劇場公開されるやいなや大きな話題となった村上春樹原作の映画『ドライブ・マイ・カー』。赤いサーブ900が印象的な映画だ。サーブ社は残念ながらメーカーとして消滅してしまったが、初代900の個性的なデザインはいまだに色褪せていない。
そんなサーブ900ががたっぷり登場する『ドライブ・マイ・カー』をご紹介しよう。
クラシックミニが新車に!? 超注目メーカー純正EVプロジェクトの全容!! 日本で買える??
文/渡辺麻紀、写真/TCエンタテインメント
■本作が日本映画初!! アカデミー賞作品賞にノミネート
ドライバーとして雇われることになるみさき(三浦透子)をはじめは警戒する家福(西島秀俊)だったが……まるで新車のように輝くサーブ900の赤いボディがスクリーンに映える
ハリウッド最大の映画の祭典、アカデミー賞。多くの日本人にとっては海の向こうのイベントというくらいの認識だろうが、どうも今年はそうはいかないようだ。
カンヌ国際映画祭を筆頭に、世界中の名だたる映画祭を騒がせてきた日本映画、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が、映画アワードの頂点とも言えるこのアカデミー賞で、最高賞である作品賞に輝く可能性が出て来たからだ。
この『ドライブ・マイ・カー』、作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞の全4部門でノミネートされている。日本映画が作品賞にノミネートされるのは本作が初めてで、監督賞は『乱』の黒澤明以来、実に36年ぶり。脚色賞(濱口竜介と大江崇充)も日本人では初という偉業を成し遂げたのだ。
もちろん、どこまで奮闘出来るのかは未知数なのだが、外国語映画から選ばれる国際長編映画賞は確実視されているし、海外でも人気の高い村上春樹の同名短編の映画化ということもあり、脚色賞(カンヌ映画祭では脚本賞を受賞した)にも可能性があり、本当にもしかしたら作品賞だってアリ、なのかもしれない。
■全編を通してなつかしいあの車が登場
サーブ900が全編にわたって登場する。メーカーとしては消滅してしまったサーブの車が走る姿を見られるのはなんとも嬉しい
そんな、現在もっともホットな本作をここで取り上げたのは、車が重要なアイテムになっているから。東京に暮らす主人公の舞台演出家兼俳優の家福(西島秀俊)の愛車、赤いサーブ900が全編を通して登場しているからだ。
家福はいつもこの車に乗っている。愛していた妻(霧島れいか)が秘密を抱えたまま急死したあともサーブに乗り続け、舞台の仕事を依頼された広島でさえも、自ら運転して向かう。
その間、彼が聴くのは妻がセリフを吹き込んでくれたテープ。広島の宿も、わざわざ仕事場から1時間も離れたところを頼み、テープを聴き続ける。
もちろん、セリフを覚えるためであり、演出のヒントが得たいためなのだろうが、そこには「妻の秘密」を知りたいという気持ちもありそうだ。彼女の声に、その答えが隠れているのではないか、そう思って聴きづけているのかもしれない。
本作が日本のみならず海外でも高い評価を得たのは、この「かもしれない」というところ。彼の妻とのかかわり方や、他者との関係性が、最小限に抑えたかたちで表現され、観客の想像力を刺激するからだ。
彼の平静を装ったような表情の裏にはどんな感情が隠されているのか、それを考えるのがスリリングでさえあって、3時間にも及ぶ上映時間が退屈とは無縁。
私たちは、彼の感情の揺らめきを見たい、本心を知りたいという好奇心にかられて、スクリーンを観続けることになるのだ。
■車をきっかけにして主人公に変化が
主人公の家福を演じる西島秀俊はボストン映画批評家協会賞など様々な映画賞で主演男優賞を受賞している
そんな家福という主人公にとってサーブ900は、シェルターであり聖域でもあり、さらには『スヌーピー』に登場するライナスの毛布のような存在である。
実はさまざまな想いを抱えた男でもある家福だが、妻を含む他者の前では本当の自分をさらけ出したことがない。サーブはそんな彼の唯一の拠り所としての役目を果たしているのだ。
後半、広島から北海道に行くのだが、そのときも飛行機などは使わずサーブ。劇中、彼がほかの乗り物に乗っているのは、車と一緒に津軽海峡を渡るときのフェリーだけと徹底している。
彼に変化が訪れるのも、その車を通してである。広島で主催者側が彼の安全を考えドライバーを雇うというのだが最初、彼はそれに猛反対をする。サーブに赤の他人を乗せるのも嫌なのに、運転させるなど、考えたこともないというわけだ。
とはいえ、仕方なくそれを受け入れるのだが、そのドライバーになる寡黙な若い女性、みさき(三浦透子)との出会いが彼の人生を大きく変えることになる。
彼女がその車を「とても大切に乗られた車」といい、彼は「こんなに丁寧な運転は初めてだ」と感心する。そんな車を通してふたりは徐々に距離を縮めて行く。
最初はバックシートに座っていた家福だったが、しばらくすると助手席へと移り、ずっと聴いていたテープを止めて、身の上話に耳を傾ける。喫煙者のふたりは揃ってトップルーフから火のついたタバコを出しながら吸ったりもする。
車ファンからすると、そんなことしたらバックシートに火が飛んで焼けちゃいそう、なんていいたくなるが、ここで重要なのはふたりのその打ち解け方のほう。そこでもサーブが効果的に使われているのだ。
ちなみにこのサーブ、15年間乗っているという設定だが、もちろんピッカピカ。クーペタイプなので乗り降りも手間がかかるだろうし、装備を考えてもいろいろと不便だろうが、それでもやはりこれに乗り続けているというところにも、彼の人生やこだわりを感じさせる。
では、その愛車は最後、どうなるのか? それは映画を観て確かめて欲しい。
●解説●
舞台演出家兼役者の家福は、女優の妻、音と穏やかな毎日を送っていた。そんなある日、家福は音の秘密を目撃してしまう。それでも流れて行く日々のなかで、音がこんな言葉を口にする。「今晩、話があるの」。その話は何なのか……。
村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』(文春文庫刊)に収録された同名短編を独自の解釈で翻案した人間ドラマ。
監督・共同脚本の濱口竜介はカンヌ映画祭で日本映画初の脚本賞を受賞したほか全4部門で受賞。全米批評家協会賞の主演男優賞を西島秀俊がアジア人俳優として初めて受賞と、各国の映画賞を席巻している。アカデミー賞の発表は3月27日(現地時間)。上映時間は179分。
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(C) 2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
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