2008年、ロールスロイス ファントムに、エクステンデッド ホイールベース、ドロップヘッドクーペに続く第4のモデル「ファントム クーぺ」が登場した。ロールスロイスはショーファードリブンカーと考えられがちだが、実は1920年代からドライバーズカーの代名詞であるクーペやドロップヘッドクーペなどを連綿と生産、優れたドライバビリティを大きな特徴してきたブランドでもある。今回はスイスとの国境に近いフランスのリゾート地で行われた国際試乗会の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年9月号より)
全長5.6m、重さ2.6トンのボディがスタートから5.8秒で100km/hに
筆者が幼い頃に聞いたロールスロイスにまつわる話。ある富裕なイギリスの企業家が、家族でロールスロイスに乗って長期休暇に出る。ところが片田舎でドライブシャフトが折れるというトラブルが起きてしまう。そこで秘書に電話して修理を依頼する。ずいぶんと時間がかかると思っていたら、翌日ヘリコプターでメカニックとともにパーツが届き、あっという間に修理は終わった。
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数週間後、休暇を終えた件の紳士だがいつまで経っても請求書が届かない。黙っていても悪いと思って電話で名前を名乗り、シャフトの折れたことを伝えると、「ロールスロイスのシャフトは折れません。何かの間違いでは」という返答とともに電話が切れた、というものである。
あるいはロールスロイスを納車する際に、顧客の前でセールスマンが長いボンネットの上にコインを立ててエンジンをスタートさせる。もしコインが倒れたら「すみません、不良品でした、お取り換えします」と、セールスマンがクルマとともに引き下がる。
子供の頃、これと似た話をもっとたくさん聞いたような気がする。そしてロールスロイスはいつもワールドベストカーというタイトルがピッタリの存在感を持っていた。
さて、時代は変わってロールスロイスはBMWの傘下に収まり、2003年に新世代のファントムが誕生した。ほぼ同時期に現れたマイバッハと違い、今や年間1000台を超える確かな販売台数を誇るのは、世界が認めたブランド力にあると思う。
このロールスロイスの最新モデル、ファントムクーペの試乗会が、ジュネーブから西へわずか1時間足らずのスイス国境に近いフランスにあるリゾートホテルで行われた。
ロールスロイスの新車試乗会など滅多にあるものではないが、フレンドリーでアットホームな雰囲気に包まれている。デザイナーのイアン・カラムも同様だが、今回はとくにドロップヘッドに対するフィックスドヘッドというネーミングをなぜ採用しなかったのかという議論で大いに盛り上がった。というのは彼も私も単なる「クーペ」と言う名前が気に入らなかったからである。
さて、クルマの印象に入ろう。長さ5609mm、幅1987mm、高さ1592mmの堂々としたサイズである。イアン・カラムによるデザインはシンプルかつ落ち着きのある伝統重視のもので、フロントエンドはグリルをやや低く寝かせた結果、ファントム リムジンよりも大人しく感じる。スマートが1台、上に乗りそうなほど長いボンネットの下に搭載されるエンジンは、BMW製6.7L V12で、最高出力460ps、最大トルク720Nmを発生する。
そして総アルミボディにもかかわらず、重さは2.6トンもある2ドアのファントムは、ZF製の6速オートマチックを介してスタートから100km/hを5.8秒で加速し、最高速度はきっちり250km/hでリミッターが働くようにセッティングされている。
後ろヒンジの大きなドアを開けると、レザーとウッドとアルミの世界が広がる。巨大なサイズの割にはキャビンにはタイトな感じが漂う。しかし、もちろんリアコンパートメントも含めてスペースには問題はない。
ピクニックトランクとも呼ばれる休憩用のラブチェアにもなるスペースは、ダブルアクションで上下に開き、後部のゲートが下がりフットレストになる。ただし、トランク容量はわずか395Lと小型車並み。ドライブ旅行で荷物が積めなかったら、カローラかゴルフのレンタカーにチェンジするしかない。
