2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.17
2018年8月最初の土、日に富士スピードウェイでスーパーGT第5戦が行なわれた。今季このレースは500マイルへと距離が延び177周に変更されている。長距離レースで成績の良いBRZ GT300には好都合の変更だったハズだが、再び、マシントラブルでリタイアした。<レポート:編集部>
今季のBRZ GT300は開幕戦で18位完走、第2戦の富士はリタイア、第3戦の鈴鹿は3位表彰台、第4戦タイ、リタイアという結果だ。これまでマシントラブルが多くあり、この第5戦に向けては満を持しての参戦だったが、2018年仕様のBRZ GT300に一体何が起きているのだろうか。
これほどまでマシントラブルが続くこと、リタイアが多いことなど、かつてなかった。もちろんトラブルの原因はその都度解明され、対策を講じていることは言うまでもないが、それでもエンジニアの想定外のことが起きているということだ。そこで、これまでマシンに対する変更は何をしてきたのか確認してみたい。
開発の狙い
今季のマシン開発の狙いを振り返ると、これまでのBRZ GT300はコーナリングマシンであり、トップスピードは遅いがコーナリングが速いという特徴を持っていた。そのため富士スピードウェイのような高速サーキットを苦手とし、鈴鹿や菅生のようなテクニカルな部分が多いコースを得意としていた。
今季は、これまで得意としてきたコーナリング性能はそのままに、トップスピードが勝負になる鈴鹿や富士のストレートも速くするという苦手克服、不得意な部分の性能を上げ、トータル性能の向上を目指すといのが狙いだ。
そのポイントとなるのが空力である。18年仕様はフロントカウルのデザインやリヤフェンダー、ウイングの形状の形状を変更し、空気抵抗を減らしながら、ダウンフォースはしっかり確保するという基本的な考えをベースにボディデザインが変更された。
エンジン制御
一方で速さを求めるなら、パワーアップすればいいとも考えられるが、スーパーGTはBoPという性能調整の下に加速性能、最高速度、空力特性のPW(Performance Window)が定められているため、馬力を上げるような変更は一切できない。つまり、エンジン仕様は1スペックだけなのだ。サーキットの特性に合わせて性能変更をするということが全くできないというわけだ。
だが、今季の変更点を振り返ると、BRZ GT300は2017年までこのPWで性能調整を指示されていたのではなく、エアリストリクターで吸入空気量を絞ることで、PWと同等の性能になるように調整していた。しかし、今季からは、FIAが定めるブースト圧制御によって出力調整する方向に変更することになった。
そのやり方は、レースウィークにGTAが大気圧を発表し、1010hPa時の最大過給圧が250rpmごとに規定されており、その数値に対して、係数をかけて調整するというやり方だ。当然、こうした調整方法は過給器を搭載するほかのマシンも同様の調整方法なので、トラブルの原因になることがないのは言うまでもない。
トランスミッション
トランスミッションは2017年仕様の段階でヒューランド製のトランスアクスルに変更している。こちらはすでに1年間レースを戦い、トラブルもなく信頼のおける機能部品という理解で問題ないだろう。この変更で前後の重量配分がわずかに変わり、51:49となり、コーナリングマシン性能に磨きをかけた変更といったところだ。
また、今回デフのトラブルという風評もあったが、使用するデフは機械式LSDにオリフィスを使った油圧制御が追加されたタイプで、このヒューランドのトルクスピードセンシング・デフに問題は見つからなかった。ちなみに、このデフはTSIと呼ばれTorque & Speed Interactiveの頭文字でル・マンを走るLMPマシンにも採用されるトップレベルのハイパフォーマンス・パーツでもある。
機能としては、機械式LSDでは常にダイレクトとなるが、油圧をかけることで初期にソフトな噛み合わせになる特徴をもっているので、ドライバーがコントロールしやすいLSDということだ。ただし、左右輪の回転差が100km/hを超えるようなことになると壊れてしまう欠点があるが、いわば高速スピンした場合に限られるだろう。
