2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.8
さまざまなアイディアを盛り込んで造りこまれたWRX STIマシンもいよいよ大詰め。3月22日にドイツへ空輸されるが、テストも最終段階に来た。今回は本番用に近いスペックのマシンで、タイムアタックやナイトセッション、そしてロングランテストという項目をこなし、辰己英治総監督は手ごたえをつかんだようだ<レポート:編集部>
前回のテストレポートでは、マスターバックを復活させたブレーキのテストと、アンチラグ(ミスファイアリングシステム)は使わないでタイムアタック、トランスミッションのギヤ比は17年仕様という設定で走行テストをした。そして2017年のレースで課題となっていたのがドグを使ったミッションの、シフトショックが大きいという問題があった。
その解決策としてフライホイールの軽量化と慣性マスの小さいクラッチに交換することで対応。そしてギヤ比も変更し、17年仕様よりややローギヤード化したものでレース本番を走らせる。というところまでだった。
今回はそれらの対応部品が揃い、そのすべてを搭載しての実走テストとなった。
■ベストマッチングのギヤ比
フライホイールの軽量化や小型クラッチへの交換は17年を10として、最初は半分の質量、サイズで製作したそうだ。しかしながら、あまりに軽いとエンジンの回転が簡単に上がり下がりが激しく、いろいろな部分に悪影響がでて歯飛びすることがあったという。そのため、その中間の7、8割程度の軽量化と慣性マスの小ささで再製作した結果、これが見事にハマったという。ドライバーからのコメントもシフトショックは問題なく、シフト品質がいいという回答があった。
これで本番でもシーケンシャルのメリットをフルに生かし、左足ブレーキも駆使し、コーナリングスピードを稼げることになるだろう。
またギヤ比に関しても想定外のいい結果が出たようだ。というのは、17年仕様の問題は1速ギヤがハイギヤードで、発進がしにくいことと、そのギヤからのステップでいくと5速と6速の時に、中途半端な感じになってしまう状況が少し存在していたそうだ。
つまり、上り坂をフルスロットルで登るときに5速だと回転が上がりすぎて、6速だと物足りないという状況があったと。今回のローギヤード化したミッションはそのあたりがピタリとマッチしたということで、低速コーナーもこなせて、発進もしやすい、高速領域でもギヤの選択が中途半端な状況にはならないということだ。
辰己総監督によればギヤ比の変更は全体に5%から10%ほどローギヤード化しているので、ドライバーが違和感を感じるかもしれないという懸念があったそうだ。だが、井口、山内ともに全然違和感はないというコメントをしていた。
これまで1速を使うコーナーはニュルブルクリンクでもそう多くはないが、少なからずある。富士スピードウエイであれば1コーナーとBコーナーが1速を使う。車速としては70、80km/h近辺だろう。そこでのギヤのつながりも良く、走りやすいというのだからベストマッチなギヤ比と言えるだろう。
■期待が高まる仕上がり
さて、2月末から3月1、2日にかけてのテストではこのテストだけではなく最終仕様に向けての各箇所でのチェックも重要だ。
ひとつにはエンジンの適合という項目があり、今季レギュレーションに一部変更があり、ターボの過給圧は2.5Barで制限されているのは変更ないが、オーバーシュートなど、瞬間でもその制限過給圧を超えてはならないという厳しさが増した規則に変更された。昨年までは、瞬間的な過給圧オーバーはOKだったが、今年はそれが認められないと。そしてその過給圧がオーバーしていないかどうか判定するためのセンサーも搭載が義務付けられている。その適合テストも兼ねているわけだ。
他には、バックファイヤーを抑える制御の確認だ。これは減速時にバックファイヤーが繰り返されるとアンチラグと同様の現象で、タービン速度が落ちなかったりエキゾーストに熱負担がかかり、エキゾーストパイプが割れてしまう危険もあるということだ。この辺りの確認も行なわれていた。
ロングランのテストでは22時間程度走行して、特にトラブルもなく、またチェックポイントでも問題は生じなかったといことなので、いよいよ本番に向けて期待が膨らむ。
■わずかに残る不安
しかしながら辰己総監督にはひとつ不安材料があるようだった。
「雨用のリヤタイヤの温度上がりが悪くて、路面温度が10度を下回るような状況だと、走れないかもしれないですね。フロントはハンドルを切るから熱が出ますが、AWDで、駆動力がFRの半分しかないから、タイヤに優しいんですね、だから熱が上がらないんです」と。
スリックタイヤは現在3種類テストしており、15度以下で使う低温用とコンパウンドの硬いタイプのもの。そしてメインで使うのは、ほぼ17年仕様のタイヤで、これは路面温度が15度から35度くらいまで問題ないという実績があるタイヤの3種類だ。
今回のテストでは路面温度が10度以下となり、5度くらいまで路面温度が下がったようだ。その時に低温用のタイヤを使ったがタイムが出なかったということだ。ドライバーによれば、いいフィーリングの時はあるが、すぐになくなってしまうというコメントだ。美味しい部分のライフが短いタイプのタイヤなのだろう。
それに対しメインで考えているタイヤは、路面温度5度の時もテストした。すると、いい意味で予測を覆し、そのメインタイヤはラップタイムが落ちない、ということがわかったのだ。まるで魔法のタイヤのようで、万能なことがわかった。コールド用タイヤではメインタイヤより1秒ほどラップタイムが落ちるという。しかし、メインタイヤを無理やり使ってもラップタイムに変化がないという信じがたい結果だったのだ。
嘘のような本当のことで、これでドライタイヤに関しては、ほぼ1種類のタイヤで本番レースを戦うということになった。残るはレインタイヤ。5月中旬のニュルブルクリンクでは雨、低温は十分にあり得る条件なので、対応したいところだが、タイヤがないことには策は作りにくい。が、辰己総監督にはマル秘作戦があるという。その内容はさすがに打ち明けてくれなかったが、レース後に教えていただく約束をしたので、いずれお伝えできると思う。
こうして3日間のロングランテストを無事終えたが、あと一つナイトセッションのテストが残っている。日を改め、3月中旬にナイトセッションのテストをした。これが本当の最後の国内テストとなる。
このテストには24時間の本番用のエンジンではなく、QFレース(4月14、15日開催)で使うエンジンを搭載してテストした。搭載するエンジンはすでに20時間ほど使ったエンジンで、このQFレースに参戦するドライバーはカルロ・ヴァンダムとティム・シュリックの二人。本番レースのパートナーたちだ。
だが、この日のテストではカルロ、ティムともに不参加で、山内、井口が新品のタイヤでタイムアタックをしている。マシン開発は日本人ドライバーで作り上げていく作戦だ。
タイムは1分46秒2で走り、昨年より約1秒近く早いタイムが出ている。17年仕様では46秒後半がベストで、コンスタントには47秒前半だった。しかし、この日のテストではコンスタントに46秒台をマークしているので、マシンづくりの方向性の確かさに自信が持てる結果となった。
こうして国内最後のテストも無事に終え、残りはドイツでのQFレースと、本番前のテスト走行があるのみだ。
辰己総監督のレースカーづくりは、ドライバーが不安なく安心して乗りやすく、なおかつタイヤに攻撃的ではないマシンづくりというのが見えてくる。それがリヤタイヤの温度上昇不足という何とも皮肉な部分でもあるが、路面温度が10度以下のレースというのも、ニュルブルクリンク以外では考えられないわけで、大局的に考えればAWDという特色を活かし、マシン、タイヤ、ドライバーに負担のかかりにくいマシン造りと言えるかもしれない。
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*取材協力:SUBARU TECNICA INTERNATIONAL
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