スポーツカーだけがクルマではないが、クルマ好きが昂るのはやはり性能を追求した存在であるスポーツカーではないだろうか。
ところがスポーツカーの話になると「コンパクトで200万円前後のスポーツカーがほしい」なんて意見があふれる。たしかに初代シビックタイプRは199万8000円で、現行型が450万360円もすることを考えればその気持ちもわかる。
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そんなクルマ好きたちを刺激した「S-FR」を覚えているだろうか? 2015年の東京モーターショーにてトヨタが出展したコンパクトクーペだ。
その完成度の高さに市販を期待する声が多かったものの、そこから音沙汰はなく。結果として開発凍結になったというのが定説だ。
トヨタの技術をもってすればなんら難しくないのに、なぜS-FRは登場しなかったのか。安価なFRコンパクトスポーツカーが登場しない理由に迫ります。
文:鈴木直也/写真:ベストカー編集部
■250万円台から買える86/BRZはギリギリの値付け
いま、日本のクルマ好きの話題を独占しているスポーツカーはスープラ。そこに異論のある人は少ないだろう。
ひと昔前だと、スポーツカーみたいなニッチ商品はホンダやマツダの得意技で、トヨタはそういうマニアックなクルマからもっとも縁遠いメーカーと思われていたが、まさに時代は変わった。
CASE(※1)やMaaS(※2)などクルマが「100年に一度の変革期」にある現在、ユーザーに積極的に選んでもらえるブランドたりえるには、スポーツカーに代表される「エモーショナルな商品」が不可欠。
トヨタがスープラを発表したのはブランド戦略としての位置付けも大きい。直6+FRのクルマをこのご時世に600万円台で販売できたことは、BMWとの協業という大きな武器があってこそ
トヨタがスポーツカーに力を入れるのは、それがブランド戦略車としてきわめて重要なことを正しく認識しているからだ。
ただ、そのトヨタにしてもスポーツカーをビジネスとして成立させるのは容易ではない。
たとえば、スープラの魅力の中核は「伝統の直6FR」というメカニズムにあるが、トヨタだけでスープラ専用に新たな直6エンジンを開発できるかといえば、原価を考えるとかなり困難。
BMWとのコラボレーションでエンジン/パワートレーンを共有したことで、スープラRZは690万円というプライスに収まったが、果たしてトヨタ内部ですべてのコンポーネンツを賄ったら価格はどのくらいになっただろう……。
ざっくりとした予想だが、直6バージョンは限りなく1000万円に近くなったのではないかと思われる。
86&BRZもトヨタとスバルの協業で250万円からのパッケージングを確保。いまやこの価格でスポーツカーを販売することは極めて難しいことなのだ
同じことは86/BRZにもいえて、スバルの水平対向エンジン、ミッション、リアサスペンションなどを使うことで、なんとか250万円台から買えるFRスポーツが実現している。
86/BRZは発売当初はグローバルで年間5万台程度を売っていたが、最近はやっとこ2万台程度。この価格レンジでも売れる台数はこの程度なのだ。
(※1)
"CASE"はConnected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリング)、Electric(電気自動車)の頭文字をとった言葉。今後の自動車業界の主軸となる四大技術を指す
(※2)
"MaaS(マース)"は"Mobility as a Serivice"を指す言葉。バス、タクシーなどの公共交通機関やカーシェアなどを一元化して考える「移動」の新しい概念
■幻のS-FRは年間20万台を売らない限り200万円台は難しかった
で、S-FRだ。2015年の東京モーターショーで華々しくデビューしたこのコンパクトFRスポーツカー。
キュートなデザインと小さいながらリアシートを持つ2+2であることなど、スポーツカー好きのハートを大いにときめかせたのだが、案の定というべきか、肝心の市販計画は何時までたっても聞こえてこず。
コンパクトながら実用性もありそうな「S-FR」。現実的なコンセプトカーの登場に2015年の東京モーターショー会場は騒然となった
どうやら開発中止というのが業界筋の認識となっている。
2015年当時、メディアでは「1.5Lの直4エンジンのFRで価格は200万円を切る!」と期待する声が高かったが、アクアやヴィッツみたいに年間20万台以上造るならいざしらず、少量生産のスポーツカーでその価格は到底ムリ。
どうも、みなさん「トヨタならこのくらい安く造るだろう」という期待感があるみたいだ。
しかしいくらトヨタでもロードスター似たようなパッケージのFRスポーツカーを、ロードスターより遥かに安く供給するなんてことができるわけないと思いませんか?
内装も非常によくできていて販売は数年内にされるとの情報もあったが、結局は開発凍結というのが最新の情報になる
思うに、クルマ好きの皆さん(とくにオジサン)は、トヨタMR-Sの初期モデルが160万円程度から買えた時代の記憶があるはず。
「ヴィッツあたりのメカを流用すればトヨタなら安くFRスポーツができるだろう」と考えているフシがあるようだが、そのMR-Sだって2007年の最終モデルでは240万円まで値上がりしている。
そこに現代の法規制が要求する衝突安全装備やADAS系装備を追加したら、どうやったって86/BRZ並の価格になってしまうわけで、これでは商品として成り立たないわけです。
むしろ、ロードスターが30年かけてコツコツ累計100万台という数字を積み重ねて来れたのが奇跡みたいなもので、普及価格帯でFRスポーツカーをビジネスの軌道に乗せるのはとてつもなく難しいコトと考えるべきなんじゃないでしょうか。
「ロードスターができているからS-FRもできる」というのはやや的外れ。ロードスターがコツコツ30年にわたり築きあげてきた実績とブランド力があるから成せる業だ
逆に、同じスポーツカーでも最初から高価な販売価格を設定できるなら、そんなに苦労はしないですむ。
同じトヨタでもレクサスで展開している“F”シリーズはまったく別のビジネスモデルで造られるクルマで、決して数多くくれているとは言い難いけれど、バリエーションを増やしつつ順調に改良が重ねられている。
先日もRC Fの試乗会が富士スピードウェイで行われたが、1000万円を超える価格レンジなら、スポーツカービジネスがきちんと継続できることを実感した。
86/BRZが8年目に入ったことで、そろそろその後継モデルが噂される時期となり、その可能性のひとつとしてS-FRから派生したFRスポーツというアイディアが語られたりもしている。
しかし、せっかくプラットフォームから立ち上げた86/BRZを一代限りで使い捨てるというのは疑問。
そういう意味でも、S-FRがコンセプトカーのようなカタチで市販されることは、ぼくは限りなく可能性が低いと思っている次第であります。
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