歴史に残る1台になったポルシェ936
スポーツカーの世界選手権とル・マン24時間において、参加車両を3Lまでのスポーツ・プロトタイプ一本に絞ることになったことで、マトラ・シムカが新たなチャンピオンとして登場。1972年からル・マン24時間を3連覇しています。1975年のル・マン24時間はスポーツカー世界選手権のシリーズから外れたため、多くの有力メーカー/チームがエントリーせずコスワースDFVを搭載したガルフ・ミラージュが優勝。そして翌1976年からターボ・パワーがレースを席巻することになり、最初の王者はやはり、技術に長けたポルシェでした。
ターボが生み出すハイパワーをレースで手懐けたポルシェ
サーキットレースにおいて初めて、ターボチャージャーを本格的に投入したのはポルシェでした。スポーツカーの世界選手権で917がシリーズを席巻し、レギュレーションが変更されて締め出される格好となったポルシェは、北米で開催されていたCan-Amシリーズに活躍の場を移したのです。
そして大排気量のアメリカン・パワーに対抗するため、917にターボチャージャーを装着。これが先行研究となり、1974年には911カレラのターボ仕様を製作してル・マンに参戦し、マトラに次ぐ総合2位に入賞しています。そのターボ・パワーを得た真打が、1976年のル・マン24時間に登場した936でした。その活動を振り返る前に、そのネーミングの所以となったファミリーを紹介しておきましょう。まずはポルシェ・ターボの原点となったモデルから。
ポルシェのトップシリーズとなっていた911に、ターボ・エンジンを搭載したモデルがポルシェ930ターボです。1973年のフランクフルトショーで試作車の911ターボがお披露目され、翌1974年のパリ・サロンで市販モデルの930ターボとして登場していました。
2994cc(ボア×ストローク=95.0mmφ×70.4mm)のフラット6にターボチャージャーを組み付けた930/50型エンジンは、最高出力280psを発生。ちなみに、930とは本来ターボモデルの型式名でしたが、1978年モデルから1988年モデルまでは911シリーズ全体が930型と呼ばれ、1989年モデルからは964型と呼ばれるようになっています。
話を930ターボに戻しましょう。930ターボはグループ3(量産グランドツーリングカー)としてホモロゲーション(車両公認)を受けていましたが、これをベースにグループ4(特殊グランドツーリングカー、あるいはスポーツカー)に仕立てたクルマが934で、外観ではオーバーフェンダーが威圧感を放っていました。エンジンはやはり3Lのフラット6に、ポルシェ917から転用されたターボチャージャーを装着し、最高出力は485psでした。
ル・マン24時間をターボ・パワーで牛耳った936&935
市販ロードカーの930をベースにグループ4へコンバートしたモデルが934ならば、936は930をベースにグループ6にコンバートしたモデルであることは容易に理解できると思います。ですが、その前にグループ5にコンバートしたモデル、935についても紹介しておきましょう。
1970年代前半までグループ5といえばオープン2シーターのレーシングスポーツでしたが、1975年からは特別生産車として、具体的にはグループ1からグループ2、3、4として公認されたモデルに大幅な改造を加えた車両、クルマの基本的なシルエットさえ変更しなければ中身は大幅な改造も可能=シルエット・フォーミュラを導入したのです。
その情報をいち早く入手したポルシェは、930/934をベースにグループ5のシルエット・フォーミュラを開発。そして1976年に完成したモデルが935でした。1976年シーズンのスポーツカーによる世界選手権は前年から大きく変貌を遂げ、前年まで世界メーカー選手権を戦っていた3Lまでの2座オープン・レーシング・スポーツは世界スポーツカー選手権に移行。世界メーカー選手権はグループ5によるチャンピオンシップに様変わりしていました。
そうした状況を受けて935は、早速世界メーカー選手権にシングルエントリーで参戦し、開幕から2連勝を飾っています。第3戦から3戦連続でトラブルに見舞われBMWに勝利をさらわれてしまいますが、第6戦からは2カーエントリーと体制を強化して栄えある初代シリーズチャンピオンに輝きました。シーズンを重ねるたびに競争力を増し着実に進化していった935は結局、1976~1979年とメーカー選手権4連覇を果たします。
レギュレーション一杯の排気量に合わせたポルシェ