そして、今回の富士仕様では、セクター3を2つのギヤで駆け抜けるギヤ比としつつ、100Rは1つのギヤで走れるギヤ比を組んでおり、このセットは第2戦の時と同様で、6速ギヤをうまく組み合わせていると言っていい。ちなみに1速はピットスタートだけでしか使用せず、コース上では2速以上のギヤで走る。もちろん、シーケンシャルだ。
このギヤ比の設定だが、エンジニアは当然一番駆動力が得られるギヤ比を選ぶ。だが、それだとドライバーのフィーリングやサーキット特性に合わない場合が多く、17年はシミュレーションソフトを導入してギヤ比を選択していた。しかし、シミュレーションでは、0.5秒でも駆動力が稼げればシフトダウンをするようなギヤ比がはじき出されることもあり、実際のレースで使うギヤ比にするには、エンジニアの経験値とドライバーとのコミュニケーションが重要になってくるのだ。
ブレーキ
ブレーキは17年の最終戦でトラブルによりリタイアしたことから、部品の変更に踏み切ったのが18年仕様だ。もともと軽量であることを有利に活かすブレーキング競争では、強味を持っていたが、反面ブレーキキャリパー&ローターの容量不足という弱点を持っていた。そこで、18年シーズンの最初から容量アップを図り、途中、メーカーの変更などもあったが、第2戦の富士の段階でブレーキに関する不安要素はなくなっている。
言い換えれば、ブレーキング競争に磨きがかかったということになる。それは富士のセクター1、2が2017年よりタイムアップし、トップ争いができるレベルになっていることでも証明できるだろう。ところが、タイヤへの接地荷重不足になると、ブレーキングでタイヤがロックしやすい状況も生まれ、セッティング次第では逆に弱点にもなってしまうことも分かってきた。
ボディ空力
さて、ボディ形状に伴うエアロダイナミクスが今季の課題だ。フロントからの空気の取り込み方、ボディ下面を流れる整流、ボディサイドからリヤウイングにかけての整流といったところを変更し、今季の仕様が誕生している。
しかし、これが思わぬ苦戦を強いられることになった。トップスピードを上げることはできたが、コーナリング時のタイヤの接地感が薄いという現象が出ていることだ。つまり、空気抵抗とダウンフォースは二律背反の性能で、常にタイヤの接地荷重に変化が起きているということだ。
当然ダウンフォースの不足分は想定範疇であり、サーキットに応じてカナード等で補う考えがあった。しかし、その仮説に乖離がありそのベストバランスを探るために新たなアイテム投入が必要になってしまった、というのが現状だ。やはり苦手克服は容易ではないのだ。
空力ボディはシーズン前にスバルの群馬製作所内の風洞でテストし、今季のボディ形状が決定しているが、実際のシーズン前シェイクダウンテストなどの結果から、フロントフェンダーの形状を変更するなどの微調整が行なわれている。
そして空気の取り入れ、ボディ下面の整流も微調整が行なわれ、現在、ボディ下面にはバーチカルフィンと呼ばれる縦型のフィンが数枚装着され、後方へ流す方向付け、整流をしている。また、フロントスポイラーからの取り入れた空気はエンジン房内で乱流となっているのが現状だ。
水平対向のエンジンレイアウトであること、エキゾーストパイプが下側にあること、タービンが前方にレイアウトされること、そしてオリジナルパイプフレームによるシャシーのパイピング類などが収められていて、こうした部品の影響があり、綺麗に後方へ吐き出すことが難しいという問題を抱えている。
そのため、リヤウイングへ綺麗に流れず、リヤウイングの角度や大きさなどで、サーキット事に変更して対策してきたという経緯がある。
こうした変更はタイヤの接地荷重に影響が出て、フロントのアンダーステアやリヤタイヤへの垂直荷重不足なども顔を出す。チームとしては、空気の流れをシミュレーションする定常解析と非定常解析を行ない、ベストセットを探す努力が繰り返されている。
定常流れ、非定常流れは、時間が経過しても一定の流れのまま変化がないものと、時間がたっても一定の流れにならない、つまり時間の経過とともに変化する流れのことを非定常流れと言い、ストレートを一定の車速で走行すれば定常流れとなるが、レースで一定の車速はあり得ないし、ハンドルを切るなどコーナリングもあるので、この非定常流れ解析が重要になるわけだ。
