「2020年の目標はもちろん、失ったタイトルを取り戻すことだ。しかし、自分にとってはモンテカルロの優勝も重要な意味を持つ。どうしても勝ちたい1戦だが、そう簡単には行かないだろう。ライバルも速く、連覇へのプレッシャーは年々高まっている」
シトロエンからトヨタに移籍し、新たな気持ちで2020シーズンの開幕を迎えたセバスチャン・オジエは、ラリー・モンテカルロのスタートを前に激戦を予期していた。
そのとき、彼の脳裏にはヒュンダイのティエリー・ヌービルと繰り広げた、2019年モンテの大接戦が浮かんだのかもしれない。最終日を迎え、首位オジエと2番手ヌービルの差は4.3秒。ヌービルの猛追により差は一時0.4秒まで縮まったが何とかしのぎ、2.2秒差で辛勝した。
目下6連勝中のラリー・モンテカルロはオジエにとって真のホームイベントである。サービスパークが置かれるフランス南部のギャップは、オジエの生まれ故郷であるフォレスト・サン・ジュリアンから15kmほどしか離れていない。
スキーのインストラクターをしながら、周辺の峠道を走り回っていたオジエにとって、まさに地元開催のラリー。地の利は少なからずあるが、過去何度も同じエリアでSSが行なわれているため、WRCレベルの戦いでは大きなアドバンテージとは言えない。
今シーズンをもってWRCからの引退を宣言しているオジエにとっては、最後のモンテとなる可能性が高い。仮にもう1年、引退を延ばしたとしても、2021年のモンテはギャップを離れ、モナコ中心のステージとなる。だからこそ、オジエは最後のホームラリーで、どうしても勝ちたかったのだ。
過去6年間、オジエは3台の異なるマシンでモンテを勝ってきた。前年と違うマシンに乗り換えても、すぐに乗りこなしてしまうのが彼の卓越した才能であり、2019年もシトロエンC3 WRCで移籍後の初戦を苦労しながらも制した。それだけに、ヤリスWRCで臨む今年も優勝が期待されていた。
昨年からオジエと仕事を開始した、とあるトヨタのエンジニアは、「元6年連続世界王者を迎え、絶対にチャンピオンに返り咲かせなければいけないという、いい意味での緊張感がチーム内に漂っている。オジエも、まわりのスタッフをやる気にさせるのがうまく、タイトル獲得に向けてチームの雰囲気はとてもいい」と話す。
オジエは2019年12月からヤリスWRCのテストを開始し、モンテの直前にもフランス山中でプレイベントテストを実施した。クルマこそ変わったが、例年と同等かそれ以上の準備ができていた。
また、テストでは昨年までのセッティングを大きく変えるようなことはせず、ファインチューニングに終始したという。彼はターマック用のベースセットに満足しており、「非常に俊敏でコントロールしやすい」と、ヤリスのハンドリングを高く評価していた。
しかし、どのドライバーもそうだが、新しいクルマを完全に理解するまでには数戦を要する。とくに、路面コンディションがトリッキーなモンテでは限界の見極めが非常に難しく、それを少しでも超えた瞬間にすべてを失う。
「毎年、このラリーでは自分が快適に感じられる範囲を絶対に超えないように戦ってきた。そのアプローチを今年も変えるつもりはない」とスタート前のオジエ。実際、その言葉どおりにステージを重ねていった。
モンテカルロでは無敵を誇ってきた彼だが、改めて過去の戦いを振り返れば、意外にも慎重なラリー運びが見えてくる。ここ数年は、ベストタイムを連発して独走するような展開はない。ベストタイムの回数はMスポーツ・フォード移籍初年度の2017年が3回、2018年が4回、そしてシトロエンに移籍した2019年が2回と、優勝ドライバーとしてはかなり少ない。
「もっと速く走ろうと思えば走れる。でも、このラリーでは絶対に一線を超えてはならないんだ」と、自分のスタイルを今回も貫いたオジエは、オープニングのナイトステージでいきなりベストタイムを刻んだ。
SS1は完全にドライで、雪や凍結を気にする必要はない。そういったリスクが少ないSSでは攻め切り、続くトリッキーなコンディションのSS2では抑えて、2番手のタイム。2日目金曜日の「罠だらけ」のステージ群でも抑え気味の走りを続け、総合2、3番手を行き来していた。
オジエにとって想定外だったのは、チームメイトであるエルフィン・エバンスの予想以上のスピードかもしれない。エバンスのターマックでの速さは誰もが知るところで、2019年はツール・ド・コルスでヌービルと最後まで優勝を争った。
戦闘力が劣るとされるフォード・フィエスタで優勝にあと一歩まで迫ったのだから、ターマック最速と誉れ高いヤリスに乗れば、確実に速いことは分かっていた。しかし、初戦の序盤で、オジエを抑えての3連続ベストタイムを刻み、首位に立ったのは、予想を超える活躍だった。
さすがに危機感を覚えたのか、オジエは反撃に転じた。金曜日午後のステージで2本のベストタイムを記録。最後のステージでエバンスを抜き、首位の座を奪還した。そこまで、しっかりとマージンをとって戦い続けたのは間違いなく正しかったと言える。
初めてのマシンであるヒュンダイi20クーペWRCを駆り、トップ3を争っていたオィット・タナクはSS4で超高速クラッシュ。路面のバンプであおられて接地を失い、きりもみ状態で木や石に当たり、クルマは大破した。
トヨタ時代もタナクはほかのドライバーより低い車高を好み、サスペンションのストロークとのバランスを緻密に詰めていた。しかし、クルマが変わり、フルバンプした状態でのダンパーの動きが彼の予想とは少し違ったのかもしれない。
限界ギリギリの状態での微妙なセッティングの違いがミスを引き起こした可能性はある。オジエは、そういった未知なるエリアになるべく踏み込まないよう、自制心を持って戦い続けていたのだ。
しかし、2019年のトップ3ドライバーのなかで唯一クルマを乗り換えなかったヌービルが土曜日から反撃に転じた。ベストタイムを連発し、総合3番手からひとつずつ順位をアップ。最終日の日曜日2本目でついに首位へと躍り出た。
2019年との違いは、オジエから追われる立場で最終セクションを戦ったことだが、モンテマイスターの追撃をしのぎきった。6年連続勝者のオジエを抑えての優勝。最終SSをトップタイムで走り終えたヌービルは、興奮のあまりクルマのルーフをバンバンと激しく叩いて凹ませ、最後はルーフの上に寝そべって喜びを表現した。
タイトルと同様モンテの連勝が「6」でストップしたオジエはわずかに悔しさを滲ませながらも、極めて冷静に結果を受け入れていた。2番手に着けながらもWRC2勝目をつかめなかったエバンスのほうが、失望感は大きいように見えた。
オジエとエバンスはともに土曜午後から失速したように見えるが、ふたりともヤリスのパフォーマンスには満足しており、セッティングに関してもダンパーの減衰力程度しか変えなかったという。
それくらいクルマのバランスは良かったのだが、それでもヌービルに逆転を許したのはセッティングの完成度の違いに理由があるのかもしれない。同じクルマに乗り続け、隅々まで理解しているヌービルと、未知なる領域を多く残すオジエとエバンスの微妙な差が、ポディウム1、2段分のギャップになったのだろう。
「たしかに勝てなかったのは残念だが、クルマに対する理解がさらに深まったし、タイトル争いに向けてはいいスタートになったと思う」とラリーを振り返ったオジエ。その眼には王座奪還への固い決意が感じられた。
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