ついにトヨタが悲願の優勝! 2018年6月17日、世界3大レースに数えられるル・マン24時間レースでトヨタが勝利を飾った。
トヨタとル・マンの歴史を紐解くと、その端緒は1985年に遡る。以後、活動休止期間を経て、2012年からはWEC(世界耐久選手権)に組み込まれたル・マンへの参戦を再開。アウディ、ポルシェという強豪を相手に戦い、2016年には残り1周時点までトップを快走したが、最後の最後で涙を呑んだ。
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そして迎えた2018年。トヨタは2台のマシンでル・マンに挑み、中嶋一貴/セバスチャン・ブエミ/フェルナンド・アロンソがドライブする8号車が、トップで24時間を走りぬき優勝。過去に日産なども挑戦してきたル・マンにおいて、日本メーカーとして2度目となる総合優勝を果たした。
日本メーカーのル・マン制覇は27年振りの快挙、同時に優勝車のドライバーを中嶋一貴が務めたことで、「日本車と日本人ドライバー」のパッケージによる史上初のル・マン制覇となった。
ーー時は1991年。トヨタの優勝から遡ること27年前、日本車で史上初のル・マン優勝を実現したのは、ご存じのとおりマツダだ。1991年のマツダと2018年のトヨタ、2つの日本車によるル・マン優勝に携わった“ある人物”に話を聞いた。
文:段純恵/写真:TOYOTA、MAZDA
マツダとトヨタのル・マン優勝に関わった男
悲願のル・マン24時間レース優勝を達成したトヨタ8号車。7号車との1-2フィニッシュで快挙に花を添えた
27年という歳月を挟み、時代背景も違えばマシンも異なるマツダとトヨタのル・マン優勝を比較するのは簡単ではない。
実は筆者は1991年マツダの勝利の瞬間にも立ち会った。当時、業界に足を踏み入れて2年目、初ル・マン取材で右も左もわからなかったが、ジャガー、メルセデス、ポルシェの各チームから格下に見られていたロータリーエンジンのマツダが彼らを打ち破り、頂点を制したことは、1923年に始まったル・マンの歴史においてもかなり大きな出来事であることが、マツダの慶事を我が事のように喜ぶACO(フランス西部自動車クラブ=ル・マンの主催団体)関係者や観客の反応、また翌日の地元フランスの報道の大きさからも理解できた。
ただ数年後に、取材の軸足を移していたF1で、あるフランス人から「マツダの勝利はオレカの功績だよ」と言われたその言葉がずっと心にひっかかっていた。
オレカ(ORECA)は、フランスのシャシー・コンストラクターにしてレーシングチームで、耐久のみならず欧州のレース界でその存在を知らない者はいない。
2012年からはトヨタ(TMG=ドイツに本拠を置くトヨタのモータースポーツ部門子会社)の委託を受けてWECのチーム運営のサポートも手がけているが、1991年に話を戻すと、ル・マンのレジェンド、ジャッキー・イクス氏を介し委託の形でマツダのル・マン挑戦に手を貸すことになった。
と、そこまでは私も知っていたのだが、オレカがマツダから委託された業務内容やその詳細については、恥ずかしながら今に至るまでまったく把握していなかった。そこでこの原稿を書くにあたり、私はオレカのウーグ・ド・ショナック社長に話を伺うことにした。
「マツダを説得し、マシンを直し、ル・マンの本番に引っ張り出した」
今から27年前。1991年に日本車として初めてル・マンを制覇したマツダ 787B
現在、WECの非ハイブリッドマシン勢の中でトヨタのライバルとなりうる実力を持つ唯一のプライベートチーム、レベリオンとマシンを共同開発している関係で今季はトヨタと少し距離を置いているド・ショナック氏は、レベリオンのチームホスピタリィに現れるや、温厚な人柄を思わせる笑顔で「なぜまたそんな古い話を?」と言いながら私の向かいに腰を下ろすと、おもむろに話し始めた。
「あれは本当に忘れられない経験でしたね。本番前のテストウィーク中にマシンが大きなダメージを負い、マツダはその後のテストをキャンセルして日本に車を戻すと言いだしたのです」
「それで我々はマツダを強く説得して1週間でマシンを直し、それから30時間のテストを行って、マツダをル・マンの本番に引っ張り出したのです」
