ベルリネッタ2台は不本意な結果に終わったが……
RMサザビーズ欧州本社が、その本拠地であるロンドンの市内にある古城「マールボロ・ハウス」を舞台に、2023年11月4日に開催した「LONDON」オークションでは、近現代フェラーリの一群の出品が話題となった。その出展者は「The Factory Fresh Collection」。シンガポールでフェラーリの正規ディーラー「ホンセ・モーターズ」を長年経営してきたビジネスマンにして、生粋のフェラーリ愛好家としても知られるアルフレッド・タン氏が新車として入手したのち、未登録でほとんど走らせることなく保管してきたフェラーリの数々が、オークション会場に集められたのだ。今回はその中からスタンダードのベルリネッタ2台と、公式に製作されたスパイダーからなる、3台の「512TR」をご紹介したい。
フェラーリオーナーへの近道は「348」しかない! ほぼ未使用車が1000万円以下の謎は右ハンドルだから!?
最後のミッドシップ12気筒の量産フェラーリ、512TRとは?
1992年1月。日本を含む主要マーケット各国で同時リリースとなったフェラーリ512TRは、1980年代の傑作スーパースポーツ「テスタロッサ」を1990年代の最新テクノロジーでリファインし、ランボルギーニ「ディアブロ」など後発のライバルに負けないスーパースポーツの雄へと再起するために用意されたモデルである。
一見したところ、テスタロッサのボディ内外装にフェイスリフトを加え、パワーを上乗せしただけのマイナーチェンジ版にも映るが、その実はシャシーから大規模な変更を受けていた。それまでエンジンを支えていたサブフレームは、剛性アップと軽量化のためにメインフレームと一体化。エンジンの搭載位置も、わずか数cmながら低められた。
また、前後ホイールは18インチに拡大されると同時に、テスタロッサではやや不安のあった制動力についても、大径化されたベンチレーテッド・ディスクブレーキによっておおむね満足すべきものとなったのだ。
くわえて、ピニンファリーナが手がけたボディのスキンチェンジもかなり大規模なもので、前後のバンパーはより丸みを帯びた形状へと刷新。テスタロッサ時代には複数のパーツで組み立てられていたリアのエンジンフードも一体プレスとされたうえに、左右フィンがテールエンドまで伸びるスタイルとなった。またインテリアも大幅にモダナイズされるかたわらで、ダッシュパネルとセンターコンソールは、1970年代のフェラーリのようにセパレート化が図られた。
いっぽう、テスタロッサで初めて気筒あたり4バルブとされた180度V型12気筒4カムシャフト4943ccエンジンは、ムービングパーツの軽量化とともに、シリンダーとライナーもニカシルコーティングも最新化された。
燃料供給もテスタロッサ時代のボッシュKEジェトロニックからモトロニックML2.7に変更。さらに吸/排気系に大規模なモディファイを受けることになった結果、パワーは400psの大台をはるかに超える428ps。当時5ps刻みでのパワー表示が慣例とされていた日本仕様では、中身は同じながら「425ps」へとアップを果たした。そしてかつての「365」/「512BB」以来、久しぶりに300km/hの大台に達する最高速を公表することになったのだ。
512TRは、1992年から1994年の間に2261台が生産されたと伝えられるが、シリーズ生産モデルはベルリネッタのみで、スパイダーの正式設定は無かったはずである。ところがこのほど行われたオークションには、1台の512TRスパイダーの姿があったのだ。
スパイダーはなんと5億円オーバー! でも、そこには納得の理由が・・・・・・
このほど開催されたRMサザビーズ「LONDON」オークションには、2台のフェラーリ512TRにくわえて、ピニンファリーナによって特別に製作された512TRスパイダーが、「The Factory Fresh Collection」から出品された。
2台の512TRベルリネッタは、ともに88台のみが生産されたといわれる右ハンドル英国仕様車で、「ブル・セーラ・メタリッツァート(ナイトブルー・メタリック)」の512TRは、オークションの公式カタログ作成時点で5万4000kmを超える、この種のスーパーカーとしては走行距離が出ている個体。もう1台、「ロッソ・コルサ」の512TRは、まだ3900マイル(約6200km)しか走っていない個体とのことだった。
そして、今回の目玉のひとつともいうべき「ブル・コバルト(コバルトブルー)」の512TRスパイダーは、「The Factory Fresh Collection」主宰のアルフレッド・タン氏自身の主導により、フェラーリ公認のもと3台のみが製作された512TRスパイダーの1台とのこと。
アルフレッド・タン氏はフェラーリの正規代理店の社主として、あるいは熱心なフェラーリ愛好家として、フェラーリおよびピニンファリーナとは太いコネクションを持つかたわら、ブルネイ王家とも密接な関わりがあり、これまで王家が特注したスペシャル・フェラーリの多くに関与。1990年には、テスタロッサのスパイダープロジェクトの立ち上げと運営にも携わっていた。
そして1993年、フェラーリは3台の512TRスパイダーを製作し、1台はフランスに、2台はアルフレッド・タン氏に引き渡し、そのうちの1台、ブル・コバルトの塗装を施されてラインオフした唯一の512TRスパイダーであるシャシーナンバー#97310は、そののち30年にわたってタン氏の手元に残された。
ところが、フェラーリ512TRスパイダーの引き渡しを受けたタン氏は、この#97310にほとんど乗ることなく、つねにホンセ・モーターズのショールーム内かドライストレージに保管。その結果、今回のオークションカタログ作成時にオドメーターが示していた走行距離は、わずか570kmにすぎなかったというのだ。
明暗を分けた3台
こうして迎えた11月4日の競売。512TRベルリネッタのうち、赤い個体は26万ポンド~32万ポンドのエスティメート(推定落札価格)を設定したものの、同日の競売では流札に終わり、現時点では28万ポンド、日本円にして約5140万円で継続販売とされている。
いっぽうブルー・セラの個体は、22万5000ポンド~27万5000ポンドのエスティメートが設定されていたのだが、マイレージがかなり伸びているこちらは最低落札価格を設定しない競売方式を採ったことが影響し、エスティメート下限を大幅に割り込む13万8000ポンド、日本円に換算すれば2530万円で落札されることになった。
このように、ベルリネッタ2台が出展者側にとっては不本意な結果に終わったのに対して、512TRスパイダーは、もとより強気な210万ポンド~270万ポンドというエスティメートをさらに上回る280万ポンド。つまり日本円に換算すれば、5億1400万円という驚異的な価格でハンマーが落とされた。
これはたしかに驚くべき価格であるのは間違いないのだが、フェラーリとピニンファリーナの公認で製作された3台のうちの1台であるうえに、ブルネイ王家の個体が今後マーケットに売りに出される可能性は限りなく低いことを勘案すれば、やはり納得すべきプライスであるというのが、世界的な論調となっているようだ。
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