2009年9月、フランクフルトモーターショーでメルセデス・ベンツ SLS AMGが発表されて大きな反響を呼んだ。それまでメルセデス・ベンツの各モデルのチューニングを手掛けていたAMGが初めて完全に独自開発したモデルを発表したからだ。メルセデスのAMGモデルとも、SLRマクラーレンとも違うハイパフォーマンスモデル、このスーパースポーツモデルの狙いはなんだったのか。今回は2009年秋にアメリカで行われた国際試乗会の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2010年1月号より)
AMGのアイデンティティを確立させるため企画がスタート
0→100km/h加速がわずか3.8秒で、最高速はリミッター制御で317km/h。その上で、何よりもガルウイング方式のドアがシンボリックな存在であるSLS AMGが「SLRマクラーレンの後継モデル」と受け取られるのは、ある面で「必然」でもあるだろう。
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しかし当のAMGは、このニューカマーを「フェラーリ430やポルシェ911ターボ、アウディR8 5.2などと同格のスーパースポーツで、SLRマクラーレンのような『スーパーカー』ではない」と言い切る。
その理由は「当初から低価格をターゲットに開発してきた点や、台数限定モデルではない点。それゆえに、生産キャパシティやコスト面に課題を残すカーボンモノコック式ボディの採用を当初から考えなかった点などにある」という。
すなわち、SLRマクラーレンに比べれば「はるかにアフォーダブル(=手頃な価格)なスポーツカー」というのが、このモデルに対するAMGの基本スタンスである。
ところで、SLS AMGの姿を初めて目にした人は、例外なく次のように考えることだろう。「これは、往年の名車である300SLへのオマージュを礎に開発された、現代へと蘇ったSLなんだな」と。
しかし、自分も抱いたそんな思いが実はまったく誤ったものであったことが、小さな所帯ゆえか、どんなジャンルの質問に対しても即座に適切な回答を返してくれるAMG本社広報担当者へのインタビューで明らかになった。
まず、このモデルの開発のきっかけとなったのは、2005年に新社長が就任してボードメンバーとの意見交換会が開催されたこと。この時、5人のボードメンバーがAMG社に対して各々があまりに異なる見解を抱くことに危機感を覚えた新社長は「ここはAMGのアイデンティティを確立させるためにも、1つの作品を創るべき」と、それまでのAMG社では経験がない新型車両の総合プロデュースという案を思い付いたという。
社内で新たなスポーツカーのレイアウトを描いて親会社であるメルセデスにその案を示すと、「これって昔の300SLに似ているね」という話題に。そんなプロセスを経て、2006年春に正式なプロダクション化へのGOサインが与えられ、生産化に向けての作業がスタートするに至ったという。
つまり、プロジェクト発足当初には「300SLへのオマージュ」などという思いはまったくなく、ましてや「ガルウイングドア」のアイディアなども存在しなかった。こうして「数奇な運命(?)」の下に誕生したのが、SLS AMGというモデルである。
あらゆるシーンで走りの力強さを実感させられる
前述のように、より合理的な生産性やコスト的要因を踏まえつつスーパースポーツカーとして相応しいポテンシャルをも獲得すべく、SLS AMGの骨格として採用されたのは、オーストリアに拠を構えるマグナシュタイア社で製作されるアルミスペースフレーム式のボディだ。
さすがにSLRマクラーレンが用いたカーボンモノコック方式に敵うはずはないものの、それでも単体重量で241kgと軽いボディのフロントアクスル後方にマウントされるのは、ドライサンプ化によって重心高を落とし、吸排気系をメインとしたリファインやドライサンプ方式を生かしてクランクケース内の残留圧力をパワーアップに活用する「ガススプリング理論」などを用いて最高出力571ps/最大トルク650Nmを発する、純AMG開発によるV型8気筒エンジンだ。
すでに、各「63AMG」シリーズに搭載されて定評ある6.2Lユニットをベースに開発されたこの心臓は、前述のような様々なポイントに加えて、トータルでは120種類以上ものパーツをリファインしたことで、型式名もM156型からM159型へと変更。徹底した軽量化も図られ、クランクケースで4kg、ピストンの鍛造化でトータル500g、スチール製のボルトをアルミ製に改めることで600gと様々な部位で減量化に励んだ結果、205kgとこのクラスでトップレベルの軽さを達成しているのも特徴だ。
