自動車は走れば何でもいい。そう考える人は多いし、間違いでもない。しかし、自動車の個性が薄くなり、EVやカーシェアリングが普及する「今」だからこそ、クルマに「遊び」や「冒険」を求めたい。伊達軍曹が贈る攻めの自動車選び。最終回では「より幸せに生きるため」のクルマ選びを提案する。
「実用性は無視できない」がリアルだからこそ
「世界最速のフェアレディZを公道で試す!」中編──連載「西川淳のやってみたいクルマ趣味、究極のチャレンジ 第5回」
「明確な実益だけではなく、己の精神に何らかの良き影響を与えるクルマに乗ろうではないか」ということを各位に訴えてきた当連載も、いよいよおしまいである。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c6814d568c806cb568a6/master/w_3000,h_2000,c_limit/date-final-16-13.jpg|||CATERHAM CARS SEVEN 160|ケーターハムカーズ セブン 160
エンジン出力80ps、されど車重は490kg、そして2名乗車でこのルックス。自動車界でも異彩を放つケーターハムセブン160。 そのドライブフィールは唯一無二のものである。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20191026-caterham-date)
おしまいにあたって、これまでの原稿各種についてのいささかの釈明というか「補足」をさせていただきたい。
筆者が「クルマ選びは、実益ではなく精神に与える影響こそを重視しようではないか」と言ってきたのは、これまで繰り返し述べてきたとおり「東京あるいはそれに準ずる都市に住まう者にとって実用を主たる目的にクルマを所有する意味はさほどない」からだ。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c677cdfe5cc7df8f8967/master/w_3000,h_2000,c_limit/date-final-16-1.jpg|||Daimler Double Six|デイムラー ダブルシックス
デイムラーの味を残しつつ、現代でも使えるギリギリのラインにいるシリーズIIIのダブルシックス。ベースとなるXJがフルモデルチェンジを行った後も生産され、1992年まで製造された。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20200229-daimler-double-six)
例えば東京都の世田谷区に住まう筆者の実例で言えば、徒歩5分の場所にバス停があり、徒歩10分のところには私鉄の駅がある。そしてそれらバスや電車は、言うまでもなく「1時間に2本」とかではなく、大量のそれが10分と置かずにビュンビュン走りまくっている。
さらに言えば徒歩5分以内の場所に中規模スーパーマーケットが2軒あり、何かと便利な大規模スーパーまでも徒歩12分だ。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c677cdfe5cc7df8f8968/master/w_2997,h_2000,c_limit/date-final-16-2.jpg|||FIAT NUOVA 500|フィアット NUOVA 500
初代フィアット500(トポリーノ)の新型として1957年に発表されたNUOVA 500。最新のフィアット500のデザインモチーフにもなっているモノコックボディが特徴。これに乗れば、移動のすべてが「異次元体験」あるいは「冒険」に変わる。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20191116-fiat-nuova)
だが、こういった(ある意味)恵まれた環境下にある場所は日本の「都市」のなかでもごく一部であり、例えば明らかに「都市」のひとつである横浜市の都筑区あたりに住まうのであれば、なかなかこうもいくまい。
具体的には──もちろんケース・バイ・ケースではあろうが──スーパーマーケットまで、同じ5分でも「クルマで5分=徒歩だと約30分」といったニュアンスになる場合は多い。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c67a4d568c806cb568a2/master/w_2952,h_2000,c_limit/date-final-16-4.jpg|||Mercedes-Benz C63 AMG|メルセデス・ベンツ C63 AMG
W204型Cクラスのハイパフォーマンスモデルとなる、2007年から2014年まで販売されたC63 AMG。6.2リッターの自然吸気のV8エンジンを搭載した「非常に贅沢なフィール」のサルーンである。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20191124-mercedes-benz-c63-amg)
つまり大多数の生活者にとっては、「クルマの実用性なんかどうでもいい問題じゃないですか」という議論は“絵空事”にすぎないのだ。なんだかんだいって「とはいえ実用性も無視はできないよね」というのが、決してお大尽ではないフツーの人々にとってのリアルであろう。
で、そのことは筆者も十分に理解しているつもりだ(なぜならば筆者も、そんな“フツーの人々”のひとりだからである)。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c679d2741f19e5603c81/master/w_3000,h_2000,c_limit/date-final-16-3.jpg|||Alfa Romeo GTV|アルファロメオ GTV
ピニンファリーナのエンリコ・フミアのデザインしたイタリアンクーペ。国内では1996年から2006年まで販売された。3リッターまたは3.2リッターの古典的なV6エンジン搭載モデルがおすすめである。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20191208-alfa-romeo-gtv)
それを知っていながらなぜ、「ユー、都市部に住んでるならクルマの実用性なんて無視しちゃいなヨ! 」という極論と暴論を吐き続けたのか?
