ここ10年、スーパーカーの相場が上がっている。モデルによっては購入時より高く売却できるほどである。フェラーリやランボルギーニはもちろん、比較的相場の動きがおとなしかったポルシェも例外ではない。
では、愛車の市場価格が暴騰していることを知って、オーナーはいったいどんな心境か? そしてその時、どういった行動に出るものか? 経済学的には暴騰の理由をどう解釈できるのか、売却益に対する税金はどうするべきか、法人名義のクルマの減価償却とは何か……。実際に愛車の993カレラを売却した柳川洋氏が、詳細をレポートする。
文・写真/柳川洋
【画像ギャラリー】ポルシェ売却を経済学的に考えてみた
■20年乗ったら400万円以上値上がりしていた!
2001年1月にまさに納車された時の記念写真
2001年1月。当時29歳の若造だった私は、それまでの人生で最大の買い物をしようとしていた。車両本体価格838万円、外装色ミッドナイトブルー、走行距離はたった8255kmの1996年式993カレラ4S。「ポルシェの中古車といえばあのショップ」と言われた某販売店のショールームで、そのクルマに出会ってしまったのだ。
「今買わないとこんな物件はもう2度と出てこない」「いやさすがに身分不相応でしょ」などと散々思い悩む日々を過ごしたあげく、乗り出し価格886万4300円の売買契約書に私はハンコをついていた。
筆者の手元に残っていた当時の契約書と見積書
そして、私の21世紀はまさにこのクルマとともに始まり、30年の運転歴のうち20年をずっと一緒に過ごしてきた。だが当時から元号も変わり、当時はこの世にまだいなかった娘も中学生に、私もアラフィフになった。
そして今年の4月、25年落ちながら走行5万km足らずの私のクルマは、なんと買値より400万円以上も高い1300万円という値段で引き取られていった。
■値上がりでも盛り上がらないオーナーの気持ち
最近、空冷のポルシェ、特にMT車の価格が急騰しているのは知っていた。だが、証券会社に長年勤務した私としては、売り目的で持っていたわけではないものを時価で評価しても意味がないし、実際に利益を確定させる前に利益を得た気分になっても何もいいことはない、などと考えていた。
「儲かった!」と思って気が大きくなっても、極端な話、自分が事故を起こすことはもちろん、リアエンジン車なので後方から追突されたりすれば一巻の終わりである。だから値上がりしたと聞いて悪い気はしなかったが、舞い上がるようなことは全然なかった。
かつて自動車雑誌に掲載されたときに撮っていただいた写真は大切に家に飾ってある
そして、気持ちが盛り上がらなかったもうひとつの理由は、昔のポルシェオーナーあるあるだが、「次に買いたいクルマが見つからない」からということもあった。「自分はこのクルマが好きでずっと乗り続けたい」と思っている人にとって「売ったらいくらになるのか」はあまり重要でない。それくらい強い魅力を持つのが空冷ポルシェなのだ。
「最新のポルシェが最良のポルシェ」という有名な言葉があるが、あれは、そうでも言わないとポルシェオーナーが最新型に乗り換えないからではないかと今でも私は思っている。
だがこの度、会社勤めを辞めて誰に対しても気兼ねする必要がなくなった。人生一度きり、大乗フェラーリ教開祖である自動車評論家・清水草一氏の「漢は一生に一度はフェラーリに乗れ!」という教えに従うことにした。
最後の空冷ポルシェから、最後の自然吸気にして、最後のピニンファリーナデザインという458イタリアの、これまた超優良物件(低走行&ディーラー車)に出会ってしまったからである。ようやく「次に乗りたいクルマ」が見つかり、初めて愛車の値段が上がっていることをリアルに実感させられたのである。
■値上がり理由は「お金からモノへ」の流れ
近年の半導体不足により新車供給が少なくなっていることから、高年式の低走行車、たとえば1年落ちで走行5000km以下のような物件が、新車価格より高く売られているケースは珍しくない。だが古いクルマの値段が上がっている理由を半導体不足、新車不足に求めるには無理がある。
それよりも政府による新型コロナ対策で、給付金や雇用調整助成金などのお金が世の中にじゃぶじゃぶ出回ったことが大きい。モノの量が増えないのにお金の量が増えると何が起こるか? 昔、教科書で習ったことがあるだろう。インフレーション、すなわち物価の上昇である。
