立皇嗣の礼をもって一連のお代替わりの儀式を済まされた令和の皇室。一昨年行われた即位の礼における祝賀パレード(祝賀御列の儀)では、トヨタ・センチュリーの特注オープンカーが登場し、多くの国民から祝福と注目を浴びたことは記憶に新しい。皇嗣となられた秋篠宮殿下も皇太子のお立場を継承する形となった。こうした行事やお出かけの際に使用される、天皇陛下や上皇陛下をはじめとする皇室の方々の乗り物事情はどう様変わりしたのか。皇室の乗り物に焦点を当てて、その秘密のベールの向こうを覗いていこう。
文・写真/工藤直通
※トップ画像は、天皇旗を立てた「大型リムジン御料車」センチュリーロイヤル
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■天皇陛下の御専用車はどんなクルマ?
内廷の御身位にある方(天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下)の自動車は、大きく分けてご公務で乗られる菊の御紋章が付いた皇ナンバーのものと、私的な行事で乗られる品川ナンバーのものと2種類が存在する。
上皇旗を立てたセンチュリー御料車。外観は市販型のセンチュリーと同一だが、「皇ナンバー」で登録され、後部ドアサイドに「菊華御紋章」が掲出される
昭和から平成にお代替わりしたとき、当時皇太子であった上皇陛下は、昭和天皇から引き継ぐ専用に開発された『大型リムジン御料車』(プリンスロイヤル)について「特別な装い感が強く、国民との隔たりを生むのではないか」とお考えになり、日常の公務で使用する御料車は皇太子時代にお使いのセダン(日産プレジデント)をそのままご使用になった。このような大型リムジン御料車を普段使いしないというお考えは、平成から令和へのお代替わりでも踏襲された。
新型センチュリーへと置き換えが進む「セダン御料車」。フロントグリル向かって右斜め下に装着されている銀色の丸い証票が「皇ナンバー」だ
平成以後、大型リムジンタイプの御料車は「国家行事や皇室の重要儀式」の際に、セダンタイプの御料車は「国体へのご出席などの公的なご公務」に、ご静養などの私的行事へは「菊の御紋章」が取り付けられていない品川ナンバーのセダンタイプと使い分けされた。これは「公私の別をはっきりさせたい」という上皇陛下の当時のご意向によるものだった。
現在ご使用の菊の御紋章が取り付けられた御料車は、大型リムジンタイプ、セダンタイプともにトヨタ自動車製をご使用になられている。車種の選定にあたっては、宮内庁が指示する特別な仕様に基づいた「特別架装」が施される。また一定の機密事項も含まれているため、これらの条件に合致したメーカーとしてトヨタ自動車が選定され随意契約により調達(購入)しているのが実情だ。その契約書には、皇室用に製造・納入された事実を「宣伝広告等に利用してはならない」と特記されている。
祝賀御列の儀(皇居宮殿南車寄御発前/祝賀パレード)
現在の大型リムジンタイプは国産としては2代目となる「トヨタ・センチュリーロイヤル」だが、初代はプリンス自動車工業(後に日産自動車と合併し消滅)が満を持して製造した国産初の御料車「プリンスロイヤル」であった。
初代大型リムジンタイプ御料車「プリンスロイヤル」は平成の中頃に製造後40年近くが経過し、部品の調達が難しくなったことなどから日産自動車から使用を段階的に中止してほしいと要請が宮内庁に出された。これを受けて新リムジン御料車の製作が検討されたが、日産自動車は辞退し、唯一開発に手を挙げたのがトヨタ自動車1社だけであった。昭和の時代は、皇太子時代の上皇陛下に自動車を献上するなどして皇室との関係の深かったプリンス自動車工業→のちの日産自動車という流れもあり、「御料車は日産」というイメージが定着し、他のメーカーの追従を許さないといった雰囲気もあったにもかかわらず、日産が辞退をしたことで、結果的にトヨタがその大役を担うこととなったのだ。
専用に開発され、特別感の強い「リムジンタイプ」に対し、一般向けにも市販されるモデルをベースとした「セダンタイプの御料車」は平成になってから誕生したこともあり、それまでの日産プレジデントに加えてトヨタ自動車のセンチュリーも参入することになった。トヨタも昭和の時代に全く宮内庁に自動車を納めていなかったわけではなかったが、これも時代の流れというものであろうか。現在は日産が御料車の製造から手を引いてしまっているため、同社によるセダン御料車は存在しない。
簡素化された品川ナンバーのセダン特別車による非公式自動車お列(上皇上皇后両陛下)。後部ドアに「菊華御紋章」は装着されない