あるいはどうしても大きなカーゴルームが欲しいならば、BESPOKE(特殊注文受付カスタマーサービス)に連絡をとって、シューティグブレークにしてもらったらどうだろうか。引き受けてくれるかどうかは保証しないけれど。
この大きさにしては意外なほど曲がりやすい
さて、セレクトレバーをDレンジにセットし、やや重めのスロットルを踏み込むと、巨艦はスルスルと出航する。その長さから来るキャビンの雰囲気はボートのようで、ドライブ中もなぜか自分は船を操る船長になったような気分である。またエアサスによる快適でフラットな乗り心地も、水面を走るようである。
ホイールベースが3320mmと軽自動車の全長ほどもあるので、さぞかし曲がるのに苦労するのではないかと想像するが、タイトなコーナーでも驚くほど俊敏に回ることができる。もちろんステリングホイールは巨大で、グリップもちょっと頼りない。つまりスポーティとは無縁な格好をしているが、それでもBMW以前のロールスロイスとは明らかに違うアクティブな味付けになっている。
実際にハイスピードコーナーでは大きくロールするが、ステアリングからのインフォメーションは確かで、そのままの高いスピードを維持しながらコーナーを脱出することができる。もっともそんなことをするロールスロイス クーペのドライバーは、そう何人もいないはずである。
しかし、さすがにこの巨体を持てあます状況もある。フランスなどの村にある小さな交差点で、家などが迫って建て込んでいて左右の見通しが効かず、かなり前に出ないと安全が確かめられない時である。そうすると突き出したノーズにバイクなどがヒットする危険も出てくる。
そんな状況でとても役に立つのがノーズスカートに設置された2基の前方視認カメラである。このカメラは左右合計で180度の視界を持ち、ドライバーの正面のモニターを通じてまるで潜望鏡で覗くように、左右の安全を確認しながら交差点へ出ることができる。
ロールスロイスのキャビンでiPodやMP3で音楽を聴こうとするパッセンジャーがいるかどうかはわからないが、それでもコネクターはグローブボックスの中に用意されている。また、キャビン内にはちょっと面白い仕掛けがある。ルーフの黒い内張りに1500本のファイバーグラスライトをレイアウトしており、キャビンに星のような柔らかな光を放っている。もし望めば自分の星座や、社用車の場合は会社のロゴを入れることさえ可能である。面白い仕様だがまだ値段が決まっていない。きっと高いだろう。
ところで、このクルマをテストしている間に、とても貴重な体験をした。実は道を間違えてフランスからスイスへ入り込んでしまったのである。もちろんスイスは隣国とは言え、EUに属していないから、とくに国境での税関検問はかなり厳しい。そんなところへ時価5000万円のクルマに対して、分不相応に見えるおかしな東洋人が1人やってきたのだから何も起こらない方が不思議だ。いろいろ質問をされ、とくに1万ユーロ以上持っているかどうかの持ち物検査は30分以上にも渡り、哀れこの無実の日本人が解放されたのは、同じジャーナリストのファントムクーペが同じ国境に迷い込んでくるまで、1時間にも及んだ。
要するにファントムクーペは存在しているだけで周囲の人々に畏敬と羨望の念を起させる。これだけのオーラを放つクルマは、ロールスロイス以外には存在しないだろう。ちなみにこのオーラまでが標準装備となっているファントムクーペの日本でのお値段は、消費税込みで4998万円である。(文:木村好宏/Motor Magazine 2008年9月号より)
ロールスロイス ファントムクーペ 主要諸元
●全長×全幅×全高:5609×1987×1592mm
●ホイールベース:3320mm
●エンジン:V12DOHC
●排気量:6749cc
●最高出力:460ps/5350rpm
●最大トルク:720Nm/3500rpm
●駆動方式:FR
●トランスミッション:6速AT
●最高速:250km/h(リミッター)
●0→100km/h加速:5.8
※欧州仕様
[ アルバム : ロールスロイス ファントムクーペ はオリジナルサイトでご覧ください ]
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