ファッションカルチャーとして若者が乗ってくれることにも期待
国内販売終了から13年。今なお根強いファンがいるハイラックスが、待望の国内復活をついに実現。だが、決して大きくはない日本のピックアップ市場で、はたして勝算はあるのだろうか。ハイラックスを国内で復活させる理由とは? そんな疑問を、開発責任者である前田昌彦さんにストレートにぶつけてみた。
「グローバルな視点で見ると、日本のピックアップ市場は決して大きくはありません。2004年の販売終了も、マスというビジネスの観点からは、ある意味で自然な流れだったと言えます。そのままピックアップの市場が日本からなくなってしまえば、それは運命だったのでしょう」
「ですが、販売終了から13年が経った今でも、約9000人ものお客さまが国内でハイラックスを保有していらっしゃいます。ほとんどが『働くクルマ』として使われているお客さまです。そうしたお客さまから『復活させてほしい』という声が多数寄せられていました。実際、私も何人かのオーナーにお会いしたのですが、なかには走行距離が70万kmを超えても使っているという方もいらっしゃいました」
「その方いわく、『基本的なメンテナンスをしていれば壊れないからこれでいいんだ』と。そしてこうもおっしゃっていました。『ハイラックスの代わりになるクルマがないから、使い続けるしかないんだよ』と。非常にありがたい話であると同時に、自動車メーカーとしての使命感を強烈に感じさせられる話です。こうした日本のお客さまに、新しいハイラックスを届けたい。その強い想いが、国内復活を実現させた最大の理由なんです」
ちなみに、前田さんが会ったオーナーのひとりは、北海道で狩猟を仕事としている方だったという。
「SUVのようなクルマではダメなんですかとたずねたら、『仕留めた動物は臭いを発するから、室内に乗せるなんてありえない』と。荷台を見せてもらうと、漁船が網を巻き上げるためのローラーが装着されていました。ハンティングした地点までクルマで入っていけないときに、何百mも離れた場所から動物を網で引っ掛けて、クルマまで引き寄せるためのカスタマイズなのだそうです。冬になると雪山に入って猟をするのですが、どこでスタックしてしまうかわからないため、脱出用のウィンチも前後に装着されていました。どれもみな、ピックアップトラックでなければならない使い方ですよね」
こうしたオーナーの話からは使い方だけではなく、圧倒的なタフさもハイラックスを選んだ理由になっていることがよくわかる。「壊れにくく、タフであること」は、初代からの長年の歴史によって築き上げてきた、ハイラックスの最大の魅力といえるものだ。国内復活したハイラックスは、初代から数えて8代目のモデルにあたるが、その開発プロジェクトでは「タフを再定義する」というコンセプトが掲げられたという。
「ハイラックスにとって『タフさ』とは、守るべきものであり、進化させなければならないものです。今回の開発では、『壊し切り』というテストを行いました。これは通常の使い方をはるかに超えた、悪路での非常に過酷な走り込みによって、あえてクルマを壊すというテストです。強度を見直したり、補強の対策をしたりするだけでなく、どのような壊れ方をするかも評価します」
「壊れたとしても致命傷にならない部分から壊れて、最悪でも家に帰ることができるような壊れ方が理想です。たとえばオーストラリアなどでは、携帯電話の電波が届かず、クルマが3日以上も通らないという地域があったりするんですが、そこで致命的な故障をしてしまうと、命にかかわる問題になってしまいますからね」
こうしたタフさや安全性は、ハイラックスの歴史の延長線上にあるものといえる。一方で、8代目にはこれまでとは違った新しい『タフさ』も備わっている。
「先代に比べて静粛性が格段に上がっていますが、これも『高級になるなら静粛性も上げるべき』といった一般的な乗用車論とは違う考え方によるものです。ニュージーランドの森林管理局が使うハイラックスには、警察無線や消防無線、会社の無線など、無線機が5つも6つも搭載されています。このような仕事に従事する方々が、快適に無線機で会話できる室内環境。そうした静粛性能の必要性は、ハイラックスのタフさを再定義するうえで導き出されたものです」
