアット・チンクエチェントを除けば、3代目に数えられるフィアット500にも、2013年にアメリカ限定で少数だけどバッテリーEVが発売されたことがあった。
2019年には何だかパンダっぽいチェントヴェンティっていうコンセプトカーも発表してたし、パンダといえば初代をベースに14kWhのモーターを積んで1990年に一般販売したけど高価すぎたり充電に時間がかかりすぎたりして地方自治体以外にはさっぱり売れなかった、パンダ・エレットラっていうヤツもあったな。
いや、調べはじめたら出てくる出てくるたくさん出てくる。でも、もっと古くからバッテリーEVを実験的にやってたような……。
1974年にEVパワートレインを搭載したフィアットX1/23を発表
うん。やってた。やってたのだ。フィアット初の市販電動シティカーとなったパンダ・エレットラの技術的な下敷きになったというか、このクルマであれこれ実験したり関連企業とのネットワークができたからパンダ・エレットラが生まれたというか、そういう存在があったのである。
それがこのフィアットX1/23というモデルだ。パッと見めちゃめちゃユニークなカタチをしてるから単なるデザインスタディかと勘違いされがちだけど、これは立派な未来を見据えた実験車であり、1972年に小さなシティカーのコンセプトモデルとして、1974年にはバッテリーEVのパワートレインを搭載して、公式的に披露されたクルマだった。
なぜその時代のこのクルマが生まれたのか。それもバッテリーEVとして。
背景にあったのは、1960年代頃から問題になっていた環境汚染だったようだ。クリーンな小型モビリティを、とりわけ都市部を中心とする大気汚染を解決していくための有効な手段と考えたわけだ。
1972年に「シティカーのためのフォルムスタディ」として発表されたコンセプトモデルが2年後にバッテリーEVとしてあらためて披露されたのには、1973年に中東戦争の影響で巻き起こった石油危機の影響も少なからずあったはずだ。同じ時期、こうしたバッテリーEVの都市型スモールモビリティのコンセプトは、じつは日本を含むいくつかの国が手がけていた。何だか脳天気に明るく快楽主義的なイメージで語られがちなイタリアだけど、まぁたしかにそうした一面はあるにせよ、根っ子の部分はとてもマジメで保守的だったりもする。他国にまったく遅れることなく自発的に環境問題と戦っていたのも、当然といえば当然なのだ。
そして、イタリアの底力のひとつをまざまざと見せつけられたような気もちになるのは、そう、この奇妙奇天烈だけど身を惹きつけられてしまうスタイリングデザインだ。ルーフの頂点がおにぎりのように盛り上がった寸詰まりのスタイリングは、ほかでは見たことのない独特なシルエットを見せる。それでいてどの角度から見ても何だかかわいらしく感じられるのは、とてもフィアットらしいところだと思う。これは当時チェントロスティーレのトップだった、ジャンパオロ・ボアーノが中心になって取りまとめたものだ。
全長2642mm、全幅1340mm、全高1510mmという日本の軽自動車よりも小さく、“小さくてかわいい”と世界中で賞賛される同じフィアットのヌォーヴァ500よりも全長が328mm短く、全幅が20mm広く、全高が190mm高いというサイズ。そのディメンションからも──いや、カタチを見ただけでも──おわかりだろうけど、当然ながら2シーターだ。
車体のわりには大きな前後のバンパー、ノーズやドアの黒いゴム製衝撃吸収パッドは、北米から広がりはじめた安全問題を念頭においてのものだが、巧みにデザインに取り込まれていて不自然な感じがまったくない。ガラス面が広いわりに開閉できるのがリヤのデフレクターだけだったことから、当時としては珍しくエアコンが備え付けられていた。
肝心のパワートレインは、フロントにモーターを、リヤにバッテリーを配置する前輪駆動車で、モーターの最高出力は13馬力。回生ブレーキシステムを備えていて、最高速度はおよそ70km/hに達したといわれている。
バッテリーはヤードニー社製のニッケル亜鉛式で、それまでの鉛バッテリーではエネルギー密度が35Wh/kg程度であったのに対し70~90Whに達していて、X1/23に70kmの航続距離を与えることに成功していた。
……航続距離が短い? いや、たしかにそう感じられるかもしれない。けれど、当時のエレクトロニクス技術は現在とはまったく違っていて、たとえばラジオの世界ではようやくトランジスタがそれまでの真空管をほぼ駆逐し終わったくらいの時代。集積回路も軍事の分野や医療の分野でテストが終わり、それぞれの分野でこれから実装されたものが日常的に使われていくか、というようなタイミングだ。バッテリーに関する技術もほとんど黎明期といっていいくらいの時代である。当時としては、X1/23の航続距離はかなり優れた数値だったのだ。
そして、この時代にフィアットの研究所がバッテリーのメーカーなどと緊密な関係を築き上げ、研究を押し進めてきたことが、その後のフィアットの歴史を大きく左右することになった。まずはX1/23による実験などで培ったアイディアや技術を基にして開発した大手メーカー初の量産バッテリーEV、“パンダ・エレトラ”が1990年に市販される。もちろん数が売れるものでもなかったが、市販バッテリーEVは、その後、1992年に“チンクエチェント・エレトラ”、1998年には“セイチェント・エレトラ”と続く。
研究開発もさらに進み、コンセプトカーの分野でも1993年にホイールハブに2基のモーターをもたせた“ダウンタウン”、1995年にIT技術を導入した“ZIC”、2008年にはリチウムイオンバッテリーを搭載した“フィラ”と流れは続いていく。そして2010年に北米市場で3代目フィアット500を電動化した“500e”を発売。それは、いうなれば4代目フィアット500というべき現在の“500e”や“アバルト500e”の序章といえるものだった。
あらためてフィアットのバッテリーEVの歴史を紐解いてみて、パンダ・エレトラやダウンタウンなどもなかなかおもしろいと思ったのだけど、まぁそれはまた別の話だ。ともあれ、現在の600eへと続いてきたフィアット製バッテリーEVの源流といえるX1/23は、トリノにあるヘリテイジHUBに綺麗な状態で保管され、展示されている。少なくともこれからしばらくはバッテリーEVが、この先の歴史を紡いでいくわけだ。
イタリアへ渡航するときにはぜひともヘリテイジHUBを訪ねて、このユニークな姿の歴史的な存在をじっくり眺めてみることをオススメする。不思議と何だかニンマリしちゃうはずだから。
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