2019年11月中旬、マツダから「生産技術見学会」という案内があり、広島の本社へ取材に出かけてきた。そこではこれまでのマツダの生産技術における取り組みについて語られ、そして現場も見学することができた。なかなか見る機会のない生産現場を知る貴重な機会であり、そこで得た情報をお伝えしよう。
マツダのモノづくり
現在のマツダはグローバルで年間156万台を生産している。トヨタのRAV4は1車種で100万台を販売するスケール。それほど企業規模は異なり、全世界のクルマのうちマツダ車の占める割合は2%に過ぎない。マツダ自身もスモールプレイヤーであると発言しているが、そのマツダが、この先の生き残りをかけていくには、ブランドの独自性と強さが大事であると位置付け、走る歓びを伝えていくことをコーポレートビジョンにしている。
そして土台となる考え方はE=V/C。Eはビジネス効率、Vは価値、Cはコスト。またVは機能、Cは物理量という考え方を開発部門も生産部門も浸透させ、同じ考え方のもとでのモノづくりを始めている。つまり全体最適の実現のために、この考え方を土台としたわけだ。
その共通認識の下、はじまったのが「一括企画」と言われるモノづくりだ。商品企画の見直しや生産性を考慮した商品、工場稼働率をあげるフレキシブル生産といった分野で共通認識を持ち一括企画が始まった。そして、マツダ自らブレークスルーしたと説明するのが、従来、生産領域が共通構造で、開発がフレキシブル生産を要求していたものだが、その流れが逆になったことだという。
開発が共通構造で、生産がフレキシブルに対応するという枠組み。構造と工程を同時に考えていくことで、車種ごとに考えていくことから脱却したことだというのだ。その結果がコモンアーキテクチャーという言葉で伝えられているものだ。スカイアクティブエンジンとかシャシーとかだ。
車格や排気量の領域を超え、各ユニットの理想を追求した基本コンセプトを作り、相似系の設計とすることで、CAE解析の容易さ、ボリューム効率、フレキシブル性を同時に高めることができた。だから、製品化されたマツダ車は似たような顔をもち、似たようなダイナミック性能であり、大きさこそ違うものの、相似系なのだ。もっともこの手法は欧州プレミアムモデルの常套手段で、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ、ジャガーなど見渡すとどれも相似形だ。
革新はフォードのおかげ?!
マツダは製造・生産業のセオリーとして数を追うビジネスに走った時代があった。しかし、大手のカーメーカーのようにはいかず経営不振に陥り、フォード傘下となった時代があった。その時代に、フォードからブランドを見直す提案があり、クルマづくりを見直すきっかけとなったという。そして後にZoom-Zoomを策定した経緯がある。
ブランドの見直しを機に、クルマづくりの手段も革新の必要が生まれ、開発と生産を含めたモノづくり革新が始まったのだ。そこでマツダはクルマのベース技術に拘ったという。また魂動というデザインテーマを決め、メッセージ性、一貫性、継続性のあるクルマづくりをスタートさせた。
余談になるが、Gベクタリングコントロールが誕生したとき、当サイトでは、この技術は全てのクルマのベース技術になる技術だと伝えていたことを思い出した。
※関連記事:マツダがまたやった! 進化するスカイアクティブ G-ベクタリング搭載
話を戻すと、工場で働く従業員に、この経営陣が考えていることを理解しもらうことも重要だったという。そこでは経営サイドは100-1=0であると伝えた。マツダにとっては100台の中の1台でしかないが、ユーザーにとってはその1台が100%であること。だから100-1はゼロであると。
だから作りやすいモノづくりから価値のあるモノづくりへと変わり、価値創造に貢献できるモノづくりを目指し、開発部門と生産部門が共同でプロジェクトを進めていくようにできたという。
Car as Artが魂動の真髄
エクステリアデザインの領域では、生産性の高さと高い価値の提供という商品でなければだめで、保有価値を高めるためにはストーリーも必要だと考え始めた。それがマス・クラフトマンシップであるとした。つまり、匠の技術を量産化することだ。
その一例として、髪の毛の1/3、つまり0.03mmの違いでキャラクターラインは違って見える、だからこそ、正確な金型が必要であり、その精度をプレス工程でも発揮できる金型が必要なのだと。それが完成できれば、芸術が量産できるのだと説明している。
魂動デザインは生命感を形にする究極のモーションフォルムという位置付けにされており、マツダが言うところのデザイン・コンセプトをオブジェ化した「チーターオブジェ」が御神体である。ここまでくると、もはや宗教じみてくるが、企業全体がその考えに傾倒しモノづくりに突き進んでいるのが今のマツダだ。
