■姉妹車「ノアヴォク」が同時にフルモデルチェンジ
以前のトヨタは、トヨタ店やネッツ店など4つの販売系列に応じて、一部の取り扱い車種を区分していましたが、2020年5月以降は全店が全車を扱う体制に移行しました。
この背景には、基本部分を共通化した姉妹車を廃止して、開発を合理化することも含まれており、そのためコンパクトトールワゴンの「ルーミー/タンク」の場合、「ルーミー」のみが継続された「タンク」は廃止。タンクのデザインを踏襲したグレードがルーミーに設定されています。
ところが2022年1月13日に発売された新型「ノア/ヴォクシー(ノアヴォク)」を見ると、3車種あった姉妹車のうち「エスクァイア」は廃止されましたが、ノアとヴォクシーは存続しました。
新型ノアは標準仕様とエアロ仕様を用意し、新型ヴォクシーはエアロ仕様のみを設定。エアロ仕様があるという点で新型ノアと新型ヴォクシーは重複していますが、デザインは異なります。
新型ノアのエアロ仕様は分かりやすい典型的なデザインで、新型ヴォクシーは先鋭的なエアロモデルに仕上げました。なお、新型ノアの標準ボディは、シンプルで親しみやすい外観に造り込んでいます。
新型ノアヴォクで計3種類の仕様を用意した理由を開発者に尋ねると「お客さまの価値観が多様化していることもあり、3種類から選べるように配慮した」という回答でした。
この背景にはノアヴォクの売れ行きもあります。
2021年は新型コロナ禍の影響や、フルモデルチェンジを控えていたことから販売がもっとも落ち込む時期でしたが、ノア/ヴォクシー/エスクァイアの登録台数を合計すると1か月平均で1万台を超えました。これは「カローラシリーズ」を上まわり、ルーミーに迫る売れ行きでした。
しかもノアヴォクの売れ筋価格帯は300万円から380万円とルーミーの2倍近くに設定。ノアヴォクはトヨタの重要な稼ぎ頭ということで、姉妹車を両方存続させる異例のフルモデルチェンジをおこなったのです。
新型ノアヴォクの発表時点で公表された1か月当たりの販売基準台数は、新型ノアが8100台、新型ヴォクシーが5400台で、両車を合計すると1万3500台になります。
フルモデルチェンジの直前でも1万台以上を販売していたから、この販売基準台数は手堅い数字といえるでしょう
この台数で注目されるのがノアとヴォクシーの比率で、ノアは60%、ヴォクシーは40%になります。
前述のように、新型ノアは標準仕様とエアロ仕様、新型ヴォクシーはエアロ仕様のみなのでこの比率は納得できますが、実際の販売比率とは食い違います。
新型ノアヴォクは、2022年1月初旬時点で3万1500台を受注していますが、この内訳は新型ノアが40%で新型ヴォクシーが60%だといいます。
先代型の2021年における売れ行きも、エスクァイアを除くと、ヴォクシーが60%でノアが40%の比率でした。
先代ヴォクシーはモデル末期に標準仕様を廃止しているのですが、ヴォクシーの売れ行きはエアロ仕様に絞られても下がらず、前述の通りノアよりも好調に売れています。
そのため、ルーミーと同様に新型へのフルモデルチェンジでノアだけに統合されると思われましたが、販売好調なヴォクシーも残したというわけです。
■トヨタが全店舗で全車を扱う弊害とは?