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c683d2741f19e5603c8b/master/w_3142,h_2000,c_limit/date-final-16-18.jpg|||BMW M3 E36|BMW E36型 M3
3世代目3シリーズ(E36)をベースにBMW M社が手掛けたハイパフォーマンスバージョンのM3。セダン、クーペ、カブリオレが用意された。ほぼ5ナンバーサイズのボディに300ps級の直6エンジンを搭載していた。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20200104-bmw-m3-e36)
「実用」と「FUN」は常に相反するわけではない
「連載の趣旨やエッジをより立たせたかったから」という理由はもちろんある。
だがそれ以上に、僭越あるいは不遜かもしれないが、「ニッポンの人々が普通に実用自家用車を購入する際、その“FUN成分比率”をもっと重視するようになってほしい」と願っていたからである。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c679d2741f19e5603c83/master/w_3002,h_2000,c_limit/date-final-16-5.jpg|||PORSCHE 911(Type993)|ポルシェ911(993型)
1994年に登場した、空冷エンジンを搭載した最後の911となる993型。後輪サスペンションがマルチリンク式へと変更され、走りが「しなやか」になったのもポイントである。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20200112-porsche-911-993)
「FUN成分比率」というのは筆者の勝手な造語であるためまったく一般的ではないが、要するに「その実用車って、運転していてけっこう楽しいですかね? どうですかね? 」ということだ。
普通に考えれば、せっかく人生の貴重な時間の一部を割くのだから、それがミニバンであろうが真っ白なライトバンであろうが、「おっ、なんだか知らないけどちょっとイイね! 」などと、カーブを走り抜けるたびに少々思えるクルマを運転するほうが、人生全体の幸福度は上昇する。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c6834d568c806cb568ac/master/w_3000,h_2000,c_limit/date-final-16-17.jpg|||LAND ROVER DEFENDER|ランドローバー ディフェンダー
1948年の登場から2016年の終了まで、ほぼ変わらぬ形で生産された英国産オフローダー。ラダーフレームとリジットサスペンションをもつ、エクステリアデザインも含めクラシカルな装い。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20200119-land-rover-defender)
これは筆者にとっては自明の理なのだが、世の中全体から見ると、どうやら異端であるらしい。
筆者は請け負い仕事として国産ミニバンなどの講評を書くこともしばしばあるが、その講評のなかでは当然の自明の理として、そのミニバンの実用性だけでなく「運転の妙味」の有無にも言及する。どうせなら実用性が高いと同時に操縦の妙味も感じられるミニバンに乗るほうが、人はより幸福になれると思うからだ。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c6814d568c806cb568aa/master/w_3000,h_2000,c_limit/date-final-16-16.jpg|||MASERATI QUATTROPORTE|マセラティ クアトロポルテ
2004年に登場した5世代目となるマセラティの妖艶なスポーツサルーン。フェラーリF430の4.3リッターV8をデチューンしたエンジンを搭載、工芸品のようなインテリアを備えている。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20200209-maserati-qp)
だがそうすると、匿名の者らから反対意見のようなものが噴出する。
「ミニバンにドライビングプレジャーとかwww これ書いたやつバカじゃねえの? 」
ってなもんである。
確かに、もしもミニバンをサーキットに持ち込んでラップタイムを競わせたならば、まず間違いなく「バカ」ではあろう。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c67ed2741f19e5603c89/master/w_2999,h_2000,c_limit/date-final-16-9.jpg|||Fiat 500|フィアット 500
往年の名車をモチーフに復活させた、可愛らしいスタイルの現代版500。0.9リッター2気筒ターボエンジンの「ツインエア」が、その有機的振動や軽快な走りでおすすめだ。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20200308-fiat500-twinair)
だが筆者が言っているのはそういうことではない。
「毎日の食事が『栄養価が十分であればそれでいい』ってものではないのと同様に、毎日のクルマも“まずい”よりは“おいしい”ほうが良くないですか? もちろん必要な“栄養素”は満たしている──という条件付きですが」
クルマにおいて「実用」と「FUN」とは相反する場合も多いが、必ずしも100%常に相反するわけではない。ある程度は両立が可能であり、そして一部のクルマは特に、その両立っぷりが見事なのである。そんな見事なクルマの数々を、当連載では紹介してきたつもりだ。
まぁ第1回目で取り上げた「ケータハム セブン160」はさすがに単なる景気づけというか、実用車としての資質はほぼゼロな何かであったが、先代のメルセデスAMG C63やフィアット500のツインエア系、あるいは1990年代のメルセデス・ベンツ各車(W124型EクラスとW201型190クラス)あたりは、「お買い物CAR」としての資質と「己の精神に直接働きかける形而上の何か」とが上手い具合に混じり合っている、ステキな選択肢ではないかと思っている。
[https://media.gqjapan.jp/photos/5f41c6814d568c806cb568a8/master/w_3000,h_2000,c_limit/date-final-16-14.jpg|||Mercedes-Benz E-Class(W124)& 190Class(W201)|メルセデス・ベンツ Eクラス(W124)&190クラス(W201)
ともに1980年代半ば頃から90年代半ば頃にかけて新車として販売されていた、4世代前のEクラスと、Cクラスの前身となるコンパクトサルーンの190。「往年系メルセデスの最後となった世代」である。|||](https://www.gqjapan.jp/cars/article/20200322-mercedes-e-w124-w201)
筆者がご紹介してきた各車を今後各位がお買い求めになるかどうかは、筆者にとってはどうでもいいことである。そもそも、紹介から漏れている「両立車」も多いだろう。
望んでいるのは、下記のことだけだ。
「何らかのクルマを運転する30分から数時間という時間を“人生の大いなる無駄あるいは苦痛”としないために、つまり、より幸せに生きるために、もしも買うのであれば“いいクルマ”を買っていただきたい」
もちろんここで言う「いいクルマ」とは、「高価なクルマ」という意味ではない。
以上である。
文・伊達軍曹 編集・iconic
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