その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第51回は斬新なデザインでセールス好調な「トヨタプリウス」です。デザイン編、PHEV編に続く「プリウス三部作」完結編として、新型プリウスのまとめ役であるトヨタ自動車株式会社 Toyota Compact Car Company TC製品企画 ZF 主査の大矢 賢樹(おおや・さとき)さんにお話を伺いました。
プリウスがハイブリッドを普及させる役割は終わった
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島崎:以前の取材で、チーフデザイナーの藤原さん、PHEVパワートレインの冨田さんにお話を伺いました。そこで新型プリウスの“インタビュー・シリーズ”の〆として、やはり大矢さんのお話はお聞きしなければ……と思っていました。よろしくお願いします。
大矢さん:わかりました。よろしくお願いします。
島崎:それにしてもPHEVを試乗しましたが、スープラに迫る0→100km/hが6.7秒の加速、なのに燃費は倍の26.0km/ℓと凄いんですね。僕はアクセルをグイグイ踏み込むタイプではなく、きょうも湾岸線で片鱗を味わう程度にしておきましたが、プリウスは本当に生まれ変わったのを実感しました。
大矢さん:あの、内山田が初代プリウスを世に出して25年、振り返ると3代目の2010年ぐらいが販売台数のピークでした。そこから台数は極端に増えていない。なぜかといえば2011年にアクアが出て、それ以降、ハイブリッド搭載車が一気に増えました。そうすると、唯一無二の個性だったプリウス=ハイブリッドがそうじゃなくなってきた。プリウスがハイブリッドを普及させる役割は終わったんじゃないかな、と。
島崎:確かに、あれよあれよという間に増えましたね。他社も含めて。
大矢さん:ええ。じゃあその先はどういったクルマ作りをしていくんだろう……と考えていたときに当時の章男社長に「じゃあプリウスをコモディティにしたらどうか」と言われた。
島崎:あのお話は本当にあったんですね。
OEMで出して数を増やしたらどうだ
大矢さん:本当です。章男社長の考えは、タクシーみたいな長く乗っていただくクルマを数多く増やすことによってカーボンニュートラルに貢献するのがプリウスの役割じゃないかというものだったんですね。
島崎:裏読みというか、そういう言い方で開発の皆さんに激を飛ばしたのかな、などとも思いましたが……。
大矢さん:いや、本当にそういう考えを持っておられて、OEMで出して数を増やしたらどうだ、そんなことまで言っていました。
島崎:そうだったんですね。
大矢さん:だけどプリウスというクルマは名前としては残すべきだ、と。その残し方を考えたときに、コモディティという提案もひとつアリかなとは思いましたが、我々開発の立場からすると、多くのお客様に乗っていただくワクワクするクルマにしたい。そういう形でカーボンニュートラルに貢献できるような手の届くエコカーであり続けることはできないだろうか、と考えました。
島崎:とても心強いお話です。
大矢さん:そこで実はタクシーなどの議論を重ねているときに、1枚のスケッチを描いてもらいました。これが今のイメージにすごく近い、Aピラーが寝ていて大径タイヤを履いていたもので、このスケッチで相談したところ、「これで行こう」ということになり、じゃあ“愛車”の方へ行くんだとグッと舵を切って……。
島崎:ほお。
大矢さん:デザインはスケッチのイメージに近づけて、そうすると今度は走りは?ということになる。けれどプリウス=燃費のイメージ一辺倒になってしまうので、動的性能の開発メンバーに早い段階でデザインを見せて「こういうクルマを作りたい。これに見合う走りを実現したい」と伝えました。そこから“虜にさせる走り”のワードとセットで、みんなでどうやってやっていこうかとなり、走りのほうに振っていきました。
島崎:スケッチに見合う走りを!のお話は、各ご担当の方からも伺いました。
大矢さん:あえて早めにスケッチを見せたのは、やはりプリウスというブランド、名前が強かったので、やっぱり燃費にこだわってしまう。もちろんそこは大事ですが、今回は燃費だけを求めるクルマにはしたくなかった。早く思考回路を企画部署と同じベクトルに向けて共有する必要があるかなあと考えたんです。
島崎:そういう作戦だったのですね。
大矢さん:製品企画の僕ひとりで作りたいといってもできません。やはり仲間を作らないといけない。なので中身を一緒に理解しあえることは大事かなあと。するとメンバーもいろいろ課題を持ち始めて、それを前のめりで出せば、そのほうが解決する時間が生まれる効果もあります。
乗ったときのオシリの位置は従来型と変わらない
島崎:デザインも含めて逆風はなかったんですか?