アメリカではすでに物価上昇が起きている。新型コロナウイルスの流行後、消費者物価指数は4.7%上昇。コロナ前に1万円で買えていたものが、2021年6月には1万470円に値上がりしたことになる。新車価格は5.3%上昇。もっとすごいことに中古車価格は43.3%も上昇している。ワクチン接種が進んで「リベンジ旅行」でレンタカーを使う人が増え、レンタカー会社がコロナで売り払ってしまったクルマを慌てて買い戻していることも大きいようだ。
米国労働省労働統計局HPより筆者作成
では、半導体の生産が増えたり、新型コロナのリベンジ旅行需要が元に戻ったら、クルマの値段は元に戻るのだろうか? 残念ながら、そうではないようだ。
クルマの価格が上がっている最大の原因は、「新型コロナが世界中で悪性のインフレを引き起こし、中長期的にお金の価値が下がり、モノ、特に希少な資産の価値が上がる」という考えを持つ人が増えていること。そして、空冷ポルシェやフェラーリ、R34型スカイラインGT-Rなどの日本車も、グローバルに需要の高い「希少な資産」とみなされているため。
また新型コロナ前と比べ、為替はドルは大して変わっていないものの、ユーロは120円から130円近くへ、ポンドは143円から152円近くまで円安となった。
一般的に状態がいいとされている日本の中古車が、欧州やイギリス人から見て8%程度安くなったこともある。お金の価値が薄まるとみて、値段の下がらなさそうな、今後生産されることがない人気車を買っておく。そんな投機的な動きも今回の価格高騰の背景にあると言って間違いないだろう。
■儲かってしまった場合の売却益はどうなるか?
まさにドナドナされていく筆者のかつての愛車
クルマを売って、結果的に儲かってしまったら、税金の取り扱いはどうなるのか。国税庁HPの「タックスアンサー」によると、「所得税の課税されない譲渡所得」として、生活用動産の譲渡による所得という項目に、「『通勤用の自動車』など生活に通常必要な動産の譲渡による所得については課税されない」と書かれている。
ややあいまいな「通勤用の自動車」の定義については、「車両の保有目的、使用状況等を総合的に勘案して、生活に通常必要な資産と認められるもの」とされている。
クルマで通勤していないけれど、離れたところにあるスーパーマーケットに買い物に行くのに毎日使っている、とか、子どもの送り迎えに必要などというケースは、一般常識的、社会通念的には「生活に必要」とみなされるように思われる。そうであれば個人名義でのクルマを売却した際の儲けには、税金がかからないということになる。
また中小企業のオーナーなど、法人名義で中古車を購入する場合は税金上メリットがある。一定以上の年数を経た車両は、どんなに中古車市場で高値で取引されていても、1年で価値が1円になるとみなされるのだ。たとえば決算期が始まってすぐ1000万円の4年落ちの中古車を買うと、期末時点での簿価は1円に。この減価償却によりその決算期の利益を約1000万円少なくでき、その会社が黒字で法人税率が23%だとすると230万円の節税が可能になる。
そのクルマを1年後に900万円で売却すると、1円の価値しかなかったとされたものが900万円で売れたわけなので、そのぶん会社として儲かってしまい、また23%の税金、207万円を払う必要がある。
だがその時、会社が赤字であれば儲けはないので税金は払わなくていい。また黒字だったら、別の中古車に入れ替えることで利益の先送りをすることが可能になる。値下がりしなそうなクルマは、こういう使い方をされることもある。新型コロナバブルでこのような節税対策がとられることも、今の中古車相場の値上がりの背景になっている。
さらに、昨今のネオクラシックカーブームのあおりもあって、自分の愛車に購入時よりも高い、驚きの売却金額がついたという人も増えてきているはずだ。売却益の税金についての詳細な取り扱いについては、資格を持つ税理士や会計士に確認していただく必要はあるが、筆者の体験をご参考にしていただければ幸いである。
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