マツダが本番前に撤退を考えていたという話も初耳だったが、壊れたマシンを1週間で直したという話にはもっと驚いた。
というのも「マシンをFIXする」という表現は、簡単な修繕などではなく、マシンを完璧に修復する時に使う言い方で、そんなことができたのはオレカがマシンの製作全般にディープに関わっていたからに他ならないからだ。
「レースでも本当にいろいろな事がありました。でも最後は優勝できた。ロータリーエンジンもマツダの人々も素晴らしい仕事をし、我々も成すべきことをやり遂げた達成感で本当に幸福でした」
「チームマネージメントに技術面のマネージメント、そしてレースオペレーションで我々がマツダの勝利に深く関わっていたことが、日本ではまったく報道されなかったことは知っています」
「でもそれはチーム内のことだし、何よりもうずいぶん昔の話です。あまり気にしていませんよ」
と言うド・ショナック氏に屈託ない言葉に、この話を世に知らしめることなくきた日本の同業者を代表し平身低頭でひれ伏したい私の気持ちを察したのかどうか、ド・ショウナック氏は話の先をトヨタにむけた。
ル・マンに挑むトヨタとマツダの「違い」
8号車のドライバーとして優勝のチェッカーフラッグを受けた中嶋一貴。トヨタのル・マン制覇は、日本人と日本車のパッケージで実現した初の優勝でもある
「トヨタの場合はマツダと違って、もう少し小さな範囲でのパートナーシップです。あなたもご存じのように、技術面とメカニックなど人員でのサポートですね」
「うちから派遣したテクニカルディレクターがTMGのパスカル・バセロンと一緒にレース戦略の仕事もしていますが、マシン作りに参加はしていません。ここが30年ほど前のマツダと最も異なるところです」
マツダはロータリーエンジンという異色の技術をル・マンという大舞台で試すことで、その存在価値や意義を世にぶつけることに賭けた。
トヨタはハイブリッドシステムを含むマシン全体とそれに携わる人間を、様々な事態が起こりうる24時間レースの過酷な状況下で鍛えることにより、将来に繋がる技術力の継承を目指している。
マツダとトヨタのル・マンへのアプローチの違いはそこにあると私には思えるのだが、両メーカーのル・マン参戦の真意がどこにあるかなんて、モータースポーツという狭い業界の一記者でしかない私には図りようがない。
日本に限った話ではないが、自動車メーカーにとってのモータースポーツ活動は、多分に政治的にしてその折々の経営陣の方針に左右される。
どんなにもっともな活動意義を語っていても、経営環境や経営トップの気持ちが変わればあっさり背を向け去っていく。
そんな自動車メーカーの出たり入ったりの繰り返しを幾度となく見てきたド・ショナック氏だが、その目に彼らを見くびるような色は微塵もない。
オレカにとってメーカーが商売上の『お客様』であることはもちろんだが、ド・ショナック氏がマツダ、トヨタと口にするとき、そこには自動車を生業とする企業とそこで働く人々への敬意が感じられる。
ル・マン24時間レースが意味するもの
マツダとトヨタ。27年の歳月を経て日本車のル・マン制覇に再び携わったウーグ・ド・ショナック氏。同氏の言葉は、ル・マン24時間レースという、ニッポンが頂点を目指した世界の実像を示している
「トヨタも経験を積んですべてを自分たちでできるようになってきたので、我々が協力する領分は少なくなっていくでしょう」
「でも、私はオレカのボスです。このレベリオンやLMP2(トヨタが参戦するLMP1の下位カテゴリー)でやるべきことはたくさんあります」
インタビューを終えて先に席を立ったド・ショナック氏の後ろ姿がガレージの奥に消えるまで見送った。
レースで勝利を求めることは大事だ。でもそれだけがレースに求める姿ではない。
モータースポーツ黎明期の、欧州の古き良き時代の馥郁たる空気をその身に感じさせるド・ショナック氏の懐の深さこそ、厳しく、妖しく、時に気まぐれな魅力にあふれたル・マン24時間レースそのものに思えた。
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