伝説的チューンドGT-Rの今を追う
当時と変わらぬオーラ、エス・ロックは再び舞う
アメリカ西海岸、カリフォルニア州のアーバインにあるGPP(グレッディ・パフォーマンス・プロダクツ)本社。薄暗いガレージの中に、異様な存在感を放つ一台のBCNR33が置かれていた。その正体は、日本のチューニング界をリードする名門パーツメーカー“TRUST(トラスト)”が、90年代中盤に製作した伝説的チューンド「トラスト・グレッディRX S-ROC」である。
「ストリート・ロケット」を意味するS-ROCの戦闘力は凄まじく、エアコン&オーディオ付きの完全なるストリート仕様でありながら、谷田部テストでは0−300km/h加速23秒15、最高速320km/hオーバーという高記録をマーク。記録のためには手段を選ばない、勝利至上主義が蔓延していた当時のチューニング業界に総合性能の重要性を問い直し、トップチューナー達に大きな影響を与えたマスターピースだった。
そんなS-ROCに、ひとかたならぬ想いを持つ人物が、GPPの代表を務める住野健二さんだ。アメリカに駐在していた日本人の両親のもとに生まれ、ずっとアメリカで育った住野さん。生粋のクルマ好きだったことから、就職先に選んだのが1994年からアメリカに進出していたトラストの現地法人であるGPPだった。
就職後すぐに研修のため日本のトラストに出向となり、1995年の8月から約6ヶ月間、日本に滞在。その時に携わったプロジェクトが、1996年の東京オートサロンに向けて開発が進められていたS−ROCだったのである。
しかし、それから20年以上の時が流れたことで、徐々に人々の記憶から消え去ってしまったS−ROC。チューニングカー史の引き出しにひっそりとしまい込まれた格好となっていたのだが、ある時その存在が再び脚光を浴びる機会が訪れた。そのきっかけとなったのが、住野さんがインスタにアップしたS−ROCの写真。当時の思い出を振り返りながら何気なくポストしたつもりだったのだが、なぜか見ず知らずのアカウントからスペイン語のコメントが多数寄せられてきたのである。
それらのコメントは、なんとS−ROCが今は南米パラグアイにあることを知らせる内容で、ほどなく祭り状態と化していた住野さんのコメント欄に、所有者からも直々にメッセージが届くという奇跡的な展開へと発展。住野さんは約一ヶ月に渡ってパラグアイのオーナーとDMでやり取りを繰り返し、条件次第では譲っても良いという話になったそうだ。
住野さんは知人であり、熱心なJDMコレクターとして知られるサンディエゴの「HIVE(ハイブ)オートガレージ」と相談を重ね、歴史的なアイコンがGPPの元に戻るのであれば協力しようということで交渉が成立。HIVEが新たな所有者となり、S−ROCは再びカリフォルニアの地を踏むこととなったのである。
2000年代初頭に日本国内のコレクターに売却されていたことは分かっていたS−ROCだが、パラグアイの前オーナーは2015年に購入していたとのこと。ターボレイアウトがどこかのタイミングでT88-34Dのシングル過給に変更されているが、住野さんはいずれオリジナルのT67ツインターボへと戻したい意向を示している。
そして、燃料系にはゴミや南米特有の赤砂が蓄積されていたため、デリバリーの交換やインジェクターのクリーニングなど、フルリフレッシュを実施。新たにボッシュ製の燃料ポンプ3基を使用したRadiumのインポンプ式コレクターを搭載し、現代的な燃料供給システムにアップデートした。
ホイールは当時と同じパナスポーツのG7 C5C-IIを装着。タイヤはさすがに交換され、現状では275幅から265幅にサイズダウンしたポテンザスポーツが組み合わせられていた。
ブレーキはオリジナルが当時のスーパーツーリングカーに使用されていたブレンボ製(F8ポット/R4ポット)だったのに対して、現在はGREX ALCONの4ポットシステムに変更済み。
おそらくサスペンションもオリジナルのGREXから変更されているようだが、詳細は不明だ。
最高速テストで車両の状態を正確にモニターできるよう、無数の追加メーターが備えられたコクピット。スピードメーターは360km/h、タコメーターは13000rpmまでスケールが刻まれている。
ブルーとイエローのトリムが使用されたフルバケットシートとリヤシートは当時のまま。ステアリングは交換されているが、しっかりとカラーコーディネイトされているところに、歴代オーナーの拘りが見て取れる。
センターコンソールにはブースト制御用のPRofec-B、追加インジェクターをコントロールするRebic IVを装備。
当時から大きな話題となったブルーメタリックのボディカラーは、一周回ってSNS全盛の現代では新鮮に映るから不思議なもの。GRACERとして展開されたトラストのエアロパーツは、RX S-ROC用にフロントスポイラーや2枚羽根のリヤスポイラー、さらにサイドスカート、リヤアンダースポイラー、エアロミラー、ボンネット先端のフードトップスポイラーなどが開発された。
今、再び80~90年代の日本のスポーツカー人気が活況を呈しているアメリカ西海岸。歴史の生き証人でもあるトラスト・グレッディRX S−ROCは、その数奇なストーリーとともに、真の価値あるチューニングカーとして後世まで語り継がれていくに違いない。
Photo:Akio HIRANO Text:Hideo KOBAYASHI
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