ロングテールのレシピとは
マクラーレンLTシリーズの源流を遡ると、1990年代のFIA GT選手権を戦ったマクラーレンF1 GTRに辿り着く。
<span>【画像】765LTスパイダー 細部まで見る【限定765台】 全37枚</span>
当初はロードゴーイングスポーツカーをルーツに持つ車両のみが参戦できるチャンピオンシップだったが、競争の激化に伴い、まずはレーシングカーを作り、そこに“無理やりナンバーをつける”メーカーが登場し始めると、レーシングカーのパフォーマンスは一気に急上昇。
もともと純然たるロードカーとして開発されたマクラーレンF1では到底歯が立たない状況となった。
ただし、だからといってすごすごと引き下がることを快しとしなかった彼らは、1997年にボディの全長を大幅に伸ばしてエアロダイナミクスを飛躍的に改善したモデルを投入。GTレースの精神を蔑ろにするライバルを相手に、11戦中5勝を挙げて名門F1チームとしての誇りを見せつけた。
そして、この年のボディを延長したマクラーレンF1のことを、後にロングテールと呼ぶようになったことからLT伝説は始まったのである。
LTの名を最初に用いたマクラーレン・ロードカーは、2015年に発表された675LTだった。
これは、当時の主力モデルだった650Sをベースに、LTシリーズ特有のモディファイを施したもので、クーペとスパイダーの2タイプを用意。同様の手法で、570Sをベースに600LTが誕生したのは2018年のことだった。
そしてLTシリーズの第3弾が765LTで、そのコンバーチブル版がここで紹介する765LTスパイダーというわけだ。
LTに用いられるレシピは、675LTの時代から基本的に変わっていない。
それらは、1)エアロダイナミクスの進化、2)軽量化、3)エンジンのパワーアップ、4)サスペンションの強化、5)限定販売、の5つに大別できる。では、これが765LTにどう息づいているのか、順を追ってご説明しよう。
注目は、パワーと最終減速比
まずはエアロダイナミクスの進化。ある意味で、LTシリーズにとっては、これがもっとも重要なポイントといえる。
なにしろ、もともとLT=ロングテールが誕生したのは、エアロダイナミクスを進化させることが最大の目的だったのだから。
765LTでは、ベースとなった720Sに対して全長を57mm延長したうえで、リアウィングの面積を20%拡大。さらにフロントには大型スプリッターを装着し、リアディフューザーのサイズを拡大することで空力性能を改善した。
その効果は顕著で、ダウンフォースは720Sに対して25%も増えたという。
軽量化については、カーボンコンポジット製のボディパーツを多用するとともに、エグゾーストシステムをスチール製からチタン製に変更。くわえて、超軽量の専用鍛造ホイールを採用することで54kgものダイエットを果たした。
エンジンパワーの進化はモデル名に表れているとおりで、ベースモデルの720psから765psに増強。トルクも78.5kg-mから81.6kg-mへと強化されている。
それとともに注目されるのが、ファイナルレシオを15%落としたこと。その相乗効果としてトップエンドのダッシュ力が鋭くなったことは容易に想像できる。
サスペンション関連では720Sよりもハードなスプリングを採用するとともに、アクティブサスペンション“PCC II”のソフトウェアを徹底的に熟成。さらに標準装備のタイヤをピレリPゼロからPゼロ・トロフェオRに替えることでスポーツ性を一段と向上させた。
最後の限定生産については、765LTクーペに続いて765LTスパイダーも全世界765台限定とされた。ちなみに、765LTクーペはすでに完売しているので、765LTスパイダーの争奪戦もすでに始まっていると捉えたほうがよさそうだ。
第一印象を覆す、意外なしなやかさ
スペイン北部のナバラ・サーキットで開催された試乗会は、初日に周辺の一般道と高速道路、2日目にサーキットを走行するというプログラムが組まれていた。
なお、今回の試乗会に参加したのはイギリス人を中心とするヨーロッパ系のジャーナリストばかりで、日本人は私ひとり。いや、日本に限らず、ヨーロッパ圏外から訪れたのは私ひとりだったといっても間違いではなさそうだった。
試乗初日、運転席に腰を下ろしてエンジンを始動させた瞬間、675LTや600LTで経験したのと同じエンジンからのバイブレーションを感じた。これは、スタンダードなモデルよりもエンジンマウントを硬質にした結果である。
その背景には、エンジンの感触をよりダイレクトに味わって欲しいという思いと、大きな外乱が加わった際に起きるエンジンの無駄な動きを封じ込めてより正確なハンドリングを生み出そうとする技術的必然性がある。