一方、私的なご旅行や行事の際にご使用になる品川ナンバーの自動車は、宮内庁では「特別車」と呼び、「御料車」とは区別している。車種はセダンタイプを基調とし、こちらも宮内庁の仕様によって「特別架装」が施されるため、御料車同様にトヨタ・センチュリーが選ばれている。このほかでは、内廷の皇族である愛子内親王殿下用として品川ナンバーを付けたミニバンも存在し、ご通学のほか御一家お揃いでのお出かけなどに使用されている。
■20年も使い続けている皇嗣殿下のご公務車
秋篠宮皇嗣家 三菱ディグニティ(初代)
秋篠宮皇嗣殿下は、宮家創設時からホンダ、三菱、日産車、近年になり眞子さま佳子さま内親王殿下用にはレクサスLSを導入されるなど皇室車の中では異彩を放っている。現在、皇嗣殿下がご使用されている公式行事用のクルマは、平成12年式の三菱ディグニティで、よほどお気に召していらっしゃるのか20年もの間ご愛用になられている。
秋篠宮皇嗣家 レクサスLS
皇嗣家をはじめとする皇族宮家の自動車については、宮内庁が示す一定条件に則った競争入札により購入が行われている。皇嗣家では、特にどの車をどなたがといった区分はされておらず、その公務や用務によってご家族の方が交互に乗られているようにお見受けする。トヨタのミニバンのほか日産シーマのOEM車である「2代目三菱ディグニティ」があるのも皇嗣家らしい選定だ。2代目は時折、悠仁親王殿下もお使いになられることもある。
秋篠宮皇嗣家 三菱ディグニティ(2代目)
なお、皇嗣家には私有財産で購入したクルマもあるが、これは宮内庁の管理下には置かれず、あくまでもその所有者たる個人により管理されている。過去には上皇陛下(現在は運転免許証を返納済み)もホンダ・インテグラを、皇嗣家では現在も国産のほか外車など数車種の自動車を私有財産として所有している。
皇嗣旗を立てたディグニティ特別車(皇居宮殿南車寄)。皇嗣旗が掲出されたシーンはとても貴重だ
■自動車の宮様
本格的に皇室へ自動車導入を推し進めたのは、明治天皇からの信任も非常にあつかった有栖川宮威仁親王であり、明治38年の海外公務渡欧の折、フランス製自動車ダラック号1台を輸入し、専任のイギリス人運転手1名を雇い入れ一緒に帰国するといった、なんともバイタリティのある、「自動車の宮様」と呼ばれた皇族であった。
そのご尽力により、晴れて大正2年に皇室へ自動車が導入された。初めての御料車は「英国製ダイムラー」であった。その選定の背景には、当時すでに自動車を導入していたイギリス王室の影響もあったといわれる。
それ以降、昭和30年代までは外国製の自動車を「御料車」として使用していた。特に戦時中は、戦局に応じた自動車選びが行われ、敵対国の自動車ではなく同盟国の自動車を率先して使用した。第一次世界大戦中はドイツ車の名が消え、イギリス車が中心となるなど日本を取り巻く世界情勢の影響をも受けた。
■自動車の前身は御料馬車
伊勢神宮親謁の儀の馬車お列(外宮)
天皇のお列を古くは「鹵簿」(ろぼ)と呼んだが、戦後しばらくは馬車のお列を公式鹵簿、自動車お列は略式鹵簿として扱われていた。現在でも皇室の重要儀式では儀装馬車と呼ばれる宮内庁が所有する皇室用の馬車が使用される。令和のお代替わりの儀式でも、立皇嗣の礼でも活躍したが、いずれも一般へのお列公開は行われていないため国民が直接拝見することは叶わなかった。
しかし、皇室馬車を間近で拝見する機会もある。新任の外国大使が我が国に赴任した際に行われる宮中儀式である「信任状捧呈式」では、その大使の送迎に皇室馬車が使用される。東京駅正面玄関から丸の内の行幸通りを抜け皇居正門の間を威風堂々たる馬車列が颯爽と駆け抜ける。
信任状捧呈式の馬車列(東京駅)
この東京駅周辺に馬車が走る日は、宮内庁のHPで時々告知されるが、現在は新型コロナウイルス禍ゆえ掲載は控えられている。
【画像ギャラリー】貴重写真24枚で振り返る皇室のクルマの歴史
以上、皇室の乗り物を簡単に解説させていただきました。興味が沸いた、より踏み込んだ内容が知りたいと思った貴方は、ぜひ貴重な写真と共に皇室と鉄道、自動車、馬車、航空機、船舶の関わりをより詳しく解説した『天皇陛下と皇族方と乗り物と』(講談社ビーシー/講談社刊、5500円+税)をお買い求めいただければ幸いです。
(資料出典:宮内庁、JLNA)
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工藤 直通(くどう・なおみち)
1970年、東京都生まれ。日本地方新聞協会監事、同特派写真記者。10歳から始めた鉄道写真をきっかけに高校在学中から乗り物関係の撮影・出版業に携わる。1984年からお召列車の撮影を通じ、皇室に関心を持つようになり、以降、乗り物を通じた皇室取材を重ねる。2007年からは日本地方新聞協会皇室担当写真記者として取材活動を継続。近年では『ベストカー』ほか週刊誌で、御料自動車やお召列車に関する記事を中心に執筆している。
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