21世紀に入って間もなくの2001年春、1基の1000ccVツインエンジンが日本で公開された。造り手は国内4メーカーではなく、四輪チューナー、コンストラクターとして名高い無限(現M-TEC)だ。
それまでも、同社は主に国内二輪レースのフィールドでエンジンやシャシーのチューンを施し、数々の挑戦を行っていたものの、その「MRV1000」というエンジンは異例のトピックだった。レース用ではなく、しかも公道用ロードモデルエンジンの新規開発だったからだ。
無限なのに!?公道向けロードスター用エンジンを新規開発
【画像15点】「レースの無限MUGEN」が作った空冷OHV公道用エンジンを写真で解説!
無限を語るとき、必ず紹介の端緒となるのは、四輪レース用エンジンのコンストラクターとしての一面だ。1990年代にホンダから引き継ぐ形でF1用エンジンを開発・供給し(供給先はフットワーク、チームロータス、リジェなど)、優勝を含む活躍を遂げたのが印象深いが、さかのれば二輪レースとの縁も浅からぬものがあった。
1973年の創業以来、二輪、四輪のチューニングパーツの開発と販売を行っていたが、1976年から1992年までの全日本モトクロスにはホンダエンジンをベースにしたオリジナルモトクロッサーMEで参戦し、エンジンの水冷化、アルミフレーム採用など数々の新機軸を盛り込んだマシンを走らせてきたからだ。
ほかにも、1984、1985年の鈴鹿8時間耐久には、CBX750Fエンジンをオリジナルフレームに搭載したマシンで参戦している。
また、市販量産車の開発にも乗り出している。ホンダXR250エンジンをオリジナルフレームに搭載した、ダートトラックレーサーMFT250である。
しかし、同車はXR250以外のエンジン搭載にも対応し、排気量アップなどの拡張性にも配慮したオリジナルフレームが特徴。このMFT250によって、これまで公道用レプリカモデルしか生産してこなかった国内メーカーに先んじて、本格的なダートトラックレーサーの普及にもトライしている。
無限が作った空冷・OHV・Vツイン「MRV1000」
そして当記事で紹介するのが「MRV1000」だが、前述したようにこちらは、それまでの無限の活動と比較すると異色である。
第一に、二輪用エンジンの新規開発だったこと。エンジンチューニングやオリジナルシャシーの開発が無限の活動の主体だったそれまでと、主眼が異なる。そして二点目の異色は、公道用主体のエンジン開発であること。ちなみに「MRV」とは、は無限・ロードスター・Vツインの頭文字だという。
「公道用」の証左となるのは、そのエンジンが21世紀初頭のレースシーンを意識したとは思えない形式の空冷OHV・Vツインだからだが、開発は1997年から技術鍛錬の一貫として始めたという。
スーパースポーツやレースマシンならば、もちろん水冷のDOHC4バルブ、並列4気筒やV型4気筒が主流の21世紀にあって、あえてOHV・Vツインを製作したことからも、テイスティなロードスポーツを指向したことがわかる。
往年の英国製Vツインへの憧憬を、21世紀の技術で具現化
OHVエンジンのリッタークラスのロードスターを開発に選んだことは、日頃から大型ツインモデルを愛用していたという当時の無限代表・本田博俊さん(ご存知ホンダ創業者、本田宗一郎氏の長男)の好みや、往年の英国ツインモデルへの憧憬もあったようだ。
そしてこのMRV1000、全体に漂う雰囲気をはじめ、プッシュロッドの配置、ヘッドカバー上部の外出しオイルラインの造形などから、ある稀代の名車が思い浮かぶ。
戦前から1950年代まで、出色の高性能スーパースポーツと謳われた英国ヴィンセントのシリーズCのラパイドや、その最強モデル、ブラックシャドウを連想させるのだ。
ブラックシャドウについて少々説明すると、同車はヴィンセントのラパイドをベースに高性能チューンを図られたモデルで、1948年から1955年まで、1700台程度が生産されたが、量産モーターサイクルで初めて200km/hの壁を超えたと言われるモデル。
そのエンジンは狭角50度Vツインで、ボア・ストローク84×90mmの998cc(気筒あたり2バルブ)。性能は最終的に55ps/5500rpmまで高められたが、戦後間もなくの今から70年以上前に、モーターサイクルがこの性能を誇っていたことは驚異の出来事だったことだろう。
伝説の英国車・ビンセント・ブラックシャドウとは?