新型ヴォクシーの受注台数が多い背景には保有台数の違いもあり、先代型ヴォクシーが好調に販売されたこともあって新型への乗り替えも活発におこなわれています。
新型ノアヴォクの売れ行きについて、販売店は次のようにいいます。
「売れ行きは今でも新型ヴォクシーが好調ですが、受注開始の頃に比べると新型ノアの比率が高まっています。
先代型では、若いお客さまはヴォクシー、ファミリー層はノアという売れ方でしたが、新型では若い人もノアを選んでいます」
新型ノアのフロントマスクはエアロを含めて先代型を発展させた印象ですが、新型ヴォクシーはかなり飛躍しました。新型ノアは現在のユーザーが対象で、新型ヴォクシーは将来の好みを先読みしているようにも受け取れます。
その意味で新型ノアの売れ行きが伸びている現状は、トヨタの狙い通りといえるでしょう。
「ノアをもっと多く売りたい」というトヨタの思いは、価格からもわかります。新型ノアヴォクの価格をエアロ仕様同士で比べると、新型ノアが5万円から7万円安いのです。
新型ヴォクシーはクリアランスランプをLEDヘッドランプから独立させるなど凝ったデザインを採用したものの、新型ノアより5万円から7万円が上乗せされるのは高すぎるでしょう。
この金額をオプション価格に置き換えると、災害時にも役立つ100V・1500W電源コンセント(4万4000円)、右側スライドドア(6万2700円)に相当し、予算が同額の場合、新型ノアのエアロ仕様は新型ヴォクシーに比べて実用性の高いオプション装備をひとつ多く装着できることになります。
これも新型ノアを積極的に売り、販売比率を60%に高めるための仕掛けなのです。
それならどうして、標準ボディを用意したり価格を割安に抑えてまで、新型ノアを多く売りたいのでしょう。
逆にいえば、なぜ新型ヴォクシーの販売を抑えたいのかということですが、この背景には全店が全車を扱うことの弊害が関係しているようです。
以前のように販売系列によって取り扱い車種が区分されていると、販売店は自社の扱う車種に力を入れることから、売れ行きも偏りにくいです。
かつてのネッツ店は「ヴェルファイア」を大切に販売しており、登録台数も姉妹車の「アルファード」に比べて多かったのです。
ところが現行型のアルファードとヴェルファイアがマイナーチェンジを実施し、アルファードのフロントマスクが派手になり、2020年5月に全店が全車を扱う体制に変わると、販売格差が急速に拡大し始めました。
すべての店舗でアルファードが好調に売られ、以前はヴェルファイアを専門に販売してきたネッツ店でもアルファードに乗り替えるユーザーが増えたのです。
その結果、ヴェルファイアの販売は激しく落ち込み、グレードも絞られ、2021年(1月から12月)の登録台数を見るとヴェルファイアはアルファードの7%と大きな格差が生じました。
全店が全車を扱うと、人気車は売れ行きを一層伸ばし、不人気車は大幅に落ち込みます。
タンクを廃止してルーミーを残すような戦略なら都合が良いのですが、ノアヴォクのように姉妹車関係を存続させて大量販売を狙うときは、全店全車の取り扱いが裏目に出てしまいます。
姉妹車を残して多様化するユーザーニーズに応えるためには、バランスの良い売り方が求められるのです。
そこでノアヴォクは、先代型、新型ともにヴォクシーの販売比率が60%と高いのに、目標ではノアを60%に設定して、価格の割安度でも差を付けました。
トヨタは長年にわたり販売系列を生かした売り方をしてきましたが、合理化のために全店/全車併売に踏み切りました。
その結果、販売格差の弊害に悩まされ、ヴォクシーとノアの販売不均衡を解消すべく、フロントマスクや価格設定を工夫しているのです。
これは小型/普通車の新車市場に占める割合が50%に達するトヨタならではのチャレンジでしょう。
日産やホンダの販売網もかつては系列化されていましたが、全店全車併売に移行。この影響で車種ごとの販売格差が広がったのですが、両社は是正させる措置を講じませんでした。
その結果、日産が2021年に国内で新車として販売したクルマの39%が軽自動車になり、そこに「ノートシリーズ」と「セレナ」を加えると日産車全体の72%に達します。
ホンダは国内新車販売台数の53%が軽自動車で、「フィット」「フリード」「ヴェゼル」を加えると84%になるなど、車種ごとに著しい販売格差が生じています。
このような少数の車種に依存する国内販売体制は危うく、販売総数も下げてしまいます。
全店全車併売による販売格差と、売れ行きの低下に向けたトヨタの危機意識の違いが、新型ノアヴォクには明確に表現されているというわけです。
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