2013年、モーターサイクル事業90周年を迎えたBMWは、ブランドのアイコンたる空冷ボクサーツインを搭載した、レトロモダンなスタイリングの「R nine T(アール・ナイン・ティー)を登場させた。
満艦飾な装備や電子デバイスを備えたBMWモトラッドの中で、極めてシンプルに仕立てられたR nine Tは、そのプリミティブな“バイクらしさ”が受け、予想を上回るヒット作となった。そしてその結果、さまざまなバリエーションモデルを展開することになった。
装備を簡素化したベーシックな「Pure」、スクランブラースタイルの「Scrambler」、カフェレーサー風の「Racer」などが登場したが、多くの“ビーマー”が待っていたのがこの「アーバンG/S」だろう。
モチーフとなったR80G/Sは80年代の伝説的モデルだ。G/Sとは「ゲレンデ/シュポルト」を表し、パリダカ優勝車のベースモデルにもなった。今やBMWのモトラッドの大黒柱となっているGSシリーズの始祖であり、現在の “アドベンチャー”ブームの先がけとなったモデルだ。
白地に青いラインが入った燃料タンク、赤いシート、スクリーン一体型のヘッドライトカバー、アップタイプのフロントフェンダー。アーバンG/Sの外観は、R80G/Sのイメージを上手に取り入れている。
もし、ポルシェが空冷フラット6エンジンを現代のレギュレーションに適応するようにリファインし、80年代の930風ボディに積んで発売したら、きっとバカ売れするだろう。このR nine TアーバンG/Sは、バイク好きにとってそんなモデルだと考えればいい。
僕は以前、スタンダードのR nine Tを所有していた。懐かしさとスタイリッシュさを兼ね備えたルックスに惹かれて手に入れたのだが、いざ付き合ってみると、いちばんの魅力はエンジンだと気づいた。バッバッバッバッ!と歯切れよく、弾けるような排気音。ぐいぐいと地面を蹴り上げる力強いトルク。モーターのように滑らかな回転感覚。ダイナミックなのに繊細、ワイルドなのにジェントリー、BMWが長年磨き上げてきたボクサーツインは大吟醸の味わいだった。
このアーバンG/Sで走り出したときも、真っ先に感じたのは「やっぱりエンジンがいい!」ということだった。空冷1200ccツインは、アクセル操作に対して過不足なく、まるでこちらの意志を汲むかのように、必要なだけのパワーとトルクを提供してくれる。まさにライダーの“意のまま”なのだ。
タイヤとのクリアランスを大きくとったフロントフェンダーやスポークホイールなど、オフロードバイク風のディテールを備えているが、とはいえ車名の「アーバン」が示すように、メインステージは街なかでありオンロードだ。フロントホイールは大径の19インチで、ホイールベースも長めに取られているため、ピュアなオンロードスポーツよりハンドリングは鷹揚だが、アップライトなポジションと視点の高さにより、街中をスイスイと駆け抜けていける。
もちろん1200ccのビッグツインは、ロングツーリングを楽にこなすだけのキャパシティを持っている。いざ高速道路に乗りスピードを上げると、ボクサーエンジンの美点である“低重心”の恩恵を実感する。向かい合ったシリンダー内のピストンが激しく打ち合うほどバランスし、車体がグッと安定するのだ。直進安定性の高さはロングライドでの疲労軽減に直結する。
さらにツーリングの途中で道を逸れ、ダートに踏み込むこともできる。よほどの悪路でない限り躊躇する必要はない。アーバンG/Sは四輪で言えばSUVのようなモデルなのだ。
繰り返しになるが、R nine Tシリーズのいちばんの魅力はエンジンだと思う。それはこのアーバンG/Sでも同じだ。ちなみに最新のBMWモーターサイクルは、多くのモデルがエンジン、駆動系、サスペンションなどにさまざまな電子デバイスを備えるが、R nine Tでは、その類の装置はABSとASC(オートマチック・スタビリティ・コントロール)だけ。ライダーとマシンの間に介在するデバイスが少ないぶん、オートバイを自分で操っているという確かな感覚がある。
R nine Tはシンプルな成り立ちの中に、オートバイという乗り物の本質的な魅力を備えている。言わば美味しい“素うどん”のようなモノで、だからこそさまざまなトッピングが可能なのだ。往年のR80G/S風のデザインを纏ったこのアーバンG/Sが、単なる着せ替えモデルになっていない理由もそこにある。
あれこれ乗り継いだベテランが乗っても、久々にオートバイに返り咲いたリターンライダーが選んでも、きっと飽きずに楽しめるだろう。バリバリのライダースウェアではなく、マウンテンパーカにデニムというようなカジュアルなウェアが似合うアーバンG/Sは、僕にとって、今いちばん欲しいオートバイの1台でもある。
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