1980年が明けたばかりの頃、一枚のスケッチがスズキ本社に届けられた。それまで世界中で誰も見たことがないオートバイらしからぬデザインのそれはED2=ヨーロッパ・デザイン2号機と呼ばれた。GSX1100S カタナが地平線の向こうで光を放ち始める。
この記事は月刊オートバイ2011年8月号の別冊付録記事を加筆修正しています。
文:中村浩史/写真:松川忍/車両協力:ユニコーンジャパン
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スズキ「GSX1100S KATANA」誕生の歴史
「ダサい」イメージを一撃で葬り去る「カタナ」
1970年代中盤、初の本格的排気ガス規制とよばれる「昭和53年規制」が制定され、もはやオートバイといえども、クリーンな排出ガスのエンジンを開発するのが、メーカーの急務だった時期だった。
その頃のスズキは、国内では最後発の4ストロークエンジンメーカーとして、1976年にGS750を、1977年に1000を発売。全開2万kmテストという過酷な難関をクリアした耐久性、軽量で高剛性な車体による操縦安定性が評価され、まずは無難なスタートを切ったばかりだった。
4バルブエンジンの開発も進められ、1979年にGSX1100が完成。しかし、同時にスズキは、ある新しい「課題」にも取り組まなければならなくなった。それがオートバイのスタイリングデザインである。
「アメリカやヨーロッパの現地スタッフやジャーナリストが、スズキのオートバイは、当時のはやり言葉で『ダサい』と言うんです。確かに性能はいいけど、恰好がよくない、とね。これは悔しかった。せっかくスタッフが最高のバイクを作ってるのに。ダサいとはなにごとか、って」とは、当時のスズキ2輪設計部を率いていた名物エンジニア、横内悦夫さん。
同じころ、ドイツのバイク雑誌「ダス・モトラッド」主催で、オートバイのデザインコンペが行われていた。ホンダ、ヤマハ、スズキ、MVアグスタを対象としたこの企画に、ドイツスズキはGS850を提供。GS850は、すでにスズキとは4輪のフロンテクーペや、ロータリーバイクRE5で交流のあった、ジョルジェット・ジウジアーロが担当する。
「ジウジアーロのデザインは、そう心を動かされるものではありませんでした。でも、MVを担当したターゲットデザイン社のモデルがすばらしかった。このイメージでスズキの新しいモデルをデザインしてもらえないかと、お願いしたんです」とは、当時のヨーロッパ営業課長であった谷雅雄さん。
これが、カタナ誕生のきっかけだった。スズキのオファーを快諾したターゲットデザイン社の担当者は、あのハンス・ムート。ムートと、彼のパートナーであるハンス・カステン、ジャン・フェルストロームは、まずED1=GS650Gを手掛け、そしてED2=GSX1100をベースにデザインを開始。このページに掲載したスケッチは、ムートが日本刀をイメージし、GS650Gと共に「カタナ」と名付けたGSX1100S。まさに、カタナ誕生の瞬間となったのだ。
スズキ「GSX1100S KATANA」の主なスペック
●エンジン形式:空冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ
●内径×行程(総排気量):72.0×66.0mm(1075cc)
●最高出力:111PS/8500rpm
●最大トルク:9.8kg-m/6500rpm
●ミッション:5 速リターン
●ブレーキ形式前・後:ダブルディスク・ディスク
●全長×全幅×全高:2260×715×1205mm
●タイヤ前・後:3.50-19・4.50-17
●燃料タンク容量:22L
●ホイールベース:1520mm
●乾燥重量:232kg
●輸出車
1981年に初期型SZが市販開始。カウルからタンク、サイドカバーに至るデザインも斬新だが、美しいシルバー塗装のエンジンや滑らかなパイプフレームの仕上がりも見事だ。仕向地には欧州各国をはじめ、北米、オーストラリア、南アフリカ、シンガポールなど多くの仕様があった
スズキ「GSX1100S KATANA」各部装備・ディテール解説
20 年に渡って現役として愛される。こんなオートバイ、「カタナ」をおいて他にはない。
わずか半年あまりでターゲットデザインはプロトタイプを完成させ、1980年夏の西ドイツ・ケルンショーに姿を現したカタナ。それまで見たこともない斬新でシャープなデザインと、「KATANA」、すなわち抜き身の日本刀をイメージしたダイレクトなネーミング、シルバーのカラーリングで世界に衝撃を与える。
ショー会場の人だかりを見て急遽アンケートを作成し、来場者に5段階評価を付けてもらったところ、「結果は5か1のどちらしかない。つまり、『非常に悪い』を除けば、『非常に良い』しか残らない。こりゃいいぞと。発売はこれで決まったようなものでした」(前述・横内さん)。
