新世代のアバルトはなかなかやるヤツだった!
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第21回は「電動のホットハッチアバルト」をお届けします。
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10月11日にアバルト「500e」が発表!
ゴニョン(仮称)あらためゴブジ号は、1970年式。2代目フィアット500は1957年から1975年にかけて作られたモデルだから、その中では年式的には新しい方だけど、それでも基本設計は変わってないから、その後に続く一連のファミリーたちの中では最も古いタイプということになる。
ならばファミリーの中の最も新しいタイプは何なんだ? 今この段階では「アバルト500e」になるだろう。2020年に発表されたフィアット500eをベースに開発されたアバルト版だ。2代目フィアット500をベースにしたフィアット・アバルト500/595/695が作られたように、そして現行フィアット500をベースにしたアバルト500/595/695が存在するように、バッテリーEV(以下、BEV)であるフィアット500eのスポーツモデルであるアバルト500eが生み出された、というわけだ。
アバルト500eは今のところ日本国内では発表も販売もされていないのだが、メーカー側からはこの10月11日の午前11時から発表会をライヴ配信することがアナウンスされていて、待ちわびてる人もいらっしゃることだろう。
実は今年の5月にイタリア本国で開催されたアバルト500eの国際試乗会に参加させていただいて、僕はすでにステアリングを握って走らせている。ちょうどいいタイミングなので、今回はその電動ホットハッチのお話を少々。
思わずごきげんになる楽しさと気持ちよさを兼ね備える
アバルト500eは、さっきもちょろっと記したように、フィアット500eをベースにしたチューンナップ版、ブランド違いの高性能ヴァージョン的な存在だ。そもそもアバルトは、その歴史をレースのコンストラクター兼チューナーとしてスタートしてるようなところのあるブランド。その実力が認められてフィアットのレースやラリーを闘うためのマシンや市販モデルの高性能ヴァージョンを手掛けるようになったお話は、クルマ好きの間ではよく知られている。このクルマもフィアット500eの様々な部分をアバルトのエンジニアたちがしっかりと磨き上げて、きっちりとパフォーマンスを稼ぎ出してる。
試乗した印象をひと言で述べるなら、速い、楽しい、気持ちいい、サイズもいい、望外に乗り心地もいい、プレミアム感もしっかりある、おまけにBEVなのに快い走りのサウンドまである。いや、これだとひと言じゃないか……。まぁ、ぶっちゃけ、個人的には素直に欲しいと感じた初めてのBEVだった。ベースのフィアット500eも楽しいし気持ちのいいクルマだけど、アバルト500eはその部分が大幅に増幅されていて、思わず御機嫌になっちゃうほどだったのだ。
高性能なBEVを作るなら、容量の大きなバッテリーを積んで、もっと高出力なモーターに載せ替えるのが、最もシンプルな方法。けれど、アバルトのエンジニアたちは、それをよしとしなかった。居住空間や荷室のスペースが犠牲になるし、クルマの販売価格が飛躍的に上がってしまうからだ。
ならば、彼らはフィアット500eのパワートレインにどんなチューンナップを施したのか。モーターやインバーターのキャリブレーション。コンタクターの可動接触面の改善。ハーネス内部の抵抗やロスの削減。制御マッピングの最適化。バッテリーの内部構成の見直し……などなど。そうしためちゃめちゃ地味な作業の積み重ねで効率を徹底的に高めて、それで+37psと+15Nmを増強したのである。まるで昔のチューナーがやってたポートを徹底的に磨き込んだりタコ棒でしこしことバルブのすり合わせをしたりというような作業にも似て、いかにも「チューナー」らしいやり方だ。昔のアバルトのDNAが今も残ってるのか? と思わされるほど。
そのうえ郊外の気持ちのいい道やワインディングロードを好む傾向の強いアバルト・ユーザーの嗜好に合わせて、そうした速度域=常用域での加速性能をさらに高めるため、内燃エンジンのクルマでいうなら最終減速比にあたるところのギア比を、9.6から10.2へと、明らかな加速重視型に変えている。