「乗り心地の進化も同様の考え方に基づいています。海外では1日に1000km走るという使い方もよくされているのですが、それだけの長距離を運転していても集中力を維持できる快適性、それもハイラックスが備えるべき『タフさ』のひとつであると考えました。クルマはタフでなければならないけれど、人にタフであることを強いる必要はない。それが開発チームの再定義したハイラックスの『タフさ』なんです」
世界中の過酷な場所で鍛え上げられた力強さと耐久性は、見かけだけのものではない、まさに本物中の本物といえるもの。こうした「本物」だけが持つ魅力や存在感は、ときに「用途」の外側にいる人たちをも強烈に惹きつけることがある。
「じつはわれわれも、そうした魅力に惹かれてハイラックスを手に入れる新しいお客さまの層に期待しているんです。たとえば、かつてバブル経済を経験し、さまざまなクルマを乗り継いできた大人たち。お子さんも独立して、生活にゆとりもできたアクティブなシニア層ですね。本物を見極める目を持った大人が、本物の魅力と長い歴史をもったハイラックスに乗るって、すごくかっこいいじゃないですか。それは男性に限ったことではありません。大人の女性が乗る姿もすごく粋じゃないかと思います。ほかにも、ファッションカルチャーとしてハイラックスの魅力に惹かれる若いユーザー層が現われてくれることにも期待しています」
新型車の開発エンジニアに話をうかがうと、大抵の場合「こういう層をターゲットにクルマを作りました」という答えが返ってくる。しかし前田さんが口にするのは「こういう層に期待しています」という答えだ。
「世界で見ると、もともとハイラックスのユーザー像には、仕事で使われる『ワーク』のお客さまと、プライベートやレジャーで使う『カルチャー』のお客さまの2つの層があります。日本国内の市場を見たときに、ワークはわれわれの想定するど真ん中。けれど、カルチャーについては、われわれもターゲットユーザーを絞り切れない部分があるんです」
「むしろ、想定を越えたどんなお客さまが乗ってくれるのか、このクルマがどんな潜在的ニーズを掘り起こしてくれるのか、そこにわれわれ自身が期待しているというのが正直なところです。新たな層が現われてくれるかもしれないし、ひょっとしたら全然ダメという可能性もある。ここはわれわれにとっての大きなチャレンジなんです」
近年では、若者のクルマ離れをはじめ、クルマを「所有」することに関心を持たず、カーシェアやレンタカーで十分と考える消費者も増えつつある。こうした社会の価値観の変化に非常に強い危機感を持っていると語る前田さん。
「トヨタが『ワクドキ』というキーワードを掲げてマインドを活性化させるクルマ作りに取り組んでいるのも、危機感の表れです。所有することに意味的価値を見出していない人にとって、大切なのは自分たちのライフスタイルをどう楽しむかということです。その目的が達成できるなら、クルマはなんだっていいわけです。そういうお客さまに、便利なだけのクルマを買ってくださいといっても、その声は届かないでしょう。振り向いてもらうためには、そのクルマを所有していなければ自分の楽しみが成立しないというようなクルマを作ることです」
そのために必要なのは、画一的なクルマではなく、飛びぬけて個性の強いクルマだ。小さくまとまった優等生的なクルマでは、開発者自身の想定を超えるような「なにか」は生まれない。そのクルマに「飛距離」があればあるほど、新たなニーズが生まれる可能性も高まるといえる。
「全長の大きなクルマは駐車場の問題など、実用的に選択するのが難しいかもしれません。けれど、その人にとっての唯一無二の意味や魅力が明確になれば、人はあらゆる制約を排除してもいいと思えるはずです。得られるものが大きければ大きいほど、人はそう思うんじゃないでしょうか。ハイラックスにそれだけの魅力が備わっていれば、そういう現象が必ず起こると思います」
日本市場でのハイラックスの販売台数は、決して大きな数にはならないだろう。だが、ハイラックスの国内復活には、数では表すことのできない、深い意味と想いがしっかりと込められている。
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