革新的なFF小型車として誕生した「アルファスッド」
イタリアの自動車メーカー、アルファロメオ初の市販FF(前輪駆動)乗用車となった「アルファスッド」は、廉価な小型車であるにもかかわらず、低重心の水平対向4気筒エンジンや4輪ディスクブレーキの採用など、当時の水準をはるかに超える高度なメカニズムを備えていました。
【アルファロメオがパクった!?】これが富士重工の名車「スバル1000」です(写真)
「アルファスッド」は、優れたパッケージングによる広いキャビンとトランク、小型車ゆえの高い経済性に加えて、シャープなハンドリングによるキビキビとした操縦応答性、端正なスタイリングなど大衆車らしからぬ魅力も兼ね備えており、まさに「傑作車」といえるでしょう。
ただ、そんな同車には、昔から富士重工(現スバル)が開発した「スバル1000」をコピーしたという噂が付いて回っています。「アルファスッド」よりも5年早い1966年にデビューした「スバル1000」は、同じく水平対抗4気筒エンジンと4輪ディスクブレーキを採用したFF乗用車であり、ボディサイズも近いことから、こうした説が生まれたようです。
とはいえ、「アルファスッド」の開発プロジェクトがスタートしたのは1968年であり、加えてそれまで後輪駆動モデルしかなかったアルファロメオがまったく系譜の異なる設計やメカニズムのクルマとして「アルファスッド」をリリースしたこと、さらに両車の基本設計があまりにも酷似していたことが、パクリ疑惑に説得力を与えることになりました。
アルファスッドを開発したのはポルシェ博士の愛弟子
ちなみに、この疑惑は海外ではほとんど聞いたことがなく、日本国内でのみ囁かれている都市伝説に近いもののようです。この噂の出所を探っていくと、2014年に亡くなった自動車評論家の故・徳大寺有恒さんへとたどり着きます。
徳大寺さんは、1976年に刊行された『間違いだらけのクルマ選び』(草思社刊)をはじめ、自著で度々この説を唱えています。彼が根拠として挙げていたのは、「アルファスッドの発表前にミラノのテストコースを訪れたところ、何台ものスバル1000が並んでいるのを、この目で見た」という自身の実体験でした。
結論から言ってしまうと、前出の説は事実ではありません。そもそも「アルファスッド」の開発に当たったルドルフ・ルスカさんは、ボヘミア出身のオーストリア人です。戦前は同郷のフェルディナント・ポルシェ博士のもとで「Kdfワーゲン」、いわゆる「ビートル」の愛称で知られるフォルクスワーゲン「タイプ1」の開発に携わっていたという経歴の持ち主で、ポルシェ博士とはいわば師弟関係にあった人物です。
戦後、ルスカさんはイタリアに職を求め、チシタリアを経てフィンメカニカ(現レオナルドS.p.A.)に就職。ここでアルファロメオ「1900」の技術コンサルタントを務めたことをきっかけに、オラツィオ・サッタ・プリーガ技師の要請を受けてアルファロメオに移籍。1954年には同社初となるFF試作乗用車の「ティーポ103」の開発に携わっています。こうした過去の経歴から、「アルファスッド」の開発に当たっては水平対抗エンジン+FFという選択肢を採ることに迷いがなかったのでしょう。
ルスカさんは1995年に日本の自動車雑誌のインタビューに応じており、その中で「アルファスッド」以前に存在したFF乗用車のランチア「フルヴィア」とロイト「アラベラ」の名を挙げて、「これらなどに影響されたわけではない」とキッパリと答えています。気になるのは“など“の中に「スバル1000」が含まれるかどうかですが、この場合は“含まれている”と見るのが妥当だと筆者(山崎 龍:乗り物系ライター)は考えます。
アルファロメオは「スバル1000」を入手してテストしていた!?
ただし、ルスカさんが「スバル1000」の存在をまったく知らなかったかと言えば、どうやらそんなこともないようです。
筆者は、ひょんなことから徳大寺さんがミラノのテストコースで見たという「スバル1000」の正体を知りました。それは都内にある老舗のフランス車専門店を訪れたときのこと。この店の社長が輸入車ディーラーの日英自動車(当時)に勤務していたときの昔話を聞かせてもらうと、彼はだしぬけに「徳大寺さんがアルファロメオ本社で見たっていう『スバル1000』ね。じつは、オレがイタリアに輸出手続きをしたんだよ」と言い放ったのです。
彼に詳しく話を聞くと「あれはたしか……、1960年代後半(筆者注:おそらくは日英自動車がアルファロメオの販売権を取得した1968年以降だと推察)のことだったと思う。ある日、アルファロメオ本社から『大至急、日本のスバル1000を送ってくれ』って依頼が舞い込んできたんだよ。それで富士重工の販売店に急いで注文してイタリアへと輸出したんだ。その手続きを任されたのがオレでね。多分、5 6台は送ったんじゃないかな」と語ってくれました。
「アルファスッド」にまつわる都市伝説についても尋ねると、「ルスカが存在を知らないってことはないと思うが、オレがイタリアに『スバル1000』を送った時期を考えれば、アルファロメオがコピーしたとは考えられない。ある程度開発が進んだ段階で『スバル1000』の存在を知ったんだろうね。それで試作車の比較評価用に実車が欲しかったんだと思うよ」との見解を示していました。
この証言が事実ならば、徳大寺さんがミラノで見た車両との整合性が取れます。どうやら「アルファスッド」は「スバル1000」をコピーしたわけではないようですが、実車を入手して調査や比較試験は行ったようです。
それでも、いまだに「アルファスッドはスバル1000のコピー」という噂話が方々で聞こえてくるのですから、徳大寺さんの影響力の大きさと、まだまだ成長途中であった日本車がヨーロッパの名門自動車メーカーに多大な影響を与えたという物語性が、日本人の心に大きくしみたのを改めて感じずにはいられません。
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みんなのコメント
主な目的は他社や自社が特許に抵触していないか調査する目的が大きいと思います。
当時は量産FF車の出始めた時期ですから、どのメーカーも他社のくるまを購入して研究していたことでしょう。
一体何を知りたかったのか…
恐らくは、同車の優れたハンドリング特性ではなかったか。
CVJやDOJ等の等速ジョイントやインボードブレーキ等々…
さらにはFF車で問題になるハンドルの重さを、いかに解決していたか。
彼らはランチア・フラビア等の先例で、その問題をよく知っていたはずである。
スバルが考え出したのは、転舵軸とタイヤのトレッド中心線がほぼ一致する
「センターピボット方式」という設計だった。
まだ大衆車にパワステなど高価なパーツが使えなかった当時、スバル1000の
FF、しかもノンパワステでありながら軽快なハンドリングは、同時期にFF車を
開発していたアルファロメオを始めとする他社の開発陣にとっては、大いに
参考にすべき事例だったのではないだろうか。