これは快適性を多少諦めてでもドライビング・プレジャーを追求する姿勢の表れで、LTシリーズの真髄といって差し支えのないもの。
なるほど、675LTも600LTもベースモデルに比べると乗り心地はかなり硬めだったから、765LTもさぞかし足回りはハードなんだろうと覚悟を決めて走り出したのだが、予想に反して720S並みにサスペンションがしなやかにストロークしたものだから、私は度肝を抜かれることになった。
しかも、Pゼロ・トロフィーRというスパルタンなタイヤを履いているにもかかわらず、ハーシュネスは驚くほど軽く、こちらも720Sとほとんど差がない。
ようやく見つけた720Sとの違いは、わだちによって直進性が乱されがちなことくらいだった。
美声の主が、吠えかかる瞬間
いっぽうで、マクラーレンの伝統である豊富なステアリング・インフォメーションは健在。
しかも、低重心、高剛性、マスの集中化を図ったボディはすべての操作に対して俊敏に反応し、レーシングカーのごときレスポンスを示す。とはいえ、スタビリティは圧倒的に高いから、乗り始めた途端に深い安心感を味わえる。
この日は小雨が降ったり止んだりで路面はやや湿っていたが、それでも私はなんの躊躇もなく、見知らぬ道をひとり走り始めていた。
いや、720Sと明確に異なる点がもう1つあった。
それはチタン製エグゾーストシステムが奏でるエンジンサウンドで、これが何ともいえず切れ味が良く、惚れ惚れするような快音を響かせる。
その音色は高音域を主体としたもので、純度が高く、ターボエンジンとは思えない乾いたサウンドで私たちを楽しませてくれるのだ。
しかも、765LTスパイダーには開閉可能なリアウインドウが装備されているため、たとえルーフを閉じていてもV8エンジンの歌声をダイレクトに味わうことができる。これは、試乗当日のように小雨が舞い落ちているときにこそ、そのありがたみを感じる装備といえるだろう。
しかし、765psまで引き上げられたエンジンパワーは伊達ではない。
その感触を確認するため、見通しのいい直線路でフル加速を試してみたのだが、1速だけでなく、2速でも3速でも、トップエンドのパワーにリアタイヤのグリップが抗しきれなくなり、リアエンドがブルブルッと小刻みに揺れるような挙動を示した。
これにはファイナルギアが15%落とされた影響もあったはずだが、いくら路面がうっすらと湿っていたとはいえ、トラクション性能に優れるマクラーレン・ロードカーでこんなことを体験したのは初めて。
それまで従順そうに見えた765LTが、このときようやく牙を剥きだしたように私には感じられたのである。
ロングテール乗りが出会う、2つの顔
翌日のサーキット走行は幸いにもドライ。
すると765LTはまたも従順な表情を見せ始め、低中速コーナーがバランスよく続くナバラ・サーキットを軽快に走り始めた。
やはり、このステアリング・インフォメーションは、なにものにも代え難い安心感をドライバーにもたらす。
そんな、いかにもマクラーレンらしい安定した走りに浸っていたところ、それまで何ごともなくクリアしていた中速コーナーでいきなりテールが滑り始め、私にカウンターステアを要求したのである。
このときは難なく対処できたものの、助手席に腰掛けていたインストラクターは、私のラインが少しイン側に寄りすぎていてそれまで以上に大きな横Gがタイヤにのし掛かったことにくわえ、私のスロットル操作がややラフだったためにリアタイヤの限界を越えた、と分析してくれた。
私の不注意だったといえばそれまでだが、このシビアな限界性能を逆手にとれば、765LTは繊細なスロットルワークを習得するのに役立つとも考えられる。
しかも、720S同様、765LTにもVDC(バリアブル・ドリフト・コントロール)が装備されているので、任意のスリップアングルまでは自由にテールスライドを許すいっぽうで、設定値を越えると滑らかに制御が介入するスタビリティ・コントロールを一種のセーフティネットとして活用することも可能。
サーキット・ドライビングのスキルを磨きたいと願うドライバーにとって、これほど理想的な練習台もそうそうないだろう。
マクラーレン765LTスパイダー スペック
価格:4950万円
限定台数:765台
全長:4600mm
全幅:1930mm(ミラーを含まず)
全高:1193mm
最高速度:330km/h
0-100km/h加速:2.8秒
車両重量:1388kg(DIN:フルード類+90%の燃料)
エンジン形式:3994cc V8ツインターボ
使用燃料:ガソリン
最高出力:765ps/7500rpm
最大トルク:81.6kg-m/5500rpm
ギアボックス:7速DCT
駆動方式:縦置きミドシップ
乗車定員:2名
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みんなのコメント
当然買えないけど。