そして、本論の936です。先にふれたように936は930をベースにした、とされるグループ6ですがシャシーは917をベースとしたスペースフレームで、これにターボエンジンを搭載しているのですがグループ6=3L以下のレギュレーションに則ってエンジンの排気量を2142cc(ボア×ストローク=83.0mmφ×66.0mm)に縮小。ターボ係数の1.4を掛けて2998.9ccとレギュレーション一杯の排気量に合わせていました。
最高出力は540psで935の590psには及びませんが3L NAのアルファ ロメオ(470~500ps)はもちろん2Lターボのアルピーヌ(520ps)よりもハイパワーで優位に立っていて、デビューシーズンとなった1976年の世界スポーツカー選手権では7戦7勝とライバルを圧倒。
シリーズ戦から独立していたル・マン24時間レースでも、1976年にはワークス・ポルシェがカムバックし、これがル・マン・デビューとなった936は、ポールポジションをルノー・アルピーヌに譲ったものの決勝では常に優位なレースを展開します。
日曜日のお昼前に排気管が割れるトラブルで30分以上もピットで修復作業を続けることになりましたが、それでも2位に10周の差をつけたまま長い作業を終えてピットアウト。悠々と24時間レースを走り切っています。ターボ・エンジンとして初のル・マン制覇となりました。
ル・マン24時間の3勝を飾ったものの、ルノー・アルピーヌの速さに危機感を感じたポルシェは、翌1977年の世界スポーツカー選手権シリーズをパスし、ル・マンに集中することになりました。そして迎えた第45回大会のル・マン24時間レースは、ポルシェとルノー・アルピーヌの「二強激突」に湧くレース展開となりました。
2台の936と1台の935を、それぞれ1977年仕様に進化させたポルシェ・ワークスに対して、ルノー・ワークスもアルピーヌA442の最新仕様を4台(うち1台はサテライトのオレカで、これがル・マン初参戦)エントリーし、加えて1975年の勝者で1976年にも2位入賞をはたしているミラージュにA442と同様の2L V6ターボ・エンジンを貸与してバックアップ体制を組んでいました。
予選からアルピーヌ勢が速さを見せつけフロントローを独占すると、決勝でもポールポジションから飛び出したジャン-ピエール・ジャブイーユ/デレック・ベル組が快走を続けました。
ポルシェが信頼性で勝った1977年のル・マン
一方のワークス・ポルシェ勢は次々とトラブルに見舞われます。バックアップ担当だった935がスタート早々にエンジン・トラブルでリタイアとなり、ユルゲン・バルト/ハーレイ・ヘイウッド組の936も燃料ポンプの交換を強いられ30分ほどのタイムロスで最後方までポジションを下げてしまいました。
そしてただ1台、トップグループで走っていたイクス組の936もコンロッドが折れるトラブルからリタイアとなってしまったのです。そこでワークス・ポルシェはイクスをバルト組の936に乗せることにし、これに応えてイクスはナイトドライブで鬼神の追い上げを見せることになりました。
イクスは、15位から3台のアルピーヌに次ぐ4位まで進出しますが、そこからはトップ3を形成していたアルピーヌ勢に次々とトラブルが襲い掛かります。そして結果的にトップから6周遅れとなっていたイクスがトップに立つことになったのです。ところがこの年のル・マンは最後までドラマ仕立てでした。
残り1時間を切ったところでトップを行くイクス組にトラブルが発生。1気筒のピストンが溶けてしまったのです。2位のミラージュとは20周近い差があり抜かれる心配はなかったのですが、自力で24時間を走り切ってチェッカーを受けないと優勝はできません。
ピットでその時を待っていた936は午後4時少し前にバルトがドライブしてピットアウト。フラット6から1気筒を失った5気筒エンジンでゆっくりとコースを周回していったバルトは、何とかゴールラインを横切って優勝を飾ることになりました。速さはアルピーヌが圧倒的でしたが、ポルシェが信頼性で勝った、そんなル・マンでした。
続く1978年のル・マン24時間ではルノー・アルピーヌが悲願の初優勝を飾り、1979年はポルシェのサテライト、クレマー・レーシングが935で優勝。さらに1980年にはイナルテラを名乗るロンドー・フォードが勝って次々とウィナーが変わっていきましたが、1981年にはワークス・ポルシェが最新仕様となった936/81で優勝を飾り936として3勝目、ポルシェとしての6勝目をマークしています。
この時936/81が搭載していたエンジンは、翌1982年から始まるグループCによる世界耐久選手権(WEC)に向けて新開発された2650ccフラット6+ターボの935/76型エンジンで、1982年からはこれを搭載した新グループCの956が連勝を重ねていきます。
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ちなみに、956はヘッド水冷です。