その心臓が発する強大な出力が、強固なアルミ製のトルクチューブ内を走る、こちらも重量わずかに4.7kgと超軽量なカーボンファイバー製プロペラシャフトと7速DCTを経由し、路面を蹴り上げてSLS AMGのボディを加速させる姿はダイナミックそのもの。トランスミッションがC(コンフォート)モードでもしっかり1速ギアから発進を行うので、力強さはあらゆるシーンで文句なしだ。
その加速シーンでのワクワク感を盛り上げるのが、いかにもスポーツチューンが施されたV8エンジンらしい、派手で逞しさ抜群のサウンド。その迫力ある音色は、キャビン内ではまるでミッドシップモデルのごとく背後から耳に届くのが面白い。
一方で、クルージング時のサウンドレベルは良く抑えられている。ここでは、メルセデスファミリーの一員らしいボディコントロール性の高さが生み出すフットワークのフラット感と相まって、なかなかのグランツーリスモ的キャラクターも披露してくれる。
ピュアなスポーツモデルとしてAMGが描いた具体的な姿
SLS AMGのハンドリング感覚は、フラッグシップスポーツカーらしい重厚感をベースとした上で、「いかにも」なスポーツカー的で俊敏なテイストが特徴。
カリフォルニアで行われた今回のテストドライブでは、フリーウエイやワインディング路を含んだ一般公道を標準仕様モデルで走行。15mもの高低差を一気に駆け下りるシケイン「コークスクリュー」で名物なラグナ・セカでのサーキットドライブでは、スプリングレートに10%、ダンパー減衰力に30%ほどのハードチューンが施された、オプション設定の「パフォーマンスサスペンション」仕様で走行したが、いずれにしてもそうした走りの基本イメージには変わるところはなかった。
比べなければこちらも十分スポーティなフットワークテイストが味わえる既存モデルのSL63AMGの走りも、基本骨格やパッケージから「ピュアスポーツカー専用」に構築されたSLS AMGを知った後では「ごく当たり前の乗用車」的な感覚を受けてしまいそうである。
ちなみに、SLS AMGの走りでは、何とも心地良く信頼感に富んだ減速フィールにも感銘を受けた。
車両重量に対してキャパシティが十二分に確保されたブレーキシステムを備えることや、イニシャル状態でわずかにリアヘビーという重量配分が、前輪側での強力な効きに加えて後輪側でも高い制動力をしっかり発生させていることがその要因として推測できる。
サーキット走行に供されたテスト車には全車オプション設定の「セラミックコンポジットブレーキングシステム」が装備されていたが、公道走行用の車両ではおよそ半数がそれを装備。フロント用ディスクローターで1枚当たり5.6kg、リア用は同じく4.1kgというアイテムによるバネ下重量の軽量化は、荒れた路面への追従性向上とバタ付き感の削減という点に大きな成果をもたらしていることを実感した。
一方で、わずかなペダル踏み込み量で急激に減速Gが立ち上がるという、ややトリッキーな特性には違和感を覚える人もいるかもしれない。その選択は、サーキット走行の可能性を踏まえた用途と好みの問題になりそうだ。
SLRマクラーレンと入れ替わるかのようなタイミングで誕生したSLS AMGは、なるほどメルセデスきってのスポーツカーであることは間違いない。「ピュアなスポーツモデルが存在しない」ことをラインナップ上のウイークポイントと捉えていたメルセデスファンも、これで大きく溜飲を下げることだろう。
しかし「当初、(AMGの)社内では別のネーミングが考えられていた」という証言もあるように、実はこのモデルはAMGが将来的に「より独立した立ち位置」を欲していることを示す、具体的な一例という受け取り方もできなくもない。
そうした点では、メルセデスとAMGという2つのブランドにおける裏での「駆け引き」も、ちょっと気になるモデルなのである。(文:河村康彦)
メルセデスベンツSLS AMG 主要諸元
●全長×全幅×全高:4638×1939×1262mm
●ホイールベース:2680mm
●車両重量:1695kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:6208cc
●最高出力:420kW(571ps)/6800rpm
●最大トルク:650Nm/4750rpm
●トランスミッション:7速DCT
●駆動方式:FR
●EU総合燃費:7.6km/L
●タイヤサイズ:前265/35R19、後295/30R20
●最高速:317km/h (リミッター)
●0→100km/h加速:3.8秒
※EU準拠
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