結果を残したモンテゼーモロだが
text:Shinichi Ekko(越湖信一)
photo:Ferrari S.p.A.モンテゼーモロに託されたフェラーリの改革は、誰の目で見ても充分な結果を出したといえるであろう。2000年にミハエル・シューマッハーが21年ぶりのドライバーズ・チャンピオンの座を獲得し、2004年まで維持し続けた。(但し、F1の世界においては2008年を最後にコンストラクターズ・タイトルは離れ、無冠時代が続いているが…)
そして、彼がフェラーリの全権を握っている期間に売上高を10倍、販売台数を3倍へと大きく押し上げ、世界最強のスーパーカー・ブランドを築き上げた。ちなみに、2013年は売上高23億ユーロ、最終利益でも2億4600万ユーロの増収増益と絶好調、年間の総生産台数は6922台と発表されている。しかし、そんなモンテゼーモロにとって2013年がフェラーリにおける最後の年となってしまうとは……。
フェラーリとの決別
時計の針を2014年9月10日へと合わせてみよう。マラネッロではふたりの男が記者会見に望んでいた。FCA(現ステランティス)のCEOであるセルジオ・マルキオンネとフェラーリ会長、FCAの取締役を務めるモンテゼーモロであった。
「フェラーリはFCAグループのウォール街における浮上に重要な役割を持つことになります。これはひとつの時代の終わりであり、70年代から故エンツォ・フェラーリのそばで過ごした23年間は私にとって忘れられないものです。フェラーリという世界最高の会社の更なる成功を願っています」とモンテゼーモロはこのような「別れの挨拶」をし、何とフェラーリの職を辞したのだった。
モンテゼーモロはその前年には、当面のフェラーリ会長職の続投を示唆しながらも、中国市場の急激な拡大がフェラーリのブランド・ポリシーにそぐわないこと、そして、それにともなう総生産数の急増はフェラーリの希少性を脅かすものであるとして、中国から膨大なオーダーがあるにも関わらず生産量を絞るという判断を下した。
彼はフェラーリ・ブランドの希少性を確保するために年間生産台数は7000台程度が妥当であると考えていたようだ。さらにフィアット=アニエッリ家の元でフェラーリは非上場企業としてビジネスを進めてきたが、これは独自の経営路線を貫き通すために、これから先も重要な方法論であるという立場も表明していた。
フェラーリの生産台数に関する考え方をここで再度、お伝えしておこう。彼らはブランドとしての魅力を維持するために絶えず需要と供給のバランスを綿密にとっていた。この手のモデルはショールームや中古車市場に在庫車が溢れていてはいけない。
クルマが欲しいと思い顧客がショールームを訪ねても納車までは長い期間がかかったり、場合によっては「あなたには申し訳ないがお売りできません」と優良顧客にだけしか販売しないモデルを発表したりもする。では、と中古車販売店を覗いてみるなら、そこではカタログプライスを遥かに超えたプレミアム付でそのクルマが並んでいる…。
そういったマーケティングを行ってきたのがフェラーリだ。急に大量の注文が入ったとすれば普通のメーカーなら大喜びで増産するであろうが、彼らはそこで慎重にその先の流れを読む。モンテゼーモロはそのあたりの見極めに自信をもっていたのだ。
マルキンネとの確執
この「政変」の根底には2009年にFCAのCEOに任命され、フェラーリのマネージメントに影響力を高めていたセルジオ・マルキンネとの強い確執があった。主たる論点はフェラーリのIPO(新規株式公開)に対する是非であった。マルキオンネはフィアットの創始家であるアニエッリ・ファミリーのボス、ジャンニ・アニエッリの後を継ぐジョン・エルカーンを巻き込んだ。
それまで株式公開を行わず、アニエッリ・ファミリーがその大半の株式を保持するフェラーリをFCAから分離させ、一気に株式上場しようとした。そのIPOで得た資金をFCAグループに投入し、フォルクスワーゲン・グループなど大きな投資をコンスタントに行うライバル達に追いつこうというのが筋書きであったのだ。
つまりアニエッリ家の意向に従い、フェラーリの持つ価値をFCAグループの経営に環流しようというアクションであった。なにより、この分離(スピンオフ)やIPOによる資金捻出は、M&Aに長けたマルキオンネの得意とするところだったから、アニエッリ家も安心して彼にフェラーリの行く末を任せたというワケだ。
しかし、考えてみればこれは何とも感慨深い出来事である。かつて資金不足から経営が行き詰っていたフェラーリに投資したフィアットが、今度はフェラーリの企業価値を担保に資金調達し、自らの経営再建を行うのだから…。
フェラーリが上場された日
2015年10月21日にフェラーリはニューヨーク証券取引所に新規株式公開(IPO)を行った。初値は52ドルの公開価格を上回り、初日には時価総額1兆2500億円あまりとなり、フェラーリのブランドパワーは広く一般から評価されたことを意味する。自動車業界としてはまさに「地方の中小企業」であるが、そのブランドの、のれんが持つ含み資産は、遥かに事業規模が大きい自動車メーカーを上回ることになった。
そして重要なことは、ここでFCAとフェラーリの資本関係は解消され、独立企業となったという事実だ。1968年にフィアットの傘下入りから半世紀ほどのインターバルを経て、フェラーリは再び自前の路線を歩むこととなった。
とはいっても市場へ公開された株式の大部分はFCAの株主へと割り当てられることになっており、その筆頭株主は、フィアット創始家のアニエッリ・ファミリーである。だからFCAの体制が現状を維持する限り、フェラーリのマネージメントは現実的に大きく変化することはないとも言える。
しかし、よりアニエッリ・ファミリーの直接的支配力が強くなり、公開株となったことでこれまで密室で進められいた経営もガラス張りにする必要がある。神秘性に満ちたブランドストーリーを維持するためには非公開であるべきだと主張したのはモンテゼーモロであったのだが。
FCAは、モンテゼーモロに対して2695万ユーロ(約37億5千万円)の退職金を支払うことを明らかにした。その条件として2017年月までは同業他社への就業は禁止するということだ。
この金額に対してとんでもなく高額だ、アニエッリ家からの手切れ金だ、などと様々なコメントが乱れ飛んだが、フェラーリをこれだけの規模の組織に育て上げた手腕を考えれば妥当であるという意見が主流であった。
フェラーリの純血と希少性に拘ったモンテゼーモロはフェラーリを追われ、フェラーリにおける彼のキャリアが終了することとなった。
続きは2024年6月15日(土)公開予定の「【第10回】フェラーリへの愛」にて。
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