専用アーキテクチャーを手に入れてからの現行ロールス・ロイスは、ドライバーズカーとして世界最高峰に達している。その中でもゴーストは、筆者の往復長距離テストでも1、2を争う総合評価。EV化の前に、V12エンジンを積んだ「自家用車としての1つの極み」を存分に味わいたい。
走りのすべてが12気筒エンジンの賜物
2023年にはフル電動モデルを、そして2030年までにはラインナップの電動化を達成すると表明したロールス・ロイス。確かにこの手の超高級車とバッテリーEV(BEV)との相性はいろんな意味で良い。静粛性を最優先し、近距離移動が主で、重いバッテリー重量を気にする必要がそもそもないからだ。それに給電だって場合によっちゃお抱えドライバーがやってくれる……。
良いことづくめじゃないか。じゃ、スペクター(ロールス・ロイスが23年に出すニューモデルで最初のBEV)を待とう!
もちろんそれでもいいのだけれど、もし筆者がロールスを購えるほどの経済力があったとして、それを今すぐ欲しいと思ったとすれば、おそらくは“待たない”。待てない、のではなくて、積極的に待たない。なぜか。とりあえず今、V12エンジンを積むロールス・ロイスは自家用車として1つの極みに達していると思うからだ。それを存分に味わってからBEVに移行しても決して遅くない。
専用アーキテクチャーを手に入れてからのロールス・ロイス、つまり現行ファントムと、カリナンそしてゴースト、は、ドライバーズカーとして世界最高峰に達している。筆者はこの1年半の間に日本で販売されているほとんどすべての2000万円超級シリーズモデルを東京~京都往復の長距離テストに供してきたけれども、もしその総合評価(欲しいというだけでなく)をランキングしたとするならばカリナン ブラックバッジと新型ゴーストが1位2位を占めたことだろう。どちらを頂点とするか今も悩ましいところだけれど。
そしてその高い総合評価には12気筒エンジンの存在も大いに影響を与えている。ドライバーからみてほとんど“スプリット・オブ・エクスタシー”あたりから聞こえてくるような12気筒エンジンの精緻な唸りが、ドライビングにある種の“心地よさ”を加えていると思うからだ。
右足を通じてエンジンとつながる感覚が確かにあって、その先に目眩く加速がある。素晴らしい足回りのセッティングと相まって、2.5トン以上の巨体を自由に操れているという実感もある。なんならワインディングロードだって心地よいボリュームのエグゾーストノートを伴ってスポーツカー級に駆け上がることができる。それでいて街中では荘厳に静々と動く。全てが12気筒エンジンの賜物だと思える。これを手放して電気モーターで動かすだなんて、まったくどうかしているぜ! とさえ思ってしまう。
贅沢のそのまた先にある至福
東京から京都への高速ドライブはただひたすら至福の連続だった。
12気筒エンジンはずっと猫が喉を鳴らしているような、触っているこちらが心地よいと思える感覚をもたらし続けてくれる。何より直進安定性に優れ、ソリッドな安心感を与えながら車体はフラットな姿勢を保ちながら、速度を増すに連れて腰から下の身体がクルマと溶け合ってしまったような気分になる。視線の高いカリナンの方が正直、その感動は大きいのだけれど、ゴーストにしても普通の乗用車よりは着座位置がまずまず高い。あたりを睥睨する余裕もまた、ロールス・ロイスを駆る魅力というものだろう。
急ぐ旅でなくてもついつい急いでしまうのがクルマ運転好きのサガである。けれどもゴーストに乗っていると、急ごうと思えば全くもって容易に急げるというのに、そんな気分にまるでならない。どんなに速度を上げても安心できるのに、上げようなどとまったく思わない。なるほど「金持ち喧嘩せず」とはよく言ったもので、自分が金持ちでなくてもロールス・ロイスに乗っていればそういう気分になる。大事なことは“身だしなみ”というわけか。
弱点はないのだろうか。ちょっと意地悪になって粗探しをしてみたら、1つだけ見つかった。それは街中、微速域から低速巡航域に至るあたりで不意に乗り心地がゴツゴツ感じる瞬間だ。おそらくはこのアーキテクチャー固有の共振ポイントか何かで、打ち消しきれなかったのだと思う。とはいえ、それも一瞬のこと。良いところを全部忘れて粗探しをしなければ気にならないレベルであった。
そうそう、京都の街中では車両サイズに困るはずだ、と思った方も多いことだろう。もちろん普通のクルマのようにデパートや立体駐車場、コインパーキングに停めようと思えば苦労する。そんなことしなければよかったと後悔する(そんなことをするクルマじゃないと思う)。けれどもロールス・ロイスならば他の停め方だってまた色々あるのだ。お茶ついでに近くのホテルに預かってもらって、なんて芸当もさらりとできてしまうし、ホテルも何だかいつも歓迎してくれる。スーパーカーでもそうだけれど。
ロールス・ロイスは本当に至宝というべき12気筒エンジンをすっかり諦めてしまうのだろうか。もちろんフル電動のロールスも乗ってみる気満々なのだが、とはいえこうして英独エンジン屋の自動車用としての究極ユニットを存分に味わってしまうと、社会からの要求とはいえ惜しげもなくそれを葬り去るという決意に、なんだか切ない気分になってしまった。
否、時間はまだ十分にある。電動化はゴールであってターゲットではない。ならば、どうなるか分からない未来を憂いていたところで詮なきこと。12気筒エンジンを堂々と積んでいる今のロールス・ロイスを、楽しめる方は楽しんでおいた方がいい。未来は必ずやってくる。待つことなど無用だ。それよりも今を楽しめ。電動化前の12気筒エンジンを今のうちに堪能してほしいと思う。
ポスト・オピュレンス。贅沢のそのまた先に。ゴーストの開発コンセプトはなるほど意味深なのであった。
文・西川淳 写真・橋本玲 編集・iconic
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クラウンをクーペデザインから四角いデザインに戻れば買うよ。