西ドイツに「フォルクスワーゲン」があるなら東ドイツには「トラバント」があった
古くは初期の『007』シリーズや『ゴルゴ13』などのスパイ映画や漫画の定番テーマとして、そして直近では大人気アニメ&漫画『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』のモチーフにもなっている「東西冷戦」。第二次世界大戦の終結後、世界はアメリカと西ヨーロッパを中心とする自由主義陣営と、ソヴィエト連邦(ソ連)と東欧をはじめとする共産圏諸国陣営に二分され、政治的・軍事的に対峙していた時代だ。そして、その分断と対立の象徴となったのがベルリンの中心部に作られた、いわゆる「ベルリンの壁」である。そんな鉄のカーテンの向こう側で、東ドイツの国民車として親しまれていたのが「トラバント」だ。
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東ドイツで超ロングセラーとして愛されたトラバント
戦後、東ドイツに分割されたカール・マルクス・シュタット県(現ザクセン州)のツヴィッカウにあったホルヒ(アウディ、DKW、ヴェンダラーとともにアウトウニオン・グループの一角として知られる)の工場はVEBザクセンリンクという国営企業となり、そこで1958年に登場したのがトラバント。戦前のDKWの影響を感じさせる空冷2気筒の2ストローク・エンジンを搭載した前輪駆動の小型車で、「P50」と呼ばれた排気量500ccのモデル、600ccとなった「P60」を経て、1964年にはデザインを近代化するなどのマイナーチェンジを行い「601(P601)」と呼ばれるモデルに進化した。
601のリムジーネ(セダン)は、サイズが全長3550mm×全幅1500mm×全高1440mm。ラダーフレームにFRP製のボディ、前後リーフスプリングの4輪ドラム・ブレーキといった基本的な構成はP50/P60と共通。「トラビ」の愛称で親しまれたトラバントは、この601以降はモデルチェンジも行わず、東西冷戦が終結し東西ドイツが統一を果たした翌年の1991年まで、連綿と生産が続けられた。
これを日本に当てはめてみれば、「スバル360」や2代目「スズライト」が1990年代までフルモデルチェンジなしで作られていたのと同じわけで、社会の体制が異なると民生用の工業製品にここまでの違いが生まれるという事実に改めて驚かされる。
ベルリンの壁が崩壊すると「トラビ」たちも西に向かった
ベルリンの壁が撤去され東西ドイツの行き来が自由になると、旧東ドイツ市民はトラバントや「ヴァルトブルグ」といったクルマに乗って、西に向かった。当時最新のフォルクスワーゲン「ゴルフII」やメルセデス・ベンツのW12「Eクラス」、964時代のポルシェ「911」などに混ざって、2ストローク・エンジンならではの煙を吐きながらアウトバーンを必死に走る(でも遅い)トラバントの姿は、まさに東西冷戦の終焉と東西ドイツ統一を象徴するシーンのひとつとして、世界にも広く紹介された。
ドイツでは最新の安全・環境基準を満たさない旧車でも、その歴史的価値ありと認められた車種に対してはヒストリックカー専用のナンバー・プレート「Hナンバー」を発行している。現在かの地でVWビートルについで多くの台数がヒストリックカー・ナンバーをつけているのが、このトラバントだと言われる。
トラバントのミニカーは歴史上のアイコンでもある
クルマそのものの完成度や実用性の優劣ではなく、いまや「20世紀の歴史の一部」として認識されているトラバント。じつはモデルカーの世界でも、格好の模型の素材となっている。
ベルリンの壁崩壊以来、大小さまざまなスケールのミニカーやプラモデルがリリースされているが、こちらでご紹介しているミニカーはそれらのごく一部。パッケージにベルリンのブランデンブルク門をあしらったものなど、やはりトラバントを「歴史上のアイコン」として捉えた製品も多く、そこがほかの一般的なクルマのミニカーとは一味異なるところだ。
例えばルーフにテントを載せたモデルはリアにDDR(東ドイツ)の国籍プレートをつけており、リア左側のウインドウにはこのクルマが訪れたと思しき欧州各国の国籍ステッカーが貼られている。このルーフテントはゲルハルト・ミュラーなる人物が考案して1979年から販売され、東ドイツでベストセラーとなったようで、現在も好事家のためにレプリカがつくられている逸品。いかにも東西の往来が自由になった当時の開放的な雰囲気までもが感じられる演出だ。
やはり世界に必要なのは分断と対立ではなく話し合いと相互理解なのだと、小さなミニカーに教えられる今日この頃なのである。
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