結果、20km/hから40km/hまで、そして40km/hから60km/hまでの加速が内燃エンジンの695よりそれぞれ1秒ずつ速く、60km/hから100km/hまでも1秒近く速いという、最強ホットハッチの呼び声が高い695を凌駕する中間加速性能を手に入れている。40km/hから60km/hに到達するまでのタイムはたった1.5秒というが、それはこのサイズのクルマにしては驚くべき速さだと思う。
コーナーからコーナーの点から点がはっきりと速い
シャシーの方はどうか。ベースのフィアット500eの段階で、バッテリーは座席の下のフロアに敷き詰めてるから前後左右の重量バランスがいいうえに重心も低く、さらにはホイールベースが内燃エンジンの695と較べて24mm長くなってるけどトレッドは60mmも広がっていて、つまりはホイールベース・トレッド比がより曲がる方向の数値を持っていた。エンジニアに訊ねたところによれば、「もともと優れた素養を持ってたから、手を入れたのはスプリングのレートとダンパーの減衰を引き締める方向に持っていったことくらい」だったそうだ。ただ、スピードレンジが高くなってる分、タイヤはブリヂストンと共同開発した専用品となって、ブレーキはリアにもディスクが与えられている。
この日の試乗は先に695コンペティツィオーネでコースを3周走り、続いて500eで3周走る、というかたちで行われた。695に乗って痛感したのは、このクルマは今もって小型爆弾としての第一級であり、どこにスッ飛んでいくか判らないようなスリリングなフィール込みで、思い切りエキサイティングなクルマだな、ということだった。最高に楽しいし、最高に気持ちいい。
けれどアバルト初の電動ホットハッチも、まったく負けてはいなかった。まず発進加速が速い。コーナーから飛び出していくときの立ち上がり加速はさらに速い。695がエンジン回転の上昇とターボの過給を待ってる間に、スパーッと加速していく。コーナーからコーナーの点から点がはっきりと速い。しかもその「点」、つまりコーナーでも速い。ノーズは素早く滑らかに鋭く曲がりたい方向に正確に向かっていくし、コーナーをトレースしているときにもずっと安定して速く、出口でのアンダーステアも驚くほど少ない。速さで695に優ってるのは間違いない。しかも695コンペティツィーネほどサスペンションのセットアップがハードじゃないから、路面の荒れた箇所を走っても突き上げはそう強力でもなく、乗り心地は段違いといえるくらいに良好だ。充分以上に刺激的だし、充分以上に楽しく、そして気持ちいい。
BEVにしては珍しい走行音やアイドリング音が楽しめる
加えてアバルト500eは、BEVにしては珍しく、はっきりとした走行音やアイドリング音を持っている。6000時間もの時間と手間をかけて作り込んだサウンドジェネレーターが発するサウンドが、室内のスピーカーからじゃなく車体後方下面に備わるウーファーから、まるで内燃エンジンのクルマかと思えるように後方から追いかけてくる感じで聞こえてくる。それもアバルト・ユーザーが愛してやまない、レコードモンツァ・エキゾーストそのもののサウンドが。これ、作り物だとはわかっていても、気づくとそのサウンドを快く感じていて、あるのとないのでは大違いだな、なんて思わされたものだ。
たしかに695のヤンチャなスモールボムのようなテイストは薄いけど、BEVらしいクールで滑らかで洗練された印象が強いのだけど、そんなふうに表現方法が違っているだけで、楽しさと気持ちよさの総量は全く引けをとってない。いや、もしかしたら総合得点では優ってるかもしれない。まるっきり新世代のアバルト、なかなかやるヤツなのだ。
繰り返しになるけど、アバルト500eの国内発表は10月11日の午前11時から、オンラインで行われる。まずはそれを見て、そしてアバルトのショールームに試乗車が配備される頃になったら、ただ試乗してみるだけでもいいから乗りに行ってみて欲しい。きっと何か感じ入るものがあると思うから。
■アバルト公式サイト(ライヴ配信視聴リンク)
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