アウディ初の市販EV、e-tronの試乗の場に選ばれたのは、アラブ首長国連邦の首都アブダビだった。産油国でEVに乗るなんてなんだか皮肉っぽい演出だなと思っていたが、試乗の出発地、マスダールシティに到着するとその意図が明らかになった。
アブダビ国際空港からクルマで数分のところにあるマスダールシティは、2006年より砂漠のど真ん中に建設が進むスマートシティだ。人口は約5万人を想定。太陽光や熱、風力など自然エネルギーを活用してサスティナブルな都市を作る計画で、最終的には2020~2025年の完成を目指す。シティ内では内燃エンジンをもつ自動車の使用は認められず、小型モビリティとして自動運転EVなどの運用がすでに始まっている。e-tronにはうってつけの場所というわけだ。
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陽光のもと初めて対面したe-tronは、導入初期に設定される2600台の限定モデル「e-tron edition one」だった。ボディカラーは専用のアンティグアブルーと呼ばれるソリッドの明るい青で、バーチャルエクステリアミラーやマトリクスLEDヘッドライト、21インチホイール、オレンジのブレーキキャリパーなどを備えた充実装備仕様だ。
SUVだけれどもワイド&ローなフォルムに新しさを感じた。実際のボディサイズは全長4901mm、全幅1935mm、全高1616mm、ホイールベース2928mmと、全長全幅はちょうどQ5とQ7のあいだで、全高はQ5よりも約40mm低い。ブリスターのように盛り上がったフェンダーのラインもこれまでのアウディ製SUVには見られなかったものだ。
なぜアウディは電気自動車の1号車にSUVを選んだのか、プロダクトマーケティング担当のクリスチャン・ヒア氏に尋ねてみると、「第1に、最初の電動モデルとしては、ボリュームが重要でした。世界中で人気があって、とくに欧州や中国で成長の可能性があるSUVを選びました」と答えた。続けてテスラがリードしているプレミアムEV市場において、アウディらしさとは何かという問いに対しては「アウディならではのデザイン、クワトロをはじめとする技術、本格的なSUVとしての走行性能、大人4~5人が快適にすごせる居住空間に、航続可能距離は400km以上あって、日常での使いやすさは、他と一線を画すものです」と一気にまくしたてた。
プラチナグレーのフレームをもつシングルフレームグリルや、ヘッドライトの下側に配された4本の水平なデイタイムランニングライトがEV専用のエクステリアデザインだ。インテリアは高精細液晶のバーチャルコクピットや、センターコンソールにドライバー側にオフセットして配置した上下2段の大型ディスプレイなど、最新のアウディデザインの流れに沿ったものだ。
なかでもとくに新しさを感じる点がふたつあった。ひとつは横長に配置したシフトスイッチだ。操作は掌を覆いかぶせるように持って親指と人さし指をタップすることで行う。R、P、Dなど、使うポジションは普通のATとかわらない。ちなみに従来の電気自動車のトランスミッションといえばほとんどが1速固定の変速機構のないものだが、e-tronはドイツのシェフラーと共同開発した電気駆動用トランスミッションを搭載しており、前輪軸と後輪軸を別々に電気駆動するシステムをふたつ組み合わせることでアウディお得意のクワトロ(四輪駆動)システムを成立させている。これによってわずか0.03秒でモーターのトルクが駆動輪に伝わる。歴代最速のクワトロシステムという。
もう一つが、サイドミラー代わりのバーチャルエクステリアミラーのモニターだ。ドアインナーハンドルの上部に7インチOLEDディスプレイが収まる。通常であればスピーカーが配置される場所だ。ディスプレイは高精細だし、描写としてはまったくクリアで、夜間は格段に見やすいと感じた。ただし慣れるには少々時間を要する。とくに運転席側は通常のミラーよりも少し目線を下に落とす必要があるため、視線移動が大きくなる。ワインディング路やラウンドアバウトでは、左右後方を走るクルマとの距離感がつかみにくく、ちょっととまどった。これはオプション装備なので通常のミラーも選択可能だが、バーチャルエクステリアミラーを装備しないとCd値は0.27から0.28になる。
