現存250台といわれるMk1の1台
1950年代を振り返ると、名車と呼ばれる存在の多さに改めて気付かされる。燃料インジェクションとガルウイングドアを採用したメルセデス・ベンツ300SLや、シトロエンDS、フェラーリ250など、どれをとっても個性豊かだ。
【画像】これがオリジナル モーリス・ミニ・マイナー Mk1 レストモッド版と最新のJCWも 全81枚
なかでも特にデザインという視点で評価すべき1台を、イタリアのデザインスタジオではなく、英国のモーリス社が生み出している。新しい着眼点と解決方法で大きな成功を掴み取った、1959年のミニ・マイナーだ。
今回ご紹介する667 GFCのナンバーを付けたミニは、実はAUTOCARにとっても特別な1台。それを知らずとも、初めて見るような子供から古い思い出を持つご年配まで、スライド式のサイドウインドウへ引き寄せられるように集まってくる。
ボディから露出したドアのヒンジと楕円形のテールライトに、フロアから伸びる長いシフトレバー。最初期型のディティールへ気が付けば、ミニ・マニアのような人も強く関心を寄せるはず。
オリジナルのミニ・マイナー Mk1は、合計2万2000台が生産された。だが、現存すると考えられているのは250台足らず。この真っ赤なクルマは、その1台に当たる。
アレック・イシゴニス氏による天才的なコンセプトが、最も瑞々しく表現されているのが、この初期型だといえる。改良が加えられながら2000年まで約530万台生産されたが、シンプルでアイコニックな成り立ちでいえば、Mk1が1番だろう。
地中海沿いに1万3000kmのグランドツアー
恐らく、生き残ったMk1でも特に状態の良い667 GFCだが、シャシー番号は丁度100番。英国で広く知られる最古のミニの1台、621 AOKのナンバーのクルマより早期に生産されたことになる。
しかし、ボディは1960年のもの。エンジンも同様で、工場から出荷された時期とは一致しない。その理由は、筆者の先輩が関係していた。
1959年の夏に華々しくデビューしたミニは、市民のカーライフを独創的なアイデアで解決した。同時に、モーリス・ブランドを擁していたブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)は、前例がないほど巨大なキャンペーンを世界中で展開した。
100か国で販売される新モデルとして、約2000台の初期型が世界の主要都市へ届けられた。広報用車両としても33台が準備され、自動車メディアに貸し出された後、デモカーとして各拠点へ配置された。
1959年の夏にBMCが用意したMk1のなかで、この667 GFCはAUTOCARと縁が深い。当時のジャーナリスト、ロナルド・ステディ・バーカーとポール・リヴィエールが、長期テスト車両として短くない時間を一緒に過ごしているのだ。
近年の出版業界は厳しい状態にあるが、1959年は予算を潤沢に使えた。今より大胆なロードトリップも可能だった。英国内の自然公園を巡る以上の冒険を実行できた。
その当時計画された内容は、欧州を横断し地中海沿いに北アフリカをまわり、英国へ戻ってくるという1万3000kmのグランドツアー。バーカーはこの自動車旅行でミニの能力を確かめ、BMC側は耐久性を分析できると考えたらしい。
基本メカニズムは量産モデルと同一
本格的に量産が始まる前に工場で組み立てられた、プロトタイプに近い667 GFCのミニ・マイナー Mk1には、長旅に向けた必要最低限の手が加えられた。それでも、基本的なメカニズムは量産モデルと同一だった。
今から60年以上前の、舗装が不完全な道へ対応するため、ボディの下側にはアンダーガードが装備された。燃料タンクは航続距離を伸ばすため、予備の1本が追加された。さらに北アフリカの酷暑に耐えるよう、輸出仕様の6枚ブレード・ファンが組まれた。
夏も終盤を迎えていた、1959年8月26日。レーシングドライバーのジャック・ブラバム氏がスタートフラッグを振り、真っ赤なミニはロンドン・ロイヤル・フェスティバル・ホールを出発した。
若きバーカーとリヴィエールは英国を離れ、フランス北部の海岸にある街、ル・テュケ・パリ・プラージュへ。英国では追跡中のパトカーを追い越し、ドイツではアウトバーンを疾走した。
48kmも続くアルプス山脈のグロースグロックナー峠へ差し掛かると、冷却系へ軽い問題が発生。ラバーにフルードが封入されたハイドラスティック・サスペンションも、激しい上下動に耐えられずダンパー・ブラケットが緩み、操縦性に支障が出た。
それらは、今後の北アフリカでの走りに不安を抱かせた。だが立ち往生することなく、アルプス山脈を登りきっている。
中古車として販売され日本のコレクターへ
危険な中東地域を縦断し、リビアの遺跡群も通過。オーバーヒート気味ながら、北アフリカの渓谷沿いに続く、起伏の激しい道もミニ・マイナー Mk1は走破した。コーナリング性能を、バーカーは積極的なドライビングで確かめたらしい。
ところがその時点で、リアダンパーを固定するピンが金属疲労で破断していた。気付いた時には血の気が引いたと、彼は後に振り返っている。
この冒険ではMk1の走りだけでなく、BMC側の世界的な繋がりにもバーカーは感銘を受けている。ルート上の各都市で、多くの代表者が挨拶に出迎えてくれたそうだ。
一方、出発時点で同社から提供された支援は、ベイルートに届いたスペアタイヤのセットだけだったという。途中、簡単な点検整備を何度か受けたようではあるが。
無事にロンドンへ戻った667 GFCはBMCの研究開発部門に入り、プロトタイプ番号の583に代わって、シャシー番号100が与えられた。1962年に中古車として販売され、ロンドンの西にあるハイ・ウィカムという小さな町でひっそりと暮らしてきた。
1970年代に入ると、地中海を巡る大冒険をした初期型だと判明。日本のコレクターが購入し、1978年以降は東の島国を走ってきた。だが経歴は詳しく調べられることなく、近年まで時間が経過したようだ。
667 GFCの過去が明らかになったのは、レストアのために英国へ戻ってきた時。ミニの専門家によって解明された。
この続きは後編にて。
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