国内の日産のラインアップから、またひとつ、伝統的なモデルの名が消えた。1982年から40年にもわたって販売されてきた、日本を代表するコンパクトカー「マーチ」だ。2022年末に、ひっそりと販売を終了している(2022年8月末で日産タイ工場での日本向けモデルの生産終了、各販売店で在庫販売のみとなっていたが、それも終了したということ)。
日本のみならず、「マイクラ」として販売された海外でも評価されてきた、マーチ。日産はなぜマーチをなくしたのか。
さらば日本の名門コンパクト!! 日産がマーチ絶版に踏み切ったのは「前へ進むため」…??
文:立花義人、エムスリープロダクション
写真:NISSAN
コンパクトで高効率パッケージ、ホットハッチとしても支持された初代
初代マーチが登場したのは、1982年のこと。前年の東京モーターショーに参考出品され、その後一般公募で「マーチ」という名がつけられた。イタリアデザイン界の巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロが手掛けた基本デザインと、コンパクトなボディでありながら大人5名がしっかり乗れる高効率パッケージが特徴のモデルだった。
初代マーチは、マーチのワンメイクレース「マーチカップ」の開催や、1985年のマイナーチェンジで追加された、「マーチターボ」などによって、ホットハッチとしての資質に注目する若者にも支持されるモデルに。1989年に登場した後期型では、量産車としては珍しいスーパーチャージャー+ターボを搭載した「スーパーターボ」を設定。搭載される1.0Lエンジンの最高出力は81kW(110ps)/6,400rpm、最大トルクは130.4Nm(13.3kgm)/4,800rpmというスペックで、車両重量770kgの軽量ボディにパンチの効いた加速をもたらしてくれた。
1982年デビューの初代マーチ。ジウジアーロデザイン、軽量コンパクトで高効率パッケージ、CMには人気絶頂のアイドルを起用と気合いの入ったモデルだった
世界で高く評価された2代目、国内最終型となった4代目も魅力的なモデルだった
2代目マーチは1992年1月に登場。9年3ヶ月ぶりのモデルチェンジとなった2代目では、ジウジアーロのシャープなデザインから一転、角の取れたやわらかなフォルムに生まれかわった。また、ホイールベースを60mm延長し、室内空間の快適性を向上。エンジンは1.0Lの他、1.3Lも用意されDOHC化されたが、ターボのラインアップはなくなった。
この2代目からマーチは、日本だけでなく欧州市場を意識した開発が行われ、ベーシックなモデルながら、落ち着いた雰囲気としっかりした質感で世界的に評価された結果、日本、欧州でそれぞれカー・オブ・ザ・イヤーを受賞。クラシカルな外観の「ボレロ」や「ルンバ」、「ポルカ」(オーテック扱い)なども個性的で魅力があった。
3代目は2002年3月に登場。すっかりグローバルモデルとして成長したマーチはボディサイズを拡大し、マーチの売りでもあるパッケージ性能をさらに向上。新開発の可変バルブタイミング機構付き1.2Lと1.4LのCR型エンジンを搭載し、後輪を必要な時だけモーターで駆動させるe-4WD、インテリジェントキー、サイド&カーテンエアバッグ、ブレーキアシスト、ABS、EBDなど、クラスを超えた最新の装備内容も魅力的だった。
国内最終型となった4代目は、2010年7月に登場。この4代目の国内モデルは、タイで生産されたものが販売された。新開発の1.2L 3気筒「HR12DE」エンジンを搭載し、燃費を向上させるパワートレインとの組み合わせで新しい燃費基準にも対応。マーチの「親しみやすさ」をデザイン面で継承するとともに、メーター内のディスプレイにタイヤの向きやステアリングの切れ角を表示させる機能や、毎日のあいさつ、記念日を自動的に表示する「フレンドリーメッセージ表示機能」を装備、機能面でも強化を図っていた。
1992年、世界戦略車として登場した2代目マーチ。軽快なエンジンとゆとりのあるパッケージ性能で人気となり、日本車として初めて欧州カーオブザイヤーも受賞した
マーチをなくしたのは、日産が「前に進むため」
単純に、マーチがもっと売れていれば販売終了にはならなかったといえばそうなのだが、マーチは、全く売れていないのかといわれると、とそうでもない。2022年の販売台数は8,200台と、ギリギリではあるが上位50位以内に入っている。人気のコンパクトSUVカテゴリーである三菱「エクリプスクロス」(7693台)や、マツダ「CX-3」(8,409台)に近い数字だ。
日産は、2005年に新世代戦略のモデルとして「ノート」をリリースしている。時代に合わせた高効率パッケージとモダンなデザイン、質感の良いインテリアが特徴で、現在の日産を支える、基幹車種だ。このノートにコンパクトクラスの主力をスイッチした、というのが、マーチが廃止されたもっとも大きな理由なのだろう。ちなみに、ノートの2022年の販売台数は、110,113台。実にマーチの13倍だ。
マーチはノートよりも小さいモデルではあったが、日本では軽自動車の需要が高いので、ノートよりも小さいモデルとしては、デイズやルークスがその役割を担うことができるし、バッテリーEVの「サクラ」もある。日産としては、これらよりもニーズが少なくなっていたマーチを、コストをかけて残すよりも、売れ筋モデルのさらなる進化や、ニューカマーの開発に投資したいと考え、マーチを廃止する決断に至ったのだろう。前進するためには、そこそこ需要があっても躊躇いなく整理するというのが、日産のひとつの戦略なのかもしれない。
進化した第2世代e-POWER専用モデルとして2020年に登場したノート。2022年の電動車販売で1位を記録するなど絶好調で、日産の電動化戦略に欠かせないモデルとなった
◆ ◆ ◆
「マーチ」という名は途絶えてしまったが、マーチは海外で「マイクラ」として、いまも元気に活躍している(海外のマイクラは、2017年にモデルチェンジしており、国内最終型となったK13型からK14型へとなっている)。
また、次期型マイクラが小型バッテリーEVとして計画されており、日産とルノーが共同で新開発したCMF B-EVプラットフォームを使用し、ルノーからは「5(サンク)」、日産からは「マイクラ」として発売するという。次期型マイクラのティザー動画では、まるでK12マーチ(マイクラ)を彷彿とさせる楕円形のヘッドライトリングやキャビン形状がみてとれた。ボディサイズも、フィアット新型500(バッテリーEV)といった、Aセグメントサイズのようにみえ、スタイリッシュで先進的とはいえないが、最先端の中身とは対照的に、クラシカルな雰囲気をまとったオシャレでかわいいデザインのようだ。
欧州日産の会見で公開された、短いプロモーション映像からのスクリーンショット。LEDのヘッドライトと、デイタイムライトが光る正面顔のフォルムは、まさに「マーチ」だ
このモデルが、日本でマーチとして販売されるのでは? との期待もあるが、国内の小型バッテリーEVとしてはサクラがあることを考えれば、同じようなサイズのバッテリーEVを用意するほど日産に余力があるとは思えず、あまり期待をしないほうがいいだろう。ただ、次期マイクラにマーチを感じられることは、日産のマーチに対する敬意とも考えられ、よかったな、と思う。
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