親指でDレンジをセレクトし、ブレーキペダルから足を離してもクルマは動き出さない。消費電力をおさえるためクリープはしないセッティングになっている。アウディドライブセレクトは7つのプロファイル(オート、コンフォート、ダイナミック、エフィシェンシー、インディビジュアル、オールロード、オンロード)からモード選択が可能で、車高調整機能を備えたエアサスペンションは、モードに応じてショックアブソーバーを自動制御する。ぐっとアクセルペダルに力を込めると、スルスルと音もなく滑るように走り出す。21インチタイヤの乗り心地とは思えないほど、とても快適だ。
e-tronは、前後アクスルに1基ずつ、計2つのモーターを搭載して四輪を駆動する。システム出力は通常時は前輪125kW、後輪140kWで合計265kW、ブーストモード時にはそれぞれ135kW/165kWとなり最大300kWを発揮する。最大トルクは通常時は561Nmで、ブーストモード時は664Nmとなり、0→100km/h加速は5.7秒。バッテリー容量は95kWで、100kWのテスラモデルSやXとほぼ同等だ。そして一充電航続可能距離は400km以上(WLTPドライビングモード)という。
高速道路を走ると静粛性の高さが際立つ。アブダビの高速道路はときに140km/hや160km/hの制限速度区間があるのだが、どの速度域でも乗り合わせた大人4人が普通に会話を楽しめた。静かすぎて加速感は弱いのだが、160km/hなどあっと言うまに到達する。バッテリー保護のため制限速度は200km/hに抑えられていた。
砂漠だらけのアブダビでは貴重な山岳地域「Jebel Hafeet(空の山)」で、ドライブセレクトをダイナミックにしてアクセルをめいいっぱい踏み込んでみた。するとブーストモードで急勾配の上り坂をいっきに駆け上がる。およそ2.5tもあるSUVだけにアンダーステアの挙動を予想していたが、前輪が外に逃げるそぶりはなく、きれいにコーナーをトレースしていく。「50:50の重量配分にこだわって、リアアクスルをメインにトルク配分しているため、スポーツカーのような挙動が味わえます」と先のクリスチャン・ヒア氏が話していたが、まさにアクセルを踏み込むと同時に後輪にトラクションを感じる。そしてミリ単位のステア操作に気持ちよく反応する。床一面に配されたバッテリーを覆うアルミ押し出し材によるフレームが、700kgという重さと引き換えに圧倒的なボディ剛性を生み出していることがわかる。
山岳路の下りでは、アクセルペダルから足を離したコースティング時と制動時に回生を行う。アクセルオフでは、いわゆる1ペダル操作が可能というほどには回生の度合いは強くない。これはマーケティング調査の結果によって決めたという。必要であれば、ステアリングの左右に配されたパドルを使ってシフトダウンの要領で、左のパドルをはたくと強く、右のパドルでは弱く、回生の度合いを3段階で調整可能だ。ブレーキシステムは、効率を高めるためドライバーがブレーキペダルを踏みこんでも0.3Gまでは回生を行い、それを超えてからホイールブレーキが起動する仕組みだ。
満充電で出発して約200kmを走り終えた時点で、残りの航続可能距離は113km、バッテリー残量は38%と表示していた。e-tronは市販車として初めて150kWの直流(DC)急速充電が可能で、およそ30分で約80%まで充電する。試乗会場には150kWの充電施設を用意しており、昼食の合間に数十台あった試乗車のすべてが約80%まで充電されていた。e-tronはCHAdeMO規格にも対応するというが、現時点で日本には大きくても50kWの充電設備しかないことを考えると、こうした大容量EVが普及するにはインフラ整備は喫緊の課題だ。
アブダビを選んだだけあって、砂漠地帯でのドライブコースも用意されていた。オフロードモードを選択して走りだすと、いかにも車体の重さがトラクションにうまく変わっていることがわかる。すぐにでもスタックしそうなサラサラの砂をe-tronはいともたやすくグリップする。アクセルを強く踏み込むと一瞬、テールを振り出しそうなるが、ドライバーに気づかせることなく、さりげなくスタビリティコントロールやトルクベクタリングが作動し、何事もなかったかのようにもとの軌道に戻してくれる。
EVの時代になるとクルマの個性が失われる、というがどうやらそれは杞憂のようだ。クリスチャン・ヒア氏が述べていたデザイン性やダイナミック性能など、完成度の高さはさすがアウディというほかない。日本上陸は2019年年央の予定という。テスラ、ジャガーに続く、アウディのプレミアムEVが、日本市場にどんな変化を巻き起こすのかとても楽しみだ。
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