欧州のレーシングチームでは1/4スケールの風洞実験などをやる話を聞くが、残念ながらSTIでは、そこまでの実験設備はない。あくまでもシミュレーションにより解を導きだすことになるわけだ。
セットアップ方法
このとき重要としているのが、ドライバーからのフィードバックだ。「アンダーステアだ」「接地感が足りない」「いいフィーリングだ」「安定している」などの意見を参考にセットアップした組み合わせのデータを積み重ねていっている。
セッティング項目としては、空力パーツによる変更がまずあり、前述のウイングの角度や大きさ、カナードの大きさ、角度、取付け位置などを変更する。ちなみにGT-3は空力パーツの変更はできないレギュレーションでJAF GT-300のレギュレーションでは許可されている。
そして、サスペンションでは、その空力ボディのときの接地荷重が常に変わるので、見合ったバネレート、減衰設定に変更する。場合によっては車高調整もする。車高が変わればロールセンターも変わり、ジオメトリーも変更されるので、都度セットアップを繰り返すことになる。要は、空力によるグリップとサスペンションなどでのメカニカルグリップのトータルグリップを如何にタイヤ特性と合わせるか、が重要となる。
こうしたセッティングを繰り返して今季開幕から参戦しているので、エンジニアの立場としては、セットアップの幅が広がり、ノウハウが増え、知り得たデータから、ドライバーの意見をもとにデータを組み合わせてベストセッティングを出すという仕事になっていた。
つまり、セッティングの幅は確実に広がりを見せているわけで、今季の苦手克服という難しい課題を少しずつクリアし始めているという印象だ。だから、今回のレースは、満を持して富士に臨んできたというのがエンジニアの心境だろう。だが、第2戦、第4戦はエンジントラブル、そして今回の第5戦は電気系と思われるトラブルに見舞われており、いわゆる知り得た知見の失敗から来るものではないので、エンジニアとしては苦しい状況だ。実際、レース後に渋谷総監督に話を聞いたが「今回までで、膿を全部出し切ったと思ってましたが、まだ何かあるようです」と言っている。
満を持して
これはパーツのライフ管理も含め多くの部品を新しい部品に交換していることも含んでいる。ミッションへのインプットシャフトやドライブシャフト、サスペンションアーム、リンク類を新品に交換し、トラブルの原因となる可能性をもつ箇所を徹底的に精査し、対策してきてたのだから。
これまでの状況を見ると、トップスピードを上げることで接地荷重の低下やブレーキへの負担増等は、マシンを開発する前から解っており、そこへの対応策も考えていた。だがそれらの対応策が検討結果ほどの効果は得られず、そこのバランスポイントを上げることを繰り返しているわけだ。コーナリングマシンとしての性能を失なわないで、スピードを上げるというのは、如何に難しいことなのか、何かのブレークスルーが必要ということか。
それと同時に部品、ハードのトラブルも別のベクトルで起きている。要因としてはマシンの開発コンセプトの変更があったために、部品に対する要求性能が変わったというのが大きいだろう。従来までは問題がなかったが、新たな問題として浮上してきているということだ。今回の電気系トラブルもその要因かもしれない。
レースはシーズンを通して、いかに多くのポイントを稼ぐかというのがシリーズで戦うキーであることは言うまでもないが、今季残りのレースに関し、取材できていないのでチームがどのような対策を施すか不明だ。が、こうして考えてみると、今季の狙いのハードルの高さは見えてくる。
SGTはテスト走行が禁止されているため、本番レース前の土曜日午前中に行なわれる約1時間30分の公式練習で変更箇所の結果を判断していくしかない。そのため、ギャンブルに出る変更は好結果に結び付きづらいと思う。
現在のBRZ GT300は得意の鈴鹿では3位入賞を果たした。だが、タイも実は得意な部類のレイアウトなので、ポイントは取りたかった。そして得意の菅生ではぜひとも優勝を狙いたい。
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*取材協力:SUBARU TECNICA INTERNATIONAL
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