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「美しさ」と「妖しさ」を合わせ持つイタリアンGT

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「美しさ」と「妖しさ」を合わせ持つイタリアンGT

郊外や地方都市に住まうのであれば話は別だ。しかし東京あるいはそれに準ずる都市に住まう者にとって、「実用」を主たる目的にクルマを所有する意味はさほどない。

そんな状況下で「それでもあえて自家用車を所有する」というのであれば、何らかのアート作品を購入するのに近いスピリットで臨むべきだろう。

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マセラティの高級GTとして1960年代から販売されているクワトロポルテ。今回紹介するのはその5世代目モデルで、2004年に発売。新車価格は約1300万円。すなわち明確な実益だけをそこに求めるのではなく、「己の精神に何らかの良き影響を与える」という薄ぼんやりとした、しかし大変重要な便益こそを主眼に、都会人の自家用車選びはなされるべきなのだ。

そう考えた場合におすすめしたい選択肢のひとつが、日本では2004年から2013年にかけて販売された妖艶なるイタリアン・スポーツサルーン、先代のマセラティ クアトロポルテである。

最新世代のマセラティを新車で買うならいざ知らず、先代のユーズド・マセラティというと「故障が心配で」という人も多いかもしれない。

全長約5100mm、全幅も約1900mmとかなり大柄なクワトロポルテ。エンジンはフェラーリ製の4.2ℓ V8を積み、最高出力は400馬力となっていた。先代クアトロポルテの中古車が本当に故障しがちかどうかはいったん措くとして、心配になる気持ちは理解できる。

なぜならば、先代マセラティ クアトロポルテは単なる4ドアサルーンではなく、やや大げさには「4枚ドアのフェラーリ」とも言える1台だからだ。

イタリア語でクアトロ(4つの)ポルテ(扉)という車名が与えられたこの4ドア・スポーツサルーンは、初代は1963年に登場したマセラティの中核をなすシリーズ。今回推す先代は、その5代目に相当する。

先代クアトロポルテのデビューは前述のとおり2004年だったが、開発は1997年にマセラティがフェラーリ傘下となってすぐに始まっていた。

開発の指針はズバリ「フェラーリのようなマセラティを作る」ということ。フェラーリオーナーに対して、マセラティを「追加購入したい!」と思わせるようなモデルを作ろうとしたのだ。

デザインは当時カロッツェリアのピニンファリーナに在籍していた日本人の奥山清行氏が担当。美しく高性能なスポーツサルーンとして仕立てられていた。伝統工芸品のような内装やエンジンそのため──かどうかはさておき──5代目マセラティ クアトロポルテのデザインは、歴代フェラーリの多くをデザインしているイタリアの名門カロッツェリア「ピニンファリーナ」が担当。実際に筆を執ったのは、当時ピニンファリーナに在籍していた日本人デザイナー、奥山清行(ケン・オクヤマ)氏である。

そしてエンジンは、フェラーリF430の4.3L V型8気筒エンジンをデチューンしたものが選ばれた。

両者は「まったく同じ」ではないため、「5代目クアトロポルテのエンジン=フェラーリエンジンである」とするのはやや乱暴だ。しかし「ほとんどフェラーリエンジンみたいなモノ」と言うことはできる。そしてフェラーリエンジンとはご存じのとおり、「高回転域まで回すと脳内に妙なスパークが起きる。あるいは神を見る」ということで知られる代物。

故障頻度が高いと思われることが多いクワトロポルテ。その要因の1つであるトランスミッションは5代目の後期モデルからデリケートなセミATから通常の6ATに変更されている。それが、この4枚ドアのサルーンには搭載されているのだ。

そして5代目クアトロポルテは、インテリアも「ほぼ工芸品」と言える水準にある。

重厚なローズウッドとポルトローナ・フラウ社製のリアルレザーがふんだんに投入され、マセラティの定番である「アーモンド型のアナログ時計」も配されたコックピットは、同じラグジュアリーサルーンでも「合理性の極致」と言えるドイツ製のそれとは対極にある「妖艶あるいは退廃の極致」だ。

走行性能というか走行フィールにおいても、各種のドイツ製高性能近代サルーンと5代目マセラティ クアトロポルテは対照的である。

深夜の東名高速を飛ばして東京から名古屋あるいは大阪まで行くなら、おそらくはドイツのBMW M5あたりのほうがクアトロポルテより数倍は疲労が少なく、なおかついくらか短い時間で到着できるだろう。

しかし「道中を楽しむ」という点にかけては、クアトロポルテもまったく負けていないどころか、むしろ優位に立っている可能性がある。

フェラーリF430のそれと「ほぼ同じ」V8エンジンを高らかに歌わせながら、決してシャープではないのだが「ナチュラルに前輪が方向を変え、クルマ全体がナチュラルにロールする」という、最近のクルマではあまり見かけなくなった古典的イタリアンマナーを堪能できる5代目クアトロポルテのドライバーは――しかもそれを、没落貴族の館のような妖艶系インテリアの中で堪能できるドライバーは、果報者だ。

そのように素晴らしい妖艶系サルーンであったはずの5代目マセラティ クアトロポルテが、なぜ日本ではこうまでマイナーな存在だったのか?

インテリアデザインこそマセラティの真骨頂。使用されるレザーなどの素材、艶やかな色使いやデザインで、ドイツ車勢とは異なる贅沢が味わえる。イタリア車の善し悪しが詰まっているそれはもちろん「存在感が強烈すぎて、買い手(乗り手)を選ぶクルマだったから」というのがあるわけだが、それ以上に「なにかと故障しがちだから」という猛烈な負のイメージがあったからだ。

確かにそれはある意味そのとおりで、5代目マセラティ クアトロポルテは、新車で買ったトヨタ カローラのように「ボンネットを開けるのは2年に一度(しかも開けるのは自分ではなくディーラーの整備士さん)」というわけにはいかないクルマだ。

しかも5代目の前期モデルに採用されたデュオセレクトというセミATは、そのクラッチを2万kmごとに交換する必要があった。交換にかかる費用はざっと20万~30万円である。

さらに5代目マセラティ クアトロポルテでは、ステアリングラックからのオイル漏れやパワステポンプの故障、エアフローセンサーの不良など、トヨタ カローラに乗っている人はあまり経験しないかもしれない故障を、遺憾ながら経験してしまう可能性があった。

だが、2万kmごとのクラッチ交換を要求する穀潰し(?)であったデュオセレクトに加えて、途中からは一般的な6速ATも用意されるようになった。こちらであれば、トランスミッションの信頼性は「ごく普通」といったところだ。

また全国にいくつかある良心的なマセラティ専門店では、納車前整備の段階で極力ネガを潰し、「まあ特に大きなトラブルは出ないはず」といった状態まで仕上げたうえで、5代目クアトロポルテを販売している。

そういった仕上げ済みの中古車はさほど安価ではない。しかし1500万円級だった新車時価格を考えれば「きわめて安価」であり、未整備の個体においてその後予想される多額の修理費用を考えれば「屁のようなもの」とすら言える。

まあそれでもたまには故障し(というか消耗部品が交換タイミングを迎え)、しばし工場に“入院”することもあるだろう。

だが良いではないか。我々には電車もタクシーもあるのだから、修理期間中はそれらに乗っていればいいのだ。

そして愛すべき5代目マセラティ クアトロポルテが工場から復帰してきたならば、そのデカダンな(退廃的な)、唯一無二の「儚い妖しさ」堪能するのだ。たまに。

文・伊達軍曹 写真・FCAジャパン 編集・iconic

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