御神体 チーターオブジェ
生産部門としては、この御神体を作り込むことができれば、デザイン部門からのどんな要求にも応えることができるはずだと考え、御神体活動に着手したという。つまり、プレスラインや曲面を表現する土台となる金型成型技術を磨くことで、製品になったときも、そのプレスライン、曲面はデザイン時を再現できるようになるということだ。
そこで開発されたのが、「魂動削り」「魂動磨き」「魂動砥石」だ。マツダはプレス成型技術を「魂動奥義」と位置付けている。
魂を動かし、生命感を表現しているのが魂動デザインで、その再現にはこうした生産部門の取り組みがあったわけだ。そこには、5ミクロンの精度で砥石をつくり、人の手による、つまり職人により、光の映り込みをコントロールする高品位加工技術で削られ、磨き挙げられていくのだ。また、工作機械でも従来の走査線切削という技法では、研磨機が形状の凸凹を横切るために、切削負荷の変動が大きく、加工精度のばらつきが大きかったという。
そうした切削機も面沿い加工を採用し、位置精度を向上させたことにより、ばらつきは79%削減でき、かつ高速で送り出す速度も1.4倍に上がったという。さらに評価曲線も以前は15ミクロンであったものが5ミクロンの単位で評価できる品質へと高品位化できたと説明する。
感性を数値化する
とてもマツダらしいと感じるのが、モデルベース開発(MBD)を駆使した車両開発があるが、今回の生産部門でも驚かされたのは、感性の数値化だ。人が感じるものを数値化して再現していく技法でMBDを使いこなすマツダらしさだと思った。
※関連記事:自動車開発のMBD=モデルベース開発って何?
デザイン上とても重要なボディカラーがあるが、そのカラー表現においてマツダの「ソウルレッド」は印象的だ。誰が見ても「綺麗」と口ずさむ赤だが、そのカラーデザイナーの感性を塗膜構造へと落とし込んでいるので、何度でも再現することができている。
暗黙知から形式知への変換を行ない、デザイン意図を数値化して光学特性へと落とし込む。その光学特性をベースに塗膜構造設計に反映するという手法なのだという。なんだか複雑怪奇な説明ではあるが、イメージは伝わる。
もう少し具体的に説明するとデザイナーが「宝石のように透明感がある」といえば、光の波長と透過率の関係をグラフにし、光学特性化をする。そのデータを元に、いくつものサンプルを作りデザイナーの感性を再現した製品になったのか?をサンプル製作で検証し、合致したデータをアルミ形状や着色顔料を制御した塗膜構造へ落とし込むという工程を経ている。もちろん、この塗膜構造ができれば量産化は可能になる。さらに言えば、このカラーデザイナーの感性を数値化することを繰り返すと、サンプルさえ作らずともイメージが合致したものが製造できるようになる。これがMBDを使いこなすマツダの技術力でもある。
そして塗布工程も数値化しており、もはや数値化することが楽しくなっているのではないか?とすら感じてくる。その塗布工程では、匠の塗布速度と量のパラメータを数値化し、これを塗布ロボットに反映する。さらに、塗布装置自体も新開発し匠塗装の機械量産化を実現しているのだ。
したがって、マツダに納品する塗料と全く同じものを入手しても「ソウルレッド」の再現は難しく、職人であれば再現することが可能かもしれないが、量産は不可能なはずだとマツダの開発者は自慢気に話す。
マツダのモノづくりの最後の工程、それは「評価」だ。「魂動プレス」はミクロレベルのこだわりを持って造形し、その造形を際立たせるカラーを量産化して完成している。そして完成したものを評価するために共通のものさしが必要になると考え、「ゼブラ灯」という統一光源を作り、プロセスごとに管理することで、デザインから工場まで一気通貫の検証を行なっているのだ。
イメージが変わったマツダブランド
マツダのイメージは大きく変わりつつある。もはやロータリーエンジンを作っていたことすら知らない世代が現れ、革新的変化は成功しているように映る。その変化はいつから始まり、何を変えてきたのか? 「スカイアクティブ」はひとつのキーになるが、生産技術の進化も大きく革新させた原動力のひとつであることもわかった。
そして全てのモノづくりの基盤になっているのが、「考え方」と「数値化」であると思う。そして製作工程ではモデルベース開発を駆使し、「精度の高いものの量産」を実現させたというのが今のマツダのクルマだと思う。
次回はより具体的に生産工程におけるマツダの技術をお伝えしよう。<レポート:高橋明/Akira Takahashi>
マツダ 関連情報
マツダ 公式サイト
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