「セレナに自動ブレーキ標準装備完了」。「e-POWER搭載。電気自動車の新しいカタチを充電いらずで。自動運転も」。
これらはいずれも日産 セレナとセレナe-POWERのTV・CMで使われる宣伝コピーだ。車に詳しいユーザーが見れば、もはや言い過ぎとか誇張を超えて、嘘の領域に入っていると思うだろう。
特定の車種に限った話ではなく「自動ブレーキ」など、誤解を招く表現のなかには一般化している言葉も多い。どういった部分が問題なのか?
文:渡辺陽一郎
写真:編集部、NISSAN、SUBARU、TESLA
「自動ブレーキ」は機能の趣旨に反する
今やすべての国産メーカーが実用化している衝突被害軽減ブレーキは“自動ブレーキ”という通称が定着している
まず「自動ブレーキ」は、衝突被害軽減ブレーキを意味している。
セレナなどの日産車では、単眼カメラをセンサーに使い、歩行者や車両に衝突する危険が生じると警報を発する。
それでもドライバーが気付かずにブレーキ操作をしない時は、車両が緊急時と判断して自動でブレーキを作動させる。
この機能の一番の目的は「自動ブレーキ」ではない。ドライバーに警告を発して、ブレーキ操作をうながし、同時に注意が散漫になっていることを認識させることだ。それでもドライバーが反応しなかった時、あくまでも危険回避の最終手段として、車両側がブレーキを作動させる。
それなのに「自動ブレーキ」と宣伝したのでは、機能の趣旨に反する。
また「自動」とは、人間の不作為を意味する言葉だ。自動ドアは人の動きに反応してモーターなどによりドアの開閉が行われ、手で動かす必要はない。自動販売機にも店員はいない。
「自動」の一般的な表現は「以前は人間が行っていた操作を、技術進歩によって機械が代行すること」だ。従って「自動ブレーキ」を言葉通りに解釈すれば、ブレーキが車両によって操作され、ドライバーはブレーキペダルを踏む必要がないことを意味する。
セレナが搭載する「インテリジェントエマージェンシーブレーキ」は、「自動」とはまったく異なる。
運転支援を「自動運転」と表現する危険
図のとおり、多くの市販車が該当するレベル1は「運転支援」とされている。図はあくまで運転支援から自動運転までの段階を示したものだが、“自動”という言葉が独り歩きしている感は否めない
もうひとつ「自動運転」もある。これも本来の名称は運転支援機能だ。衝突被害軽減ブレーキのセンサーや制御システムを応用して、ドライバーの運転負担を軽減する。
運転支援機能のクルーズコントロール(定速走行装置)には、車間距離を自動制御する機能も備わる。ドライバーがアクセル/ブレーキペダルを操作しなくても、一定速度での巡航が可能だ。
さらに車線の中央を走れるように、操舵の支援を行うタイプも増えている。
ただし、車に操作を任せられるのは、アクセルとブレーキペダルだけだ。繊細な操作が必要なハンドルは、ドライバーが常に保持しなければならない。
また、アクセルとブレーキの制御も不完全だから、ドライバーは靴の底を常に前側に向けておき、ブレーキペダルを踏む準備しておく必要がある。足を投げ出すような運転姿勢は厳禁だ。
アクセルペダルがオルガン式(ペダルの下側に支点のあるタイプ)なら、クルーズコントロールの作動中でも、右足をアクセルペダルに軽く乗せておける。この状態なら、イザという時に、ブレーキペダルを踏む操作もしやすい。
以上のようにアクセル/ブレーキ/ステアリングの制御は、あくまでも運転支援だが、セレナのCMなどは「自動運転」と呼ぶ。
そして「自動」は前述のように不作為を意味するから、「自動運転」と表記すれば、ドライバーが一切の操作をせずに目的地まで安全に走行可能な機能を意味する。これも現実にまったく合わない。
誤ったCMコピーが誕生する背景には、自動運転のレベル表記もある。
5つに分けられ、レベル1は自動ブレーキなどの運転支援。レベル2は部分的な自動運転でドライバーは常に車両を監視する必要がある。レベル3は緊急時を除き運転を車両に任せられる。レベル4は高度な自動運転で、環境は限られるがドライバーの対応は不要というもの。レベル5はドライバーが不要になる完全な自動運転とされる。