大矢さん:もちろん、やはり乗り降りがしづらくなると、プリウスのお客様にはマズいんじゃないの?といった声や、今まで守って来たことをスポイルしたらどうするの?といった議論はありました。が、だからそこで止めるのではなく、じゃあどうしようと考えてくれるようになったので、プロジェクトに関わるメンバーがいろいろな面で協力してくれて……。
島崎:Aピラーの寝具合は、実は実車に試乗する前の最大の懸案事項でした。ランボルギーニの乗り方をしないといけないかな、と。
大矢さん:実は全高が下がっていますが、乗員の位置も下げています。ただしタイヤサイズが大きくなっているので、乗ったときのオシリの位置は実は従来型と変わらないんです。なのでオシリを落ち着けて頭を潜らせれば良く、意外と負担なくお乗りいただけます。
島崎:確かに頭をゴン!とぶつけることはないですね。
大矢さん:パッケージングの妙で大きなタイヤを履かせたことで最低地上高が少し持ち上がっている分、オシリの位置は落とさず乗用車並という訳です。
島崎:同様にAピラーの傾斜も明らかに従来型よりもキツいですが、Aピラーの付け根と前輪の位置関係のつかみにくさ、取り回しのしにくさは、むしろ今までより感じない気がします。
大矢さん:そこはエンジニアも同じ感覚ですごく気にしていました。本当に大丈夫かなぁ、と。そこで従来型を改造してAピラーだけ再現して実際に運転して検証しました。乗った感覚でタイヤがどこにあるかわからなくならないかどうか、ハンドルを切ったときにどう曲がるかわかりづらくないかどうか……。
島崎:初代のエスティマに乗って最初にステアリングを回したときには、どうしようかと思ったのを思い出しました。
大矢さん:我々も心配したので、初期の段階でみんなで確認したところ、従来モデルと変わらない感覚だったのをリアルにモノを作って確認したので、そこは大丈夫と自信をもっています。
かっこよくしたから使えないクルマではいけない
島崎:よかったです、安心しました。後席のヘッドクリアランスも決して余裕が大きくはないまでも、なんとか成立していますしね。
大矢さん:実はシートバックの角度を少し寝かしています。
島崎:あ、そうですね、27度でしたか?
大矢さん:そうやることで、先代モデルでは少しシートバックが起きていて、座るとお腹のあたりに圧迫感がありました。そこで長時間でも楽に座れるようにしました。かっこよくしたから使えないクルマではいけないので、パッケージングを工夫しています。
島崎:リアドアのハンドルを電気式にした理由は何ですか?
大矢さん:通常のリアハンドルのある位置の面形状にものすごくこだわりました。そこにハンドルを置くと、表現したいものが全部なくなってしまうんです。そこでデザイン優先で窓の後ろに持っていき、使いづらいハンドルにならないよう、電磁式のスイッチをワンアクションで指の動きだけで軽く操作すれば開けられるように考えました。これもメンバーの提案でした。
島崎:物理的にハンドルのロックを外してドアを引っ張る……ではないということですね。
大矢さん:それとリアコンビランプのまわりの巻き込ませてあるあたりも形状的にはすごく難しかった場所です。
島崎:生産工場の方もさぞご苦労なさったんでしょうね。
大矢さん:苦労して仕上げてくれて、ひとつの個性になっています。
島崎:リアフェンダーのプレスの深さは国産車でも有数でしょうね。一方でフロントまわりのデザインは、クラウンもそうですが、トヨタ車の最新トレンドに則したデザインということなのですか?
