戦後フランスを代表する超シンプルな大衆車
戦前から戦後にかけて、ヨーロッパ各国では、その国を代表するクルマが誕生しています。ドイツでは「フォルクスワーゲン・タイプ1」=「ビートル」が戦前の1938年に登場(当時の車名は「VW38・KdF」)していますし、イタリアでは同じく38年に「トポリーノ」(Toporino。伊語でハツカネズミの意)の愛称を持つ「フィアット500」が登場。翌39年にフランスでもシトロエン2CV(プロトタイプ)が生産されています。今回は「こうもり傘に4つの車輪」をコンセプトに、シンプルを極めたフランスの国民車・シトロエン2CVを振り返ります。
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目指したのは究極のミニマムトランスポーター
ダブルの山型ギア、いわゆる「ダブルシェブロン」で企業を興したアンドレ・シトロエンは、第一次大戦の戦時中に、砲弾生産にコンベアを利用した流れ作業を導入して財を成し、戦後は自動車産業に進出。そして1922年に発表した「5CV(タイプC)」で自動車の大衆化に貢献すると同時に、自動車メーカーとしての基礎を築くことになりました。しかし1934年に発表したシトロエン「7A」、いわゆる「トラクシオン・アバン」の開発と生産設備を一新するなど過大な設備投資が仇になり、経営破綻を引き起こしてミシュランに経営権が移ることになったのです。
2代目社長となったピエール・ミシュランは、以前からアンドレのよき理解者であり、7Aの生産は継続され、第二次世界大戦の後までシェブロンの屋台骨を支えることになりました。そんなピエール・ミシュラン社長の下で副社長に就いていたのが、「2CV」誕生のキーマンとなるピエール・ブーランジェでした。
彼が休暇で訪れたクレルモン・フェランで多くの人々が荷物の運搬を手押し車に頼っているのを見かけ、彼らのためにも、さらなるミニマムトランスポーターが必要だと痛感したのです。パリに戻るとブーランジェは技術者にこう発令しました。「こうもり傘に4つの車輪を付けたクルマをつくれ」と。これはつまり可能な限りシンプルで合理的なクルマ、ということになります。
さらにブーランジェは具体的に、4人の大人と50kgの荷物を載せ50km/hで快適に走行でき、100kmあたり5Lの燃料で走れること。さらに乗り心地と室内寸法を重視する彼らしく、「籠一杯の卵を載せてひとつとして割ることなく荒地を走破でき、私がシルクハットを被って乗り降りできること、そして価格はトラクシオン・アバン11の3分の1以下にする」との3項目を追加しています。
はたして現在、これらをカバーできるクルマがあるのか大いに興味のあるところですが、それはさておき、ブーランジェの「シルクハット・テスト」は、それまでもシトロエンの開発要件のひとつとなっていたようです。また「ネコ足」と称されるフランス車のソフトな乗り心地は、ここから発展していったのだと思えば納得できます。
「軽量コンパクトは永遠の正義」を追求
こうして始まった開発プロジェクトは、トラクシオン・アバンと同様にアンドレ・ルフェーブルがエンジニアとして力量を発揮することになります。当初は「TPV(Toute Petite Voiture/仏語でとても小さいクルマの意)」と呼ばれていましたが、ルフェーブルが徹底して追求したのは軽量化でした。軽量なクルマならば小排気量のエンジンでも充分なパフォーマンスが発揮できると同時に燃費でも有利になる。まさに現在にも通じる「軽量コンパクトは永遠の正義」の追求でした。
具体的にはエンジンは62mmφ×62mmとスクエアな375ccの水冷フラットツインで、ルフェーブルがお得意の前輪駆動システムが組み込まれていました。ただし2年後に完成したプロトタイプの1号車では、軽量化を追求するあまり、ボディはアルミでサスペンション・アームにはマグネシウムが採用されるなど、価格面では非現実的なものとなっていて、新設計のエンジンも間に合わずBMWの2輪用空冷フラットツインが搭載されていました。そして量販車の完成は戦後まで待たされることになるのです。
パリサロンで当惑のなか登場した2CV
シトロエンのニューモデル、TPVあらため2CVは終戦から3年経った、1948年の秋に開催されたパリサロンでお披露目されました。世界各国からジャーナリストを集め、時のフランス大統領、ジュール-ヴァンサン・オリオール閣下がアンベールすると、ベールの下から「みにくいアヒルの子」が登場。会場は一瞬白けてしまい、オリオール閣下も当惑の表情を浮かべた、と伝えられています。「みにくいアヒルの子」だったかは意見の分かれるところですが、当時のクルマたちとは異色の風貌だったことは否定できません。
しかし、375ccの空冷フラットツインの最高出力は9psにしかすぎませんでしたが、70km/hの最高速を可能にしていました。価格を抑えるためにボディはスチール製に置き換えられていましたが、キャンバストップを採用し、スチールパネルも波板形状で強度を確保して薄いパネルを使用するなど工夫が施されました。全長と全幅、全高がそれぞれ3780mm×1480mm×1600mmと、決して小さくはないサイズにもかかわらず車両重量は495kgに抑えているのには驚かされます。
ちなみに、コストを低減する一方で、エンジンはヘッドからクランクケースまですべてが軽合金製であり、プッシュロッドを使ったOHVながらロッカーアームを介してバルブがV字型に配置され燃焼室を半球型とするなど、必要に応じては贅を凝らす設計となっていました。要はメリハリを利かせたということでしょう。
サスペンションシステムもユニークでした。基本スタイルはフロントがリーディングアームで、リヤはトレーリングアームで、前後ともに太い1本のアームをコイルスプリングで吊る独立懸架でした。そして、左右それぞれの前後輪がサイドのドアシル下にマウントされた筒の中にあるスプリングによって繋がれた、前後関連懸架となっていました。そしてこれによりスプリングをよりソフトに設定でき、特有の「ネコ足」が誕生したのです。
やがて戦後のフランスを象徴する1台に
最初にデビューしたモデルから最終モデルとなったチャールストンが1990年に生産を終了するまで、40年を超えるモデルライフのなかで、総生産台数は海外生産分も含めて385万5649台と、シトロエン全モデルのなかでもトップの記録を残しています。そして最初の1台から最後の1台まで、基本的なシルエットとメカニズムは不変でした。
「みにくいアヒルの子」は結局、最後まで「みにくいアヒルの子」だったということですが、このフレーズは決して2CVをこき下ろす意味で使われることはありませんでした。少しユーモアを交えながらたっぷりの愛情を注ぐために使われたフレーズでした。
そう言えば、映画『007 ユア・アイズ・オンリー』では本来のボンドカーだったロータス・エスプリは早々に爆破されたのに、2CVはロジャー・ムーア扮するジェームズ・ボンドが美女を助手席に乗せ、追手のプジョー504とカーチェイスを演じたこともありました。それも皆に愛された2CVならばこそ。出会いは一度きり、短い試乗でしたが「ネコ足」の感覚は今も忘れられません。
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みんなのコメント
運転するところを本当に夢にまで見た自動車といえば、2CV と マツダのユーノスコスモ3ローター あとは、トヨタ2000GTですかね。
途中で止まることもしばしばでしたが、全く気にならないほどお気に入りでした。
クランク掛けを1度も体験せず手放したことが残念です。。