後年、本田博俊さんは「ビンセント・ブラックシャドウのような美しいエンジンで、気持ちよく走ってみたかった」と語っているが、そのオマージュの対象が、1948~1955年にかけて生産されたブラックシャドウ。
財政的な問題により、同社は1955年に戦前からの活動に幕を閉じるが、ブラックシャドウはその最強にして最後の名車だったと言えよう。
空冷50度V型のOHVツインは、最高出力55hp/5500rpm、最高速125mph(201km/h)を公称。当時の英国製モーターサイクルの中でも出色の性能を誇った。加えて、精巧かつ有機的なエンジン外観のほか、外部に取り回された複雑なオイルライン(潤滑はドライサンプ)は「配管工の悪夢」と、畏敬の念を持って表現された。
無限「MRV1000」は1000cc・50馬力という性能だった
外観の雰囲気、エンジン形式を含め、MRV1000が同車の影響を受けたのは間違いないと思われるが、異なるのは21世紀初頭の時期に生まれるに際し、このOHVのVツインが高性能というよりテイスティなロードスポーツモデルを意図して生み出されたこと。
MRV1000は狭角52度の空冷OHVのVツインでボア・ストローク89×80mmの997cc。各気筒は吸気2、排気1の3バルブで、ツインプラグ化したヘッドとシリンダーを極力コンパクト化したのは現代的な手法というべきだろう。
バルブ挟み角は、17度(IN)/23度(EX)とかなり立てられ、コンパクトさと同時に燃焼効率の高さも追求されたことが伺える。
丸みを帯びたシリンダーフィン、ヘットカバー上を通るオイルラインなどの意匠には、往年の英国製Vツインへの憧憬が垣間見えるが──。
そして、ブラックシャドウが生まれた70年以上前とは時代が大きく違うものの、MRV1000は最高出力51ps/5000rpm、最大トルク9kgm/3000rpmの性能。
奇しくも出力値はブラックシャドウの近似値だが、トルク特性を見ても分かるように、こちらは低中速域重視の特性が狙われている。
ただし、国産メーカーの一般的なクルーザーに搭載されるような、大排気量で重量のあるOHV・Vツインと一線を画しているのも特徴だ。
シリンダーヘッドを極力コンパクトに、エンジン下部はクランクケースの軽量化を狙い、潤滑はドライサンプ化、その結果単体重量は74kgとしているなど、このエンジンが純粋な「ロードスポーツ用」として企画されていたことがわかる。
MRV1000をオリジナルのセミダブルクレードルフレームに搭載し、実走行試験を行ったというが(運輸局から正式にナンバーも取得した)、テスト車の外観もロー&ロングなクルーザー然としてものではなく、スッキリとしたスタンダードロードスポーツのフォルムだ。
今で言えば、エンジン周りを除けばホンダ CB1100のようなオーソドックスなスタンダードバイクのフォルムだが、さてこのエンジンを搭載したモデル、どんな乗り味だったのだろうか、体験してみたいものである。
MFT250の先例もあって、無限がこの量産を全く視野に入れなかったことはないだろうが、綺麗にバフ掛けされたケースカバー、梨地のクランクケース、真鍮製のエキパイフランジなどのフィニッシュを見る限り、中身はもちろんのこと、仕上げにも相当にコストがかかっているのは想像に難くない。
コストもさることながら、今の時代に空冷のまま量産に進むのは相当困難だろう。言わば「幻のパワーユニット」ではあるが、あの無限が作った公道用空冷OHV・Vツイン、だからこそ味わってみたいと思うのは筆者だけではないはずだ。
MRV=無限・ロードスター・Vツイン開発は続いている?
編集部註:2018年の東京モーターサイクルショーで、無限はMRV1000の後継とも思える空冷OHV・排気量1400ccのV型2気筒エンジンの「スタディモデル」を展示、翌2019年の東京モーターサイクルショーでは排気量を2000ccとした「コンセプト」エンジンを展示している。MRV1000に端を発する無限の「空冷OHVの大排気量Vツイン」開発は今も続いているのではないだろうか。
レポート●阪本一史(元・別冊モーターサイクリスト編集長) 編集●上野茂岐
写真●八重洲出版(別冊モーターサイクリスト2001年6月号)/ジェネレイト(撮影・柴田直行)
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