アルピーヌ「A110」に新しく追加された「GT」グレードに、今尾直樹が箱根で試乗した。
GTの特徴
「ホンダ謹製カフェレーサーは、断じて“上がりのバイク”ではない!」──新型HAWK 11試乗記
2017年12月にデビューを飾り、2018年6月に日本で発売されてから、はや丸っと4年。アルピーヌA110にマイナーチェンジが施され、GTという新しいモデルが誕生した。
これまではピュア、リネージ、Sの3モデルで、ピュアはスタンダード、リネージ(lineage=血統)は10kg重い豪華仕様、そしてSはサーキット走行を意識したスポーツ仕様という位置づけだった。
今回、この3つの個性をよりいっそうくっきりさせるべく、A110、A110GT、A110Sというグレード体系にあらためられた。A110、A110Sは基本的に従来通りで、あいだに挟まれたGTは、旧リネージにSとおなじエンジンを搭載し、装備も性能もグランド・ツアラーに仕立てたラグジュアリーなモデルだ。
補足すると、GTの足まわりはA110と共通の「アルピーヌ・シャシー」でソフト。Sは「シャシー・スポール」でハード。エンジンは、Sと共通の高出力版になる。おそらくA110Sが出たときに、「エンジンはいいけれど、足まわりはちょっと硬すぎる」という声があったのではあるまいか。街乗り用の高性能モデル、それがGTなのである。
今回のマイナーチェンジではメカニズム面でも若干の変更がくわわっている。いちばん大きいのは、S、そしてGTにも積まれることになったエンジンの最高出力が292ps/6420rpmから300ps/6300rpmに、最大トルクが320Nm/2000~6420rpmから340Nm/2400rpmに強化されていることだ。
A110はこれまで通り、252ps/6000rpm、320Nm/2000rpmだから、標準モデルとそれ以外のモデルとの差がより拡がったことになる。
高性能化は、いわゆるロム・チューンによるもので、1798ccの直列4気筒直噴ターボ・エンジン本体の改良についてはとくに発表していない。高出力、大トルク化にくわえてサウンド・チューニングが図られており、排気音は、筆者の主観によると、より野太くなっている。アクセル・オフ時にヴォヴォヴォヴォッというバックファイアみたいなレーシーな音が聞こえてくるようになったのはチューニングによるものだ。
もうひとつ、マルチ・メディア・システムが更新されて、新たにApple CarPlayとAndroid Autoに対応するようになったことは朗報だろう。メーターナセルのスクリーンのメーターのグラフィックが変更になり、筆者の主観によれば、以前よりフランス国旗のトリコロール・カラーが目立つようになっている気がする。フランス車でゆいいつのピュア・スポーツである。大歓迎である。
おどろくほどピュア
新しいアルピーヌA110GTに、箱根で試乗した。あいにくの雨、濃い霧という最悪の条件ではあったけれど、最悪の条件のおかげでわかったことがある。
ものすごく軽やかなのに、ウェット路面でも挙動がものすごく落ち着いているのだ。
軽量、低重心、前後重量バランスが適切で、空力に優れている。というすぐれた基本設計が生み出しているにちがいない。ミシュラン・パイロット・スポーツ4の貢献も大なり、だろうけれど、本来、同居がむずかしそうな軽やかさと安定感が共存している。
よくぞ、この時代にこんなにピュアなスポーツカーを大手自動車メーカーが出したものだ。「奇跡」と申し上げるほかない。
スタンダード仕様のA110は用意されていなかったため、記憶のなかのA110ピュアとの比較で申し上げると、トルクの20Nmアップの余裕は明らかで、雨と霧でエンジンをまわせないことの残念さが、さほどでもなかったように思う。同時に試乗したA110Sより、不思議なことに静かに感じたのは、もしかしたら助手席の後ろのエンジンとの隔壁のところに設定されたサブウーファーのおかげであるかもしれない。
いやでも、穴が空いている分、音が抜けやすくなっているともいえるので、これはあくまで筆者の主観です。
まったくもってA110はすばらしい!
足まわりのしなやかさは、「足まわりのしなやかさ」ということばを超えたところにある。
洗濯板みたいな荒れた路面だって、前後ダブル・ウィッシュボーンのサスペンションは見事にドコドコドコドコ追随し、路面をとらえて放さない。筆者のような凡庸なドライバーに絶大な安心感を与えてくれるのは、この足まわりのおかげだ。ロールはするけれど、ゆったりしてくれる。あっぱれである。ひさしぶりに乗ったら、また欲しくなった。
A110Sは、これに較べると、スプリングレートが前30N/mm、後60N/mmから、それぞれ47N/mm、90N/mmと、およそ1.5倍ぐらい硬くなり、ハイドロリック・コンプレッション・ストップを採用したダンパーも相応にチューニングされていて、さらにアンチロールバーの剛性が前17N/mm、後10N/mmからそれぞれ25N/mmと15N/mmへと、やっぱり1.5倍ほど強化されている。GTからパッと乗り換えると、ノーマルの911からGT3に乗り換えたぐらい硬いように感じる。
ところが、A110Sも意外としなやかなのだ。初期の反応は硬く感じるけれど、今回の試乗路が比較的平滑な路面ということもあったにせよ、コワモテなのは最初だけで、じつは懐が深くて、路面の凸凹を受け止めてくれる、というのか吸収してくれる、というのか。
まったくもってA110はすばらしい! 2022年も半ばを過ぎようとしているいま、ふたたび筆者の欲しいクルマのリスト1位の座に燦然と輝きはじめたのであります。
その場合、単に夢想の話ですけれど、スタンダードで十分だと筆者は思いつつ、GTかSにしておくか、というのも悩むところである。いや、悩んでおくべきでありましょう。トルクが太くて速い、というのは、やっぱり魅力的だ。Sはなるほど硬い。でも、それは心地のよい硬さで、好みとしてはGTだけれど、あえて好みではないSを選んでおいても、長く乗るうちに愛情が芽生え、後悔することはない……という気もする。
なお、デザイン面で目に付く変更点というと、外観では新しいホイールと、ボディ色に新色がくわわったことがあげられる。さらに、「アトリエアルピーヌ」という受注生産プログラムも始まっている。9カ月待つ必要があるけれど、より自分好みのA110が手に入るのだ。
スポーツカーとはパーソナルな乗り物だからして、まことに贅沢な話ではあるものの、それでこそスポーツカーである。いいなぁ。欲しいなぁ……。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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