大怪我から生まれた、独自のリアブレーキシステム
最近のMotoGPやSBK(スーパーバイクレース)では、リアブレーキを左手で“レバー操作”で行なっているライダーがいます。左のハンドルバーの下に配置したレバーを親指で押して操作することから「サムブレーキ」(thumb:親指)と呼ばれています。
じつはレースシーンでサムブレーキが登場したのは1990年代と、けっこう昔です。当時、ホンダのワークスライダーだったミック・ドゥーハン選手が、1992年のオランダGP予選で転倒して右足に大怪我を負い、それ以来右足でリアブレーキペダルを操作するのが困難になってしまいました。
そこでブレーキシステムで有名なイタリアのブレンボ社のエンジニアが、ドゥーハン選手専用に左手の親指でレバーを押してリアブレーキをかける「サムブレーキ」を開発しました。
そしてレースに復帰したドゥーハン選手は、なんと1994年から1998年まで、5年連続でWGP500クラスのチャンピオンに輝きました。この勝利にはサムブレーキが大きく貢献したと言われています。
とはいえ、これを受けてロードレースではサムブレーキが流行……とはなりませんでした。試したライダーはいましたが、操作の難易度が相応に高く、上手く結果が出せなかったからです。
最新レースのライディングに必須!?
しばらく影を潜めていたサムブレーキですが、2010年代中頃から再び注目を浴びるようになります。複数のプロライダーがテストし、実戦でも採用するライダーが増えました。
まずプロライダーはレースにおいて、リアブレーキを猛烈に使います。減速や制動のためには超強力なフロントブレーキだけで十分かもしれませんが、車体の姿勢をコントロールしたり、スライド(横滑り)やトラクション(後輪のグリップによって旋回力を引き出だす)を制御するために、リアブレーキを多用しています。
とはいえ、ドゥーハン選手が活躍した1990年代と比べ、エンジンは2ストロークから4ストロークに変わり、パワーもスピードも格段にアップし、タイヤの進化によってバンク角も猛烈に深くなりました。
とくに右コーナーではブレーキペダルと路面の隙間が極端に狭くなり、ブレーキ操作が困難になっています。しかし左手で操作するサムブレーキなら、右コーナーでフルバンクした状態でも繊細なリアブレーキ操作が可能です。
また最近のMotoGPやSBKでは、コーナーの進入時にイン側の足をステップから離してブラッと投げ出している姿をよく目にします。中には両足をステップから離しているライダーもいます。
足を出す理由は、「より重心を下げる」とか「リアの振り出しをコントロールするため」など諸説ありますが、右足をステップから離した状態では、ブレーキペダルが踏めないのでリアブレーキが使えません。しかし、サムブレーキなら問題ありません。
また現代のMotoGPマシンは皆「シームレスミッション」と呼ぶ特殊なトランスミッションを装備しているため、走行中のギアチェンジはシフトペダルのみで、クラッチレバーは操作する必要がありません。そのため左手はリアブレーキの操作に集中できる、という側面もあるかもしれません。
そのためか親指で押すサムブレーキではなく、クラッチとリアブレーキのマスターシリンダー&レバーを2段重ねに配置して、まさにスクーターのようにレバーを引いてリアブレーキを操作しているライダーもいます。
一般ライダーには(現時点では)縁遠いが……
というワケで、MotoGPやSBKなどのレースシーンでは、サムブレーキ(左手リアブレーキ)がメジャーになりつつありますが、市販バイクに装備したり一般ライダーが試すことはできるのでしょうか?
じつはブレンボをはじめ、ブレーキシステムのメーカー各社からサムブレーキのマスターシリンダーは何種類か発売されていますが、基本的にレース専用部品であり、バイク側の加工や他にもパーツが必要で、なにより専門知識が無いと装着は困難です。
したがって現時点では、一般ライダーが愛車でサムブレーキを試すにはかなりハードルが高い、と言えます。
とはいえ、最近はヤマハの「Y-AMT」など、クラッチレバー操作の必要が無いオートマチック機構が各国のバイクメーカーから続々登場しています。これらのバイクはハンドル左側にクラッチレバーが無いので、物理的にも操作の難易度的にも「左手リアブレーキ」が登場する可能性はあるかも……? と考えられなくもありません。
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みんなのコメント
復帰したてのドゥーハンがすっげぇやつれて顔色が悪かったのを思い出した。
その後、チャンピオン連覇だもんな。