誰もがショーモデルとしか思わなかったGSX1100Sカタナだったが、翌1981年秋にマフラーを2本出しとし、小ぶりなスクリーンを追加するなど、機能面で若干の手直しを加えただけで市販を開始。再び世界を驚かせる。
それまでの日本車といえば、今で言うネイキッドスタイルかせいぜいビキニカウルが装着されている程度で、ここまで斬新で過激なスタイルを持った市販車が、日本のメーカーから発売されるとは到底考えられなかったのだ。
かくしてカタナはスズキの新しいフラッグシップモデルとして、世界中のライダーから高い評価を獲得するに至り、一大カタナ旋風を巻き起こしたのだった。
1983年にはSD型となり、1980年前後のスズキ車の象徴でもあった星型キャストホイールをオーソドックスなデザインの6本スポークに変更。カラーリングはブルー×シルバー、レッド×シルバーのツートーン2色とし、エンジンとフロントフォークボトムケース、リアクッションスプリングもブラック仕上げとなった。
特徴的なバックスキン調のシート表皮は「汚れやすい」との声を受けて一般的なビニールレザーに変更。ハンドル外端部の形状も見直される。
1984年のSE型ではカラーリングを変更。この頃から円高によってカタナの相場価格が日本では大きく下がり、正規販売店が逆輸入車の取り扱いを積極的に始めたこともあって逆輸入台数が増加。
1987年型を最後にスズキはカタナの生産ラインを撤収するが、カタナ人気が再燃。スズキ創業70周年記念モデルとしてカタナを再生産。当初は1000台限定であったが、継続して生産され、1991年にはレッド×シルバーも追加された。
1994年には95馬力の正規国内仕様が発売され、2000年にはファイナルエディションが1100台限定で登場。大好評のうちに、即刻、完売となった。
GSX1100S カタナの系譜
1981年 GSX1100S カタナ
サイドカバー部の大型チョークダイヤルなどデザイン面の注目度は抜群。GSX1100Eベースのエンジンはファインチューンで6PSアップを達成。
1983年 GSX1100S カタナ (SD)
通称SD。シルバー1色の外装パーツがツートーンとなり、エンジンやフロントフォークボトムケースも黒に。ホイールは6本スポークへ変更。
1984年 GSX1100S カタナ(SE)
SEと呼ばれるモデルで、前作にあたるSD同様のツートーンカラーを採用。レッドの部分が拡大し、テールカウルもブラックとなる。
1990年 GSX1100S カタナ
スズキ創業70周年を記念モデルとして、限定1000台がこの年に再販された。ブレーキレバーやホースなどが変更された他はSE型と同じ内容。
1994年3月 GSX1100S カタナ
大型オイルクーラー、電動パワーアシストクラッチ、リザーバー別体リアショックなど、豪華装備を満載して国内市販。ファンの熱いリクエストに応えた。
2000年3月 GSX1100S カタナ
最終モデルとして1100台限定の「ファイナルエディション」が登場。FブレーキはΦ300 mmローター+4ポッドキャリパーになり、チューブレスタイヤ採用。
GSX750Sの系譜
1982年2月 GSX750S
国内向けの750ccバージョン。当時の規制により極端なアップハンドルに変更。スクリーンも外され、1100から大きくかけ離れたスタイルとなった。
1983年3月 GSX750S
認可基準の見直しでスタイルが1100に近づいた750カタナの2型。シート形状も変更を受けた。さらに当時流行のフロント16インチホイールまで採用。
1984年3月 GSX750S カタナ
750カタナの3型リトラクタブルヘッドライトが特徴のスズキ社内デザインに。空冷最強の77馬力エンジンはTSCC装備で、サスはフルフローター。このモデルで車名が正式に「GSX750S カタナ」になる。
1986年2月 GSX750S カタナ
リトラクタブルライトが印象的な後期の750カタナだが、メタリック塗装を採用し、フレームはシルバーとしたこの1986年型が最終型となった。
GSX250S カタナ/GSX400S カタナの系譜
1991年5月 GSX250S カタナ
細部に至るまで、250ccにサイズに合わせてそのまま縮小したかのように再現。手軽にカタナスタイルを味わえるモデルとして人気を集めた。
1992年4月 GSX400S カタナ
250と同様に、1100カタナのスタイルを400ccクラスの車体サイズで忠実にスケールダウンしつつ再現。エンジンはGSX-R 400譲りの水冷直4エンジンだ。
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文:中村浩史/写真:松川 忍/車両協力:ユニコーンジャパン
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