できるだけ人の顔に見えないように
大矢さん:ハンマーヘッドというモチーフを使っていて、基本的に今後のトヨタのフロントマスクのアーキテクチャーとして採用していくと思います。まあ、プリウスであればプリウスらしさ、SUVであれば厚みが出てくるのでそういうふうに個性化させながら……。
島崎:各車ごとの個性がそれとなく盛り込まれるといいですね。年初の箱根駅伝をTVで観ながら「このクルマはクラウン?プリウス?何だろう??」と実は正月早々から思っていました(笑)。
大矢さん:ふふふふ、ランナーがメインですし、色的にもアッシュでしたしね。ヘッドランプについてはLEDの単眼で小さく、存在感をないくらいにして、光ったときに個性が出る、できるだけ人の顔(の目)に見えないようにという考え方なんです。
島崎:そうなんですか。僕らは子供の頃に“クラウンエイト”なんて言いながら、空で覚えていたフロントグリルの絵をノートの端に描いたりしていましたけれど。
大矢さん;先進感を出したいときに、具体的にモノが見えるのではなく、ちょっと隠れていて機能するという考え方です。昔みたいにヘッドランプ、グリルと描いて個性を出したのではなく、今的な解釈で……。
島崎:僕自身、昔的な年式なもので……。そういえばCMもずいぶん奮っていますね。意識高い系の人たちが注目しそうな?
ハイブリッドはCO2を減らすための有効な現実解、今の段階でBEVだけになるかというと難しい
大矢さん:エモーショナルにできるだけクルマを見せたいという思いがありました。それとPRIUSの車名の中に“I(私)”と“US(私たち)”という言葉が隠れています。なので私と私たちの選択、ニュー・ピープルズ・ビークルとして、そういう人たちに選んでください……ということであのようにしたんです。
島崎:特定のユーザーターゲットということではないんですね。
大矢さん:ないです。本当にいろんな方に乗っていただく、多様性も含めて幅広く感じていただく。
島崎:お肉を食べる人も食べない人も、どなたでもというメッセージなんですね。
大矢さん:はい。クルマとコンセプトを見せるCMになっています。
島崎:今までのプリウスのイメージを打破するのはさぞ大変だろうなあとも思いましたが、あっさりと間口を広げていらっしゃるのですね。
大矢さん:方向性が決まったあとは、目標が明確になったので、それに向けてやってきた感じかなあと。ただ企画段階では、すんなり決まったかというとだいぶ悩みましたし。
島崎:起死回生といったこともですか?
大矢さん:ブランドとしてどう残すか、役割をどういったところに持つか。ハイブリッドの普及の役割が終わり、次の役割は?というところがポイントでした。先進感満載の燃費特化のクルマという今までのクルマの延長線でいいのかなあ?と。“愛車”というキーワードがでてきたのもそうで、やはり多くの方に乗っていただくことを目指す。ハイブリッドのプリウスが走るイメージになれば、他のクルマへの影響力もある。ハイブリッドはCO2を減らすための有効な現実解だと思っていますので、より多くのお客様に乗っていただくためには、やはりイメージを変えていかなければいけない。プリウス=エコだけの延長線上のハイブリッドだけだと、まだまだいろいろな方に乗っていただくまでにならないのかなあ、と。
島崎:未知数とは思いますが、プリウスはEVとのスタンスの取り方はどうなっていくのでしょう?
大矢さん:最終的に手に届くエコカーであり続けるというところで、BEVが成り立つかどうか。バッテリーも走行距離分を考えると今はまだ価格が高いところがあるので、より多くのお客様に乗っていただくためにはまだ価格とのギャップがあります。今回、ハイブリッドとPHEVにこだわったのも、そういう理由からです。もしも劇的に手が届くような価格になれば、BEVなり、他の選択肢で、カーボンニュートラルに貢献しながら皆さんに喜んでいただけるようなユニットが現れれば、それを選ぶかもしれません。要は僕たちがお客様に提供できるベストは何か?です。もしそれがハイブリッドではない別の何かだということになればそれを選択する可能性は十分にあると思います。ただ今の段階でハイブリッドではなくBEVだけになるかというと難しいのかなと。次にどうなっていくかは悩みながらだと思います。
島崎:そういえばPHEVはパワーコントロールそのものがとても洗練された印象で、走らせながら“もうエンジンが載ってないんじゃないか?”と思いました。
大矢さん:そこはラバーバンドフィールがわからないようにこだわってやってきましたので……。
島崎:そうでしたね。いろいろな興味深いお話をどうもありがとうございました。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2023年5月時点の情報で制作しています。
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