社会通念では、自動運転と呼べるのは「レベル5」のみになり、レベル4以下は運転支援だ。限られた環境の中で自動運転を成立させても、それは実験の域にとどまる。
それなのに「レベル2」も含めて自動運転に含めてしまうから、ユーザーは不作為が成立する本当の自動運転を期待する。
運転支援まで自動運転に含めるレベル表示は、あくまでも業界内の基準に過ぎない。ユーザーに向けて示すべきものではない。
テスラの「オートパイロット」など各名称も誤解のおそれ
テスラは先行車に追従する機能を持つクルーズコントロールに「オートパイロット」という名称を使用している
運転支援機能の名称が誤解を助長することもある。アメリカの電気自動車、テスラでは、航空機に使われるのと同様の「オートパイロット/自動操縦」と呼ぶ。これも誤解を招く表現だ。日産のプロパイロットは、オートパイロットほどではないが、あまり良い名称ではない。
では何が良い表現かといえば、幅広く定着している「クルーズコントロール」だろう。スバルのアイサイトツーリングアシストも、アシスト(支援とか補助)の言葉が入るから誤解されにくい。
本稿が「自動」という言葉にこだわる理由は、危険性を伴うからだ。
例えばラジオの自動選局の機能が不完全だった場合、自宅のホームオーディオであれば、人命が脅かされる心配はない。しかし車載のカーオーディオの自動選局が未熟だと、運転中にドライバーが選局に気を取られ、視線も前方からはずれるために交通事故に繋がりかねない。
車では、エアコンのスイッチひとつが運転ミスの構成要素になり得る。逆にいえば、事故に無関係な機能は皆無だ。
そこで車の開発者は事故に繋がるいろいろな危険性を検討しながら開発しており、宣伝方法もその意図を汲み取ることが大切だ。
開発者は自分たちの開発している衝突被害軽減ブレーキや運転支援機能が「自動」だとは考えていない。
以前、自動運転とか自動ブレーキのCMが始まる前に、操舵まで含めた操舵支援をどのように表現すれば良いのか、日産の開発者に尋ねた。
その時の返答は「スーパー・クルーズコントロールと考えて欲しい」というものだった。これは的確な表現で、運転を支援するクルーズコントロールの進化版としている。断じて自動運転ではない。
メーカーが宣伝したり、マスコミが報道したり、あるいは国が技術の指針を決める時などは、必ず開発現場の意見を聞いて欲しい。そうしないと根拠の乏しい期待や理想に突っ走り、現実に合わない宣伝や報道になりやすい。
e-POWERは「電気自動車の新しいカタチ」なのか
ノートに続きセレナにも搭載されたe-POWER。モーターによる新しい運転感覚を筆頭に魅力ある商品であることに疑いはないが……
最後にe-POWERの宣伝も気になる。「セレナにe-POWER搭載。電気自動車の新しいカタチを充電いらずで」というCMコピーは、自動運転や自動ブレーキに比べると、ユーザーをあざむいて交通事故を誘発する危険は低い。それでも誤解を招きやすく、失笑を買うこともあるだろう。
セレナやノートのe-POWERは、エンジンが発電を行い、その電気でモーターを駆動するシリーズ方式のハイブリッドだ。同じような機能に、ホンダオデッセイ/ステップワゴン/アコードのハイブリッド、三菱アウトランダーPHEVもある。
給油してエンジンを駆動するハイブリッドでは「充電いらず」は当たり前だ。さらにいえば、アウトランダーPHEVのような充電も可能なプラグインハイブリッドに比べると、充電できないのは技術として遅れている。
つまり、「電気自動車の新しいカタチを充電いらずで」は、開き直った表現でもあるだろう。
日産としては、一連のCMで相応の販売効果を得られたとしている。今の日産は売れ筋車種が限られ、日産車ユーザーの乗り替えがセレナやノートに集中した事情もあるが、関心を引き付ける個性的なCM成果もそれなりに貢献した。
ただし、実際の機能と異なる宣伝をしてはならない。特に車では、宣伝の仕方次第で危険を誘発するから、開発現場のチェックも受けながら入念に表現する必要がある。
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