■ミウラはもともとランボルギーニ若手有志の課外活動だった
「スーパーカー」というジャンルのパイオニアと目される歴史的名作ランボルギーニ「ミウラ」の起源は、1965年11月に開催されたトリノ・ショーのランボルギーニ社ブースに参考出品された、V12ユニットを鋼板スペースフレームに横置きミッドシップ搭載したローリングシャシまで遡ることができる。
イオタの幻影、ミウラSVJ1号車がポロストリコでフルレストア完了
のちのミウラの正式名称「P400」に、シャシを意味するイタリア語Teraioの頭文字「T」を組み合わせて、現在では「TP400」と呼ばれているこのシャシは、1963年にランボルギーニ社へとヘッドハントされてきた設計者のジャンパオロ・ダラーラと、同僚のパオロ・スタンツァーニ、テストドライバーのボブ・ウォーレスら若手スタッフたちが、夕食後になにげなく語り合った、いわば雑談からスタートしたものだったといわれている。
若くて血気盛んな彼らは、モータースポーツに消極的なランボルギーニ社の方針に表向きは従いつつも、強力なランボルギーニV12エンジンを生かすことのできるスーパースポーツを生み出そうと決意。毎日の勤務が終了したのちの自主製作プロジェクトとして、まずはシャシとパワートレインを開発・試作することにした。
こうして作られたTP400は、若き日のダラーラがその才能をいかんなく発揮した最初の例となった。一部には軽量孔も空けられた鋼板を角断面で組み立てたフレームに、当時最新鋭のランボルギーニ製V型12気筒、3929ccのエンジンを、クランクケースと一体化したトランスミッション/ディファレンシャルとともに横置き搭載したコンパクトなローリングシャシは、この時代の常識を遥かに上回るエキセントリックなものであった。
ちなみに、しばしば「ホンダF1の影響を受けた」と言われる横置きミッドシップ・レイアウトだが、これも実はダラーラがランボルギーニに移籍する直前まで勤務していた、マセラティにおいて獲得した知見によるものと見るべきだろう。
マセラティでは、1961年シーズンからのF1GPが1.5リッター車で戦われることになったのを受けて、主任エンジニアたるジュリオ・アルフィエーリの指揮のもと、画期的な横置きV12エンジン「ティーポ8」を開発。
1962年から同社で働いていたダラーラは、上司にしてミラノ工科大学の先輩でもあったアルフィエーリの独創性に感銘を受け、のちのTP400のレイアウトにも引用したといわれている。
こうして1965年に完成したTP400がトリノ・ショーで巻き起こした旋風は、フェルッチオ・ランボルギーニの冷ややかな予測を遥かに上回るものだった。
ショー会場にてTP400プロトティーポを見たレースファンたちは「ランボルギーニもスポーツカーレースに進出?」と色めき立った。また富裕なギャラリーたちのなかには、発表会場に居合わせたランボルギーニのセールス担当者に、まだ数字を書き込んでいない小切手をチラ見せする者も続出したという。
さらに、これはフェルッチオ自身のアイデアか否かは明かされていないのだが、ジュネーヴでのお披露目を終えたTP400をモナコまで運び込み、なんとオテル・ド・パリとカジノに挟まれた、恐ろしく目立つパーキングに設置。すべてが斬新なこのローリングシャシは、カジノを訪れていたミリオネアたちの注目を一身に浴び、モータースポーツにも好適そうな、新しいランボルギーニへの期待感が一気に高まったのである。
■フェルッチオが心変わりして、ついにミウラが製品化される
実はダラーラやウォーレスたちの「課外活動」について、もともと自社モデルに上質かつ古典的なグラントゥリズモを望んでいたフェルッチオ・ランボルギーニ自身は明らかな難色を示し、あくまで黙認程度の認識だったともいわれている。
ところがトリノ・ショーでの大成功、あるいはモナコでの反響に気を良くしたのか、機を見るに敏なビジネスマンでもあるフェルッチオは、ミッドシップの超弩級リアルスポーツの可能性にも目を向けるようになってゆく。
そしてTP400に合わせるボディをどうするか? という問題に直面するのだが、それまでのランボルギーニ市販モデル「350GT」および「400GT 2+2」のコーチワークを委託していたミラノの名門カロッツェリア「トゥーリング・スーペルレッジェーラ」は、この時期もはや風前の灯火であった(1967年に廃業)。
トゥーリングでは、ミウラを想定したドローイングやクレイモデルまで製作していたのだが、その先行きに不安を感じていたフェルッチオは、新しい選択肢を模索するようになったという。
そこで、シャシ+エンジンの内容に相応しいボディの製作に手を挙げたのが、当時売り出し中だったカロッツェリア・ベルトーネの社主、ヌッチオ・ベルトーネだった。両社の協議の結果、ベルトーネ側の主導でショーに出品し、結果が良ければ数台+α程度の限定生産をおこなう、という条件つきで試作を許可したとされる。
かくして翌1966年春のジュネーヴ・ショーには、くだんのTP400に、公式にはジョルジェット・ジウジアーロの後任として1965年から同社チーフスタイリストに就任したマルチェッロ・ガンディーニの作……とされる、ベルトーネ製のエキゾティックなベルリネッタ・ボディが架装された超弩級市販スポーツカー「P400ミウラ」として出展されるに至った。
メカニカルパートにおけるTP400との違いは、フロントカウル上面の直下に置かれた水平型のラジエーターが、ノーズ先端に垂直に置かれるコンベンショナルなレイアウトに変更されたこと。あるいはボラーニ社製ワイヤーだったホイールが、専用デザインのカンパニョーロ社製マグネシウム合金のものに代えられたくらいだったのだが、圧倒的なまでに先進的かつ美しいボディのインパクトは絶大だったことだろう。
フェルッチオは、この段階にあっても30台くらいの限定生産に終わると見積もっていたようだが、実際には購入を希望する本気のオーダーが殺到。ついに、シリーズ生産化に踏み切ることになったというのだ。
●後日談:生々流転のTP400
P400ミウラの正式デビューを見届け、すべての役割を終えることになったTP400シャシは、ランボルギーニ社内にてしばしの眠りにつくことになった。
この休眠状態が終わったのは、11年後にあたる1977年のことだ。ランボルギーニ社に残されたドキュメントによると、キプロス共和国にてランボルギーニ・ディーラーを営んでいたマリオス・クリティコスなる人物が、サンタアガタ・ボロネーゼのランボルギーニ本社を訪ね「TP400を譲ってほしい」とオファーしたという。
すでにフェルッチオ・ランボルギーニが去り、慢性的な経営危機に陥っていたランボルギーニ社は、この要請を即座に受け入れたことだろう。両社による協議の結果、TP400は翌1978年4月をもって、キプロスへと向かった。
ところがクリティコスの個人的コレクションに収まったはずのTP400は、再び表舞台から姿を消し、次に現れたのはそれから実に約30年後のことだった。TP400は、キプロス共和国からは遥かに離れた北米ロサンゼルス在住の、さるコレクターのもとで2008年に発見されたのだ。
そして、ロサンゼルスのスーパーカー専門店の社主で、ミウラに関する書籍も上梓しているジョー・サッキーと、ランボルギーニを得意とするスペシャリスト、ギャリー・ボビレフの二人が不動状態のTP400を共同で譲り受け、ボビレフがサンディエゴに構えた工房にてレストアが施されることになった。
その後、2013年の「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」に際しておこなわれたオークションに